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雨が降った空を見上げて駆けあがる 6

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 しばらくの間何も言わずに鍋をつついていた。
 少し黒っぽい謎のお肉だけど鶏肉なので炭火焼にでもしたのかとおもうも
「烏骨鶏だからな。こういう色になるんだよ。でも美味いだろ?」
 へー、これが烏骨鶏の肉か…… って、
「あの、つかぬ事お聞きしますがお庭に居た鶏も烏骨鶏さんでした、よね?」
 なんとなく聞き覚えのある名前に確認を取れば
「ああ、うちの非常食だ。全滅する前の奴を冷凍保存しておいた奴だ。
 一羽ウン千円するからしっかり食べとけよー」
「初めて食べますが食感がすごいですね」
 兄貴もこれが烏骨鶏かと感動しながら食べているけど、非常食だなんて自給自足もここまでくれば仙人のような暮らしができるわけだと山奥での生活が成り立つことを納得した。
 そして熱い鍋を食べて飲むよく冷えたビールはまた格別!
「俺、こっちに引っ越してくるまでご飯が美味しかったものだって言うのを忘れてました」
「通勤に勤労時間に残業、一日の大半の時間を会社にささげているんだから自分のメンテナンスにかかる時間がすり減れば欲求だって薄れていくもんだよな」
 生きて行く上で一番絶対外せない食欲と言う欲求をないがしろにしたとなればみんなぐずぐずになっていくものだと遠回しに言われた気がした。
 社会人になって慣れない独り暮らしの生活に食生活を気にかけるなんて出来なく、結果休日は家でゴロゴロしたいと言う怠惰ぶり。おかげで私生活のアップデートが忘れ去られた上に元カノの事を気遣うよゆうもなくなれたデートの繰り返し。
 そんな相手なら捨てられて当然だなと先輩の言葉が今頃になって重くのしかかって来た。だけど引っ越してきてから時間の余裕が生まれて食生活は見直され、ちみっこ達との早寝早起きから始まる三食おやつ付きのきちんとしたリズム正しい生活はよくある独立してダメになるパターンに陥る事にならなかった。
 付喪神様様である。
 美味しごはんにお酒は進み、骨付き鶏肉からとれた出汁は塩味で整えられただけなのにじんわりと温かく、心がぼろぼろになった兄貴には染みまくりのようで今も目元をこすりながらひたむきにお肉にかぶりついていた。

 やがてあれだけあったほぼ鶏肉ばかりの鍋は空っぽになり、〆の雑炊もがっつりと頂いて身動き取れないくらいの幸せが訪れたけど、テーブルの上にはお漬物とお酒だけが残されていた。
 まだ呑むのかと呆れるも大家さんのコップがお酒と見せかけたお水に変わっていた事を俺は知らなかった。

「で、お前の所の親はどれだけちび共に執着してるんだ?」
 
 水ナスのお漬物を丸のまま持ってきたかと思えば手で割いて食べだす通な大家さん。
 俺達の目の前にも一個ずつあるって事はそうやって食べろという事だろうか。ためらっていれば兄貴は直接一口齧ると言うこれもまた旨そうな食べ方をしていた。頼むから二人して俺の目の前で飯テロしてくださるなと心の中で訴えながらも同じお代を差し出された水ナスはどう食べるべきか悩んだ所で大家さんをまねするように食べた。
 どちらにしても手が汚れるのは決定な食べ方なおでせめて口回りは綺麗でいたいと言う取捨選択。
 そして当然ながら二人とも俺の葛藤なんてどうでもいいと言うように水ナスうまっ!って言いながらかじりついていた。
 兄貴も何口齧った所で

「多分連れて帰るまでは納得しないでしょう」
「そして自分では動かない、と?」
「職場での立場も大切だから……」
「大切な跡取りを犯罪者にしてまでこき使うか。ほんとクズの代表みたいな親だな」
「父と祖父母だけです」
 全くどうでもいいと言う口調で
「母さんはまったく関係ない人なので一切知らないのです。
 全く視えないどころか気配は、時々何か気付くようなその程度で」
「ふーん。そういう家ってもっとお仲間同士仲良くやる物って思ってたんだけど違うんだな」
 どうでもよさそうに日本酒を口に含んで話を聞く。
 酒のつまみにしてはあまり酔えない会話だけど
「それだけ我が家は重要性もないし本家から遠すぎるだけです。近所でも『ひょっとしてあの九条さんのご親戚?あら、ごめんなさい。同じ苗字だからてっきり……』って言うフレーズが決まり文句になるくらいだから」
「むしろそこまで遠くて名字が残ってる方がすごいな」
 逆に感心する大家さん。
「そんで、このまま家に帰れると思ってるのか?」
「そうですね……」
 家と仕事両方失う事になる事を考えればすぐには出せない答え。
「兄貴、俺の所に来るって言うのも一つの手だと思うんだけど……」
 とっさに言うも
「真、ありがとう。
 だけどこれ以上俺をみじめにさせないでくれ」
 目に浮かぶ涙にどういう意味か理解できないでいれば
「なるほど。家から遠ざけて家の事も理解していないのにいきなり付喪神五体が側に居る暮らしに驚いたまではいいけどその様子じゃ九条弟を家に連れ戻して今からでも修行させよう、うちの息子は凄いんです的な事を九条兄はないがしろにされて聞かされていたのか」
 つまらなさそうに水ナスを裂いて口へと運ぶ。
 まさかと言うように兄貴の顔を見ればそれが答えだと言うように追い詰められた精神はポロリと涙を落としていた。
「まあ、その様子だと言えでも職場でも日常的に言われてきたか。
 今までは我が家の為に、いつか返り咲くためにと持ち上げられてきたけどここで切り捨てられたか。精神的にもエグイな」
 そうして緑青を連れ去った。
 自分の居場所を確保するために追い詰められた結果なのだろう。
 だけど大家さんは決してやさしい言葉を簡単に投げる人ではなかった。
「そんな事を許されるのは十代までだ。
 まだまだ転職が利く年齢なんだからさっさと家を出て独り立ちすればいいだけだろ。
 決められた人生設計に運ばれて自分を鍛えてこなかったからしょうがない学歴しかなくてもどうとでも挽回できる根性みせて見ろよ」
 まさかの根性論が来た。
 兄貴の人生に足りないモノって根性だったのかと驚きに目を見開いてしまうも
「ですが、俺、この仕事以外他を知らなくて……」
 自信のなさにうつむいてしまう。
 大家さんもこれだけ拗らせたら難しいと言う顔に
「神社とか神主とかそういう世界って全く知らないけど伝手がないわけじゃない。
 一からやり直す気概を見せてくれるのなら紹介だけはするが?」
 悩む双眸に
「このままあの家に居ると確実に犯罪者に身を落とすぞ。それどころか小さくても付喪神、神罰にあたっても知らないぞ」
 ぞっとする声での忠告に兄貴は居住まいを正し、そっと両手をついて床に頭がついてるのじゃないかと言うくらい深く頭を下げて
「よろしくお願いします」
 たった一言だけでも言えた親との決別の言葉に大家さんは仕方がないと言うように目を細めるのだった。

 









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