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雨が降った空を見上げて駆けあがる 3

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 お昼を食べて少し休憩してから兄が帰った。
 すっかりちみっこ達に心を奪われて休み事とは言わないが月に一度、二度と通ってくるようになっていた。
 社会人になってこんなにも兄と話をする事になるとは驚きだったが、それでもちみっこ達の為に毎回おやつやおもちゃを抱えてやって来る。
 ちみっこ達も大歓迎するのは言うまでもない。
 ほとんどペットコーナーで見るおもちゃばかりだけど、それでも目新しいおもちゃにはみんな大興奮。一緒に遊ぼうと誘ってくれてはくたくたになってお昼寝するまでがまた長い。
 デレデレの兄貴が一生懸命お相手を務めているがさすがに五体分にはお疲れのようだった。
 だけど癒されたと言う顔で一泊旅行を終えて呼んだタクシーに乗って帰って行くのを見送っても元気いっぱいのちみっこ達はまだ遊び足りなくそのままお庭ではしゃぎまわっていた。

 そのこともあって気が付かなかった。

 床の間に飾られて香炉がなく、緑青の姿も消えていた事に……
 


 三時のおやつの時間になってとうもろこしを茹でた。
 黄色いつぶつぶが光り輝くそんなもぎたてとうもろこしは家のそばの畑の一角で売りに出されている無人野菜販売所でお買い上げしたもの。
 大体一個百円、一籠百円の大安売り。
 最近のスーパーでは見なくなった金額だなと足しげく通ううちにこの畑の持ち主の下川さんと言う農家さんとも知り合って「今日は何が欲しい?」なんて聞かれては答えると少し待ってろと言われればもぎたての野菜を取りに行ってくれたのだ。
「こんな贅沢ありがとうございます!」
「なに、採れ過ぎてダメなっちまうからな。せっかくなら採れたての美味しいのを持って行け」
 籠売りの物は籠の物より多い気もするけどお代を支払ってちみっこの為に畑づくりをしようと考えていたので話を聞いたりするようにもなった。
 どっちにしても畑づくりをするのなら家の奥側の何もない、元畑だと聞いた場所を復活させるのが一番なのだろうが、真白がかくれんぼして隠れてきた時は雑草の種を大量に回収してくるぐらいどうしようもない場所となっている。
 こういう時は遠藤さんに助けてもらおうといつも草刈り機を手にしている姿を思い出して倉庫に眠る草刈り機の使い方を教えて貰おうか相談しようと決めた。

「みんなー、おやつだよー」

 声を掛ければお庭の池で遊んでいた玄さんと岩さんも上がってきて朱華の飛ぶ練習をしながら追いかけっこをしていた真白も一目散に縁側に向かってやってきた。
 一本の玉蜀黍を五つに切ったものと小さなお猪口のに注いだ冷たい緑茶をお盆の上に用意して縁側に用意すればみんなうずうずとするようにおやつを楽しみにしていていたけどいくら待てども緑青が来ない。
 どうしたんだろうと思いつつも
「緑青がどこかで寝てるかもしれないから探してくるからみんな先に食べていて」
「「「「いただきまーす!」」」」
 朝が早いのもあって一日に二度のおやつの時間は楽しみの時間。
 我慢させるのもかわいそうだからと緑青の好きな場所を見て呼んでくるからとこの時まではどこかでお昼寝でもしているのかと気楽に考えていた俺はほんと馬鹿だと思った。

 緑青が好きな梅の木にはいないし、かくれんぼする時にいつも隠れているロフトにもその姿はなかった。梁の上はもちろん寝室のベッドにもおらず、家の中にいくつもあるお昼寝用の土鍋の何処にもいなく、どこに行ったんだと途方に暮れた所で……

「なんで緑青の香炉がないんだ……」

 嫌な予感があったとは言えがらんとした床脇の地袋の上に飾られていた錆が浮き出るまでを計算された美しい香炉がなくなっていた事に初めて気が付いた。
 目の前が真っ暗になるくらい、貧血でも起きたと言うように足に力が入らなくなってぺたりと崩れるように座り込んでしまった。
 
 だって昨日の朝、兄貴が来るからって綺麗に掃除をしたばかり……
 香炉を持ち上げて拭き掃除もした覚えもあるし、その時肩に停まった緑青も嬉しそうにピカピカだねと喜んでくれたのは今も脳裏に残っている。
 確かに昨日までは家にあった。
 そしてここまでの時間この家に来客があったのは兄貴しかいない。
 あり得ないと眩暈を覚えながらも一番濃厚で一番考えたくない答えは正直に言えば考えるまでもなく簡単に導き出された答え。

 社会人時代正月ぐらいにしか家に帰らなかった俺にその時ぐらいにしか交流を持たなかった家族がここにきて月に何度も兄貴がやってくる。
 交通費だけでも結構かさむのにこんなにも頻繁にやってくるには理由があった。
 
 ただカワイイだけに足を運んでいた、そんなわけがない事を想定とすれば導き出される答えはひどく簡単だった。

 親父に言われてきていた事を……

 否、兄貴の意思もあったのだろうか?

 兄弟なのにその判定は出来ない事が悲しい……
 
 もともと親父たちが付喪神が欲しくて狙っていた事は兄貴から聞かされていたはずだ。
 だけど兄貴だって親父たちに否定的だったから、油断した……

 騙されていたとは思いたくない。

 ちみっこ達と遊ぶ横顔は本当にかわいさにダメな大人の顔で、決して計算尽くしの顔ではなかったと信じたい。
 
 俺の感情が混ざってる時点で正常な判定は出来てないのだろうが……

 とりあえずと言うようにスマホを取り出して
「兄貴今どこに居る!!!」
 通じたスマホに力の限り叫べば
「真か……」
 力のない声に訳も分からず涙があふれ出した。
 いたずらがばれた、そんな生易しい次元ではないと言うように
「なんで緑青を!!!」
 叫べば
「なんでだろうな……」
 力ない声は今にも泣きだしそうで、ぷつりと切れたスマホはそれ以降何度連絡しても一切通じなかった。
 だけどその短いやり取りの中でも最低限の情報は判った。
 兄貴の声の向こう側から聞こえたアナウンスは実家に向かう新幹線の案内だったことを。
 そしてここから兄貴が家を出た時間を逆算するとすでに何本も電車を見送っていた事を理解した。
 
 ひょっとして……

 かすかな期待を胸に秘めて俺は最近使い過ぎて覚えた番号を無意識に押して

「すみません。ひょっとしたら留守にするのでちみっこ達の面倒を見てほしいのですが……
 説明はあとから本人にさせますので、すみません」

 そんな一方的な短いやり取り。
 そしておやつを食べ終わってまどろんでいる四体に

「今から出かけるけど大家さんが来てくれるから安心して待っててね」
「主が来るの?!」
「またお泊りしていい?!」
「真もお泊りしにおいで!」
 そんな風にはしゃぐそばで俺をじっと見上げる黒い双眸。
 不安げな瞳は

「緑青になにかあったの?」

 ぼんやりしているように見えても一番周りをよく見ている玄さん。
 大家さんの家からの忠告をする口ぶりに小さくても付喪神と言う神の名を頂くように心の内を見抜く存在に

「大丈夫。無事が分かったから安心して大家さんの所で待っていてね」

 そっと掬うように手の平の上に乗せて

「すぐ迎えに行くから。大家さんと一緒に待っていてね」

 小さな声でそっと聞こえるように言えばにゅっと伸びた頭が俺の鼻にチョンと触れて

「真も無茶しないでね」

 そんな優しいエール。
 大丈夫だよと俺からも玄さんに鼻チョンをして

「真白がまた無茶をしないようにお願いしていいかな?」
「じゃあ、お昼寝して待ってるねー」

 そんな頼もしい提案に笑う事を思い出したと言うようにこわばる顔でも笑みが浮かべることが出来ればスマホと財布をカバンに入れて戸締りをする。

「ちょっとお出かけしてくるけどすぐに大家さんが来てくれるからいい子で待ってるんだぞ!」

 不安いっぱいだけどお留守番のできる付喪神のちみっこに言えば
「いってらっしゃーい!」
「お土産楽しみにしてるよー?」
「緑……」
「玄おねむだからお昼寝してるねー?」
 あくび交じりのその宣言に岩さんがすぐに
「岩もお昼寝するー」
 姿形は違えど同じ石から生まれた双子のシンパシーとでもいうのか玄さんの言葉に引きずられる様にあくびを落とせばそれはすぐに真白と朱華にも伝染する。
 うとうととする様子はこのドアを閉ざせばまっすぐに土鍋ッドへ直行なのは日々の習慣でも想像ができる。
 玄さんにありがとうと心の中で感謝をしてひょっとして、きっとと信じるように車を走らせるのだった。





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