家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多

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広がる世界の優しさに

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 あれからじっくりと時間をかけて漢詩を選び、いくつかサイズを決めて長沢さんのお宅に再びお邪魔した。
「あらあらいらっしゃい。今日はどうなさったの?」
「ええと、内容が決まったので紙の大きさを決めさせていただこうかと……」
「あらあらあらあら、しっかりなさっているのね」
 ふふふと笑うみち子さんに
「あの、これお土産です。美園屋さんのお菓子ですがどうぞご主人と食べてください」
 夏らしく葛餅を用意すれば中身も確認しないで
「ありがとう。主人もあんな顔なのに美園屋さんのお菓子は大好きなのよ」
「喜んでもらえてよかったです」
 顔は関係ないだろうと思いつつも確かに少し強面だけど大家さんを見た時の顔はどこにでもいる爺バカの顔なのでギャップを知ればかわいいお爺ちゃんだという事は判った。
「一応半紙に書いてみたのですが、それと詩を訳したものですね。
 台紙の方はもうお任せします。俺が選ぶよりもみち子さんにお任せした方が大家さんも喜ぶでしょうし」
「あら良いの?そんなこと言うと主人が張り切っちゃうわよ」
 ご機嫌にふふふと笑うみち子んさん。かわいらしいおばあちゃんだと実の祖母にもこんな風に笑ってみろと言いたいが笑われても微妙なので遠慮をしておく。こんなおばあちゃんが実のおばあちゃんだったらいいのにと思いながらも
「是非張り切っちゃってください。お代は大家さんが支払うと言うので大家さんが満足するもので宜しくお願いします」
 なんて言えば
「まあ、大変。あの人気合入れちゃうわ」
 なんて言いながらこれを掛け軸にしましょうとか話を詰めていく事にした。
 かつてはどこかの資産家だったり著名な書道家に紙を依頼されていただけに話がスムーズに進むどころか俺の方が勉強させていただいてとても有意義な時間を過ごさせて頂いた。
 打ち合わせが終わったその後、大家さんが突撃したお宅の店舗エリアのカフェに足を運び

「こんにちは」
  
 牧歌的なチャームの音が響いていらっしゃいませという寝起きのご尊顔とは全く別人のようなさわやかな笑みを浮かべた店主が俺を見て少しだけ目を瞠り
「一名様ですか?」
 瞳の中には警戒の色を隠せずにいたがさすがに営業中は素敵な店主を演じてみせてくれた。
 ご安心ください。
「はい、一人です。
 先日はずいぶんとうちの大家がご迷惑をおかけしました」
「いや、慣れてるから大丈夫だけど真だったな。苦労してるが大丈夫か?」
 名前を憶えてもらっていたようで少し嬉しく思い
「親切にもしてもらってますので」
 言えば「そうか」なんて頷きながらカウンター席を勧められるままに着席すれば出されたメニューの少なさに逆に驚いたけど店の名前を掲げたブレンドコーヒーがあったので迷うことなくそちらを注文。
 ゆったりとした時間と穏やかな空間の中で燈火と呼ばれていた店主はきっちりと理科の実験のように計ったコーヒー豆で淹れてくれたコーヒーは驚くほどに美味しくって、少しお高めな価格設定でも納得の一杯にほっと溜息を落とした。
「友人……遠藤から聞いたけど綾人の貸家に住んでいるんだって?
 あいつ張り切っていたからびっくりするぐらい柱とか良いものを使ってるだろ」
 俺がコーヒーを飲んで満足げな顔を確認してから声を掛けられた。
「ええと、はい。あんな良い家を俺でも借りる事が出来るなんて贅沢させていただいてます」
 本当はちみっこの面倒を見る引き換えに一万と言う破格なお値段で借りていると言う所は伏せて言えば
「実はこの店もあいつの家の木を使って修復してもらって贅沢していて……いい店だろ?」
 目を細めて笑みを浮かべる店主さんを見れば苦笑するしかなかった。 
 あんな時間に突撃されても文句言えない理由を理解して、でも良好な関係だからわがまま言ったり言い合いをしたりする仲になっているのだろう。先輩達の大家さんへの慕いぶりと言い基本はいい人なんだけどちゃんと見返りを求めてくるあたり油断ならない人とも思っている。もっともレートが合わない辺り気にしていないから気の良い人なんだよなと思うのだけど先輩達もいまだに言いなりになってる辺りゆっくりと時間をかけて骨の髄までしゃぶりつくすタイプかと考えればぶるりと体がふるえた。
「ところで遠藤さんとはお知り合いで?」
「ああ、この家を作ってくれた人の一人だし、裏の駐車場のお向かいが遠藤の家だからな。会社の社宅に住んでるけど、もう遠藤の家でいいんじゃね?割と片付いている家だから今度遊びに行くと良いぞ」
「あー、大家さんの紹介で朝と夕方に畑と庭の世話に来てくれているから遊びに行く隙があるかな……」
「なるほど。道理で最近生き生きしてると思ったらそういう事か」
 納得と言う店主の顔に遠藤さんがますます園芸好きの人になっていく気がする。そうなるとあの師匠さんはどうなんだろうかと更なる不安が襲い掛かってくるがまだ当分忙しそうだから遭遇する事はなさそうだ。
「まあ、あいつと絡んだ以上常識とはおさらばしないといけないからな。
 ご指名が入った時以外はなるべく自分のペースを守るのが気楽に過ごすコツだ」
 なんて言いながらワッフルを焼いてくれて柔らかくしたバターとメープルシロップを添えて出してくれた。
「これ……」
 注文してないと言おうとするも
「あいつに振り回される同士に」
 ああ、この人も苦労しているんだと思わず握手を求めてしまえば握り返してくれた手の強さに涙が出そうになった。出るわけではないけど。
 折角ごちそうしてくれたのでアツアツのうちに頂く事にする。
 サクッとした歯触りはやがてしっとりとした舌触りに変わり、濃厚なバターの甘みと独特なメープルシロップの甘みにワッフルがこんなにもおいしいものなのかと感動すれば瞬く間に食べ終えてしまい物足りなさを覚えながらもごちそうさまと挨拶をすれば店主はどういたしましてと笑ってくれた。
 いい店だよなと少し冷めてしまったコーヒーを飲みながら店内をゆっくりと見まわせばレジ横にお土産用のワッフルがあった。ちみっこ達のお土産に決定と同時にコーヒーチケットも一つ買って名前を書いてもらったレジの回りには値札のついたカップなどがオブジェとなって並んでいた。
「アンティークですか?」
「亡くなった祖父の趣味でね。店内のオブジェも家具もみんな祖父の家に在ったものなんだ。高校の時の同級生達がこうやって手を入れてくれて命を吹き返してくれて今も現役で頑張ってもらってる」
 少し自慢げにレジカウンター横のサイドボードに手を滑らしながら置いてあるだけのオブジェだと思っていた蓄音機を回し、そっと下した針から奏でられるレコードのどこか懐かしい音にそっと耳を傾ける。
 現役なんだという驚きもあるが耳にまろく届く音に時間はゆったりと流れ……

「俺がコーヒーを飲んでいる時にゆっくりと聞きたかったです」
「悪いな。アンティークだから無理をさせないように一日二回、午後にちょっとだけ流す程度にしているんだ」
 小さな用紙に演奏時間予定が予告されていた事に気づかなくてもったいなかったなと思いながらも
「今度また聞きに来ます」
「またのご来店をお待ちしております」
 自信から連なる満足げな笑みに送り出されればこの店の屋号の『三日月』と書かれた味のある看板にふむと閃くものを見つけるのだった。



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