上 下
110 / 319

静かな庭を臨む部屋 7

しおりを挟む
「綾人!目が覚め……?!」
「綾人さん。よかった。やっと起きれまして……
 さっそくで申し訳ないのですがお客様です。ですがまだ着替えてないので居間の方でお待ちしていますので準備出来次第そちらの方までよろしいでしょうか?
 そうそう、ご飯もまだなのですぐにお持ちしますのでゆっくり召し上がってからでも十分でしょう」
 スパーンと気持ちよく障子を開けて入ってきた暁さんを追いかけてきた飯田さんが瞬時に俵抱きにして強制排除する様子にドン引きしながらもとげ以外何もない言葉にさすがの暁さんも言葉を失ってしまった。
 人様の家の中を走る暁さんとは違いこまさん達もだがいつの間にか下座にすすっと移動していたのを褒めるべきかどうするべきかと悩んで現実逃避をしていれば
「飯田さん、時間がないのでご飯はここで食べさせてください。あと暁、聞きたい事があるんだけど」
 言いながら着替えを始める大家さんの声に飯田さんは仕方がないというように暁さんを落としてご飯の準備へと向かって行った所を確認して
「なあ、飯田さん俺の扱いひどく無いか?」
「安心しろ。俺も手荷物対象だが扱いが酷いのは単に荷物の価値の違いだ」
 暁さんの方が安いのかとなんとなくへーなんて思いながら聞いていたが

「ところで付喪神って名前を付けただけ契約できるのか?」

 その言葉の意味に俺も暁さんも瞬時には答えることは出来なかったけど
「おま、前にも言ったよな?普通は付喪神に名前は付けられないって」
 下座に座る四体の付喪神の存在にやっと気づけばぎょっとしながらまさかと言うように大家さんを見る視線に大家さんはそっと視線を外した。
「ほら、名前がないのって面倒じゃん?とくに狛犬っぽいクリソツ二体がいるとさ」
「だから早々にできる事じゃねーんだって前にも言っただろ?!」
 忘れたーと言うように口笛を吹く大家さんに暁さんは嘘つくなと頭を抱えて
「なんでお前には常識が通用しねーんだよ!」
「暁たちの常識なんて知るわけねーじゃん」
 ねー?なんて絶対味方のしいさんたちに振る辺りすっかりいつもの大家さんだとほっとするのだった。それも酷い判断基準だけど……
「で、紹介しろ。どちらの付喪神様で」
 暁さんのイライラとする声に大家さんは気分を良くして
「んー、とりあえず兎の鈴さんに三毛猫の次郎さん。口がちょこっと開いている方がしいさんできゅっとしている方がこまさん」
「何となくすごく安直な名付け方だというのは判った。そしてほっとした」
「なにがだ?」
 ズボンに履き替えてちゃんと浴衣をたたむ大家さんを見て、俺畳んでねーやなんて失敗にやっと気づいたが時すでに遅し。畳んだ布団の上に置いておいた浴衣はいつの間にか片付けられてしまっていた……
 飯田家、侮れない……
「緑青達の時お前それなりに名前にこだわっただろ」
「まあね。ジイちゃん達の持ち物だったしバアちゃんの宝物だったから立派な名前を付けたいと思えばそれなりに考えるのは当然だろ?」
「ちなみにこいつらの名前の由来は?
 鈴はその姿から、次郎は三毛猫と言えばあの方だし、しいさんとこまさんの姿から思いつくのなんてそれしかないじゃん」
 聞かなくてもわかるくらいの納得の由来。
「あの方って誰だ?」
 暁さんのボケに大家さんはやれやれと首を横に振って
「お前の子供が小学生高学年になる頃にプレゼントしてやるから本ぐらい読ませろ」
「え?なんの漫画?」
 わくわくする暁さんにさすがの大家さんも黙ってしまった。
「その時までの楽しみにしておけ。そんで名前が何なんだ」
 そうやって話を終わらせれば
「ああ、そうだった。名前だったよな。
 あの方が分からないのは置いといて、あの子たちにはお前はただ見た目だけで名前を付けたって言うのと玄さん岩さんみたいにこだわり抜いた名前を付けたのとでは名前が持つ力が変わるっていう事だ。
 綾人だってわかっているだろ?緑青をさびって呼んだり朱華をひよこって呼んだりあだ名って言えば聞こえはいいが知っての通り格の低い名前で本来の力を封じた。そこからわかるように名前が力になる。
 考えもせず安直につけた名前だけにその程度の力となり、名前を付けた側の綾人にも負担を感じる事がなく気づかずにいたって話だ。
 そしてどんな名前を付けようがそれなりに力がないと付喪神を制御できない。制御方法は名前を与える事がきっかけだから、力がない者、力が足りない者は名前を与えることは出来ない。
 そして付喪神側もその名前を受け入らない限り契約とはならない。
 契約を受け入れる理由は寂しさやひもじさもあるが、それでも神だ。気に入らなければ受け入る事は絶対ない」
 そんな長い説明に俺も大家さんも真面目に聞きながら次の言葉を待つ。
「名前を受け入れたのなら付喪神ではなく使役としての立場が強い。
 使役となれば名を与えた主人の命令が一番となり、ひたすら主人の望みをかなえようと奮闘する。
 だがかわいそうな事に人と付喪神は生きる時間が違う。
 そのことも考えて名前を与え、主人の死後も与えられた命令を遂行する付喪神の事を考えなくてはならない。たとえ自分にそこまでの力があると知らなくてもだ」
 厳しい言葉だった。
 知らず知らずに与えたナンバーが俺達の知る事のない遥か未来にも影響するなんて考えた事もなくて俺は大家さんに区別の為に与えただけの名前の付喪神をどうするのかそっと視線を向ければ大家さんは人差し指を口元に添えた。
 一般的には静かに、という意味で良いのだろうかと思えばやがて近づく足音。
 何気に障子へと顔を向ければ

「綾人さん今大丈夫ですか?
 ごはん持ってきました」
「はい!ご飯待ってました!」
 暁さんの真剣な説明なんて聞いちゃいないと言わんばかりの明るい声。
 障子を開けて入ろうとする飯田さんを率先するようにお手伝いしながら
「とりあえず皆さんにもお昼ごはんです。
 父さん達のご飯はもう取り分けてあるのでお替わりしたい放題ですよ?」
「やったね!
 お母さんのご飯の水加減絶妙で好きなんだよね。季節ごとに変わる状態を調べつくしてるよね」
 言いながらお茶碗にご飯をてんこ盛りにするのを飯田さんは笑いながら見守り
「たくさん食べた一番最後にお出しするご飯だからこそ美味しく頂けるようにと努力した結果だそうです」
 なんせ調味料一つも使わない料理なのだ。お米の状態にここまで心を砕いてこその〆だというような真っ向勝負。
「なので、母さんの勝負を応援するための今年の梅干しです」
「なんだろう。焼酎が欲しくなるのは……」
「今度お邪魔する時はお持ちしますね」
 にっこりと笑みを浮かべてやたらと大きなおひつを置いて部屋から出て行ってしまった。
 音もせずに障子を閉めた飯田さんの足音が遠くへと遠ざかる音を聞いて大家さんは鞄の中からラップを取り出した。
「って言うか、なんでラップが出てくるんだ……」
 俺もだけど暁さんも理解不能と言うように女の子のイラストの描かれたラップを引き出して
「うちのラップが切れそうだからだろ。なに当たり前の事を聞いてくる」
「いえ、なんで鞄から出てくるのかなー、って思いまして」
「んなのさんざんコンビニ巡りすればついでに買っておくに決まってるだろ」
 京都まで来ておいてさも当然というように言う大家さんはそのラップで置いていかれたおひつからおにぎりを器用に作って緑青達に食べさせていた。
 そしてまるで今日のおやつですか?と言うぐらい丁度よさげなおにぎりを作って

「ほら、こまたちも食べに来い」
「あの、主様、本当に我々が頂いても……」 

 今までそう言ったやり取りが一切なかったからか挙動不審になっている彼らに大家さんは何とも言い難い顔で
「いままで俺がいなくてもずっと飯田さんの家や店を守ってくれてたんだ。
 当然食べる権利はある」
 言いながらおにぎりを四つ並べればその一つをすぐさましいさんが咥えて部屋の隅で誰にも見せないように壁に向かって隠すように食べだしたのをきっかけに次郎さん、こまさんも咥えてお互い距離を取りながら無心で食べ始めるのを鈴さんは眺めた後大家さんを見上げて
「人との時間が違う事は身をもって知っております。
  ですが、ここまでしてくれた方は誰もいなくて……」
 その後の言葉は続かなかった。
 鈴さんもおにぎりを咥えて縁側の隅っこで隠れるように、誰にも取られないように大切に食べる姿を俺はとても大切な景色だというように見守っていた。



しおりを挟む
感想 311

あなたにおすすめの小説

貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!

Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた! ※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺わかば
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

藤なごみ
ファンタジー
※コミカライズスタートしました!  2024年10月下旬にコミック第一巻刊行予定です 2023年9月21日に第一巻、2024年3月21日に第二巻が発売されました 2024年8月中旬第三巻刊行予定です ある少年は、母親よりネグレクトを受けていた上に住んでいたアパートを追い出されてしまった。 高校進学も出来ずにいたとあるバイト帰りに、酔っ払いに駅のホームから突き飛ばされてしまい、電車にひかれて死んでしまった。 しかしながら再び目を覚ました少年は、見た事もない異世界で赤子として新たに生をうけていた。 だが、赤子ながらに周囲の話を聞く内に、この世界の自分も幼い内に追い出されてしまう事に気づいてしまった。 そんな中、突然見知らぬ金髪の幼女が連れてこられ、一緒に部屋で育てられる事に。 幼女の事を妹として接しながら、この子も一緒に追い出されてしまうことが分かった。 幼い二人で来たる追い出される日に備えます。 基本はお兄ちゃんと妹ちゃんを中心としたストーリーです カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しています 2023/08/30 題名を以下に変更しました 「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきたいと思います」→「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます」 書籍化が決定しました 2023/09/01 アルファポリス社様より9月中旬に刊行予定となります 2023/09/06 アルファポリス様より、9月19日に出荷されます 呱々唄七つ先生の素晴らしいイラストとなっております 2024/3/21 アルファポリス様より第二巻が発売されました 2024/4/24 コミカライズスタートしました 2024/8/12 アルファポリス様から第三巻が八月中旬に刊行予定です

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

処理中です...