流星物語

雪那 由多

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彗星物語 7

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 ぽくぽくと馬の脚の進めるままに歩ませながらアリーは森の奥から聞こえる鳥の声に耳を澄ませ、時折この小路を散策するカップルとすれ違ったり、馬に乗るのがよほどうれしい子供達に道を空けたりと小一時間ほどの散歩コースをのんびりと会話らしい会話もなく元の管理人の居る厩舎付近へと出てきた。

「おかえりなさいませ、お嬢様、旦那様方散策は楽しんでいただけましたか?」

 愛想よく出迎えてくれた管理人は俺達が馬から下りた後そのまま水場へと馬を案内していた。

「ええ、これと言った魔物にも出会わず道もしっかりとした物で、森も明るく管理が行き届いていて楽しませていただきました」
「ありがとうございます。
 これもドラノワ侯の願いによるものです」
「ひょっとしてあなたはドラノワ侯の縁者では?」
「昔まだ子供の頃ドラノワ侯のお屋敷で従者として働かせていただいておりました」

 皺皺の手とよく日に焼けた肌は穏やかな笑みを浮かべ人の良さそうな顔を浮かべる。

「ずいぶん昔の事です」
「ドラノワ侯と言いますと確か子供に恵まれなかったとか」
「はい。金を無心する親戚に家督を譲るぐらいならと爵位を返上して総ての財産をつぎ込んでこの自然公園を作りました。
 先代の国王も当時大変驚いて反対したそうですが、暫くしてから認めて下さり、揚句にこの森の管理費を国から頂けることになってこうして王都郊外の安らぎの場所となっております」

 そんな潔い貴族が居るのかと感心するも

「所でこの森の管理は貴方だけ?」

 アリーの質問に男は恥ずかしそうに俯き

「はい。
 始まりの頃こそドラノワ侯を始めとした家人総てで手入れをしてましたが、今ではみな年を取りお勤めを終えてしまい、今ではもう私だけです」

 お勤めとはこの仕事に対する事ではなく、命の事だろう。
 爵位もなくひたすら主についてきた忠義の終着点はそこで……

「ドラノワ侯はお幸せですね」
「はい」

 破顔して頷く男はすぐに顔を曇らせ

「ですが、それももう私だけ。
 この後をどうすればと国に掛け合ってますが言葉は届かず。
 せっかくこれだけ手入れが出来たというのに……」

 途方に暮れている年寄りに俺は

「誰かを雇う事は出来ないのか?」
「この公園は誰でも心安らげるようにと無償でと言うのがご主人様の願いでした」
「だけど、それではお前の生活する金はどうなっている?」

 俺は聞くべきではない事と分かっていても侯爵家の従者だという男の身なりとは言い難い姿に眉をひそめてしまえば

「それは国から頂いたお金から僅かに頂戴いたしております。
 もちろんそれは管理人費として頂いている物で正当な報酬とされております」
「いかほど?」

 エル兄様も疑問の顔を浮かべながら

「月に金貨5枚ほど……」

 思わず言葉を失った。
 勉強の中で聞いた覚えのある金額は平民でも人一人つつましく生きて金貨15枚ほど。
 そのあからさまな差に驚いた顔を見せてしまえば管理人はめっそうもないというように手を顔の前で振って

「野菜も肉も森の恵みで賄えます。
 私に必要なのは僅かな薬と多少の服代なので、それだけあれば十分です」

 お客様在っての仕事なのでと身なりは気を付けていますと嗜好品は一切ない生活だろう男の寝起きはこの厩舎の片隅だという。

「水は清く流れているし、湯を焚く薪は森の恵みがあります。
 腹も心も自然の中で十分に満たされております」

 まるで夢も希望も持つなと言わんばかりの言葉に唖然としてしまう。
 
「そうでしたか。
 不躾な事を聞いて申し訳ありませんでした」

 アリーはそのまま馬を呼び「また遊びに来ます」と帰宅の準備をするのだった。
 俺達もそのままアリーの後ろをついて人気の少ない街道を馬を思いっきり走らせるも心は晴れず、兄上も黙ったままアリーの後ろを走ればいつの間にかセルグラード邸へとたどり着いていた。

「ではラウイ様、もうしばらくすれば学園へ行ける手はずになっておりますのでその頃にはお世話になります」
「ああ、アリーが学園に来れる日を一日でも早く来れるように願ってるよ」

 門前の門兵が俺達の到着と顔ぶれの確認の後に共にラウイは門の中に入り、門の所で既に待機していた執事のハウリーは荷物を受け取って俺達の帰還と楽しそうな顔ぶれに笑みを浮かべてくれた。
 エル兄上は俺から手綱を貰って馬を引きながら一度グレゴール邸に戻ってから馬を返すと言ってアリーと二人去って行くのを見送った。
 二人の姿を見送ってから俺は屋敷に着く合間にハウリーにこのピクニックの話をする。
 アリーはハーブティのレシピを山ほど知ってると言った事からもらったレシピのハーブティ、俺より乗馬が上手な事とか森で仕留めた魔物の討伐の仕方からドラノワ自然公園の管理人の話しと孤児院でクラス子供の話し。
 ハウリーは最初こそ目を見開いて驚いて見せたけど、最後の方は、いや、最後の方こそ執事の感情を表にださない仮面で俺の話しを最後まで聞いてくれた。
 最後の方は家の中のロビーでの立ち話でちらちらと何やら侍女たちが俺達の様子をうかがっていたがそれを無視して

「長期休暇が取れた時は領地に行ってどんな様子か見るだけでも可能か?」

 父に言う前に執事に聞いておく。
 たぶんこの話は家令から父へと話が上がるだろう案件なだけに慎重に事を運ぶ。

「領地へおかえりになる事は本家の皆様もお喜びになる事でしょう。
 ですが、そう言った事は旦那様、そして本家を預かるシェラード様にお伺いを立てねばなりませんね」

 なんてマニュアル通りの答えに俺も頷く。
 ハウリーにはそれに関する権限がないのだから当然だが、俺がこういう事を考えているという事は知っておいてもらう分には十分だ。

「それとハウリー、父上に一つお願いが会って少し時間を割いて欲しいと伝えてほしい」
「承知しました。どういったご用件かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 
 先ほどの話しと変った為に普段から見慣れている仮面の顔と雰囲気に変えて
 
「俺もエル兄上と同じく魔法騎士団に入団しようと思っていると。
 その準備を今からしようと思っている。最悪バロッセを借りる事になるかもしれないと」

 先ほどとは違う驚きに見開いた目に

「お前はシェル兄上の為に家令へと昇格する準備をしなくてはいけない。
 ハウリーはこのセルグラードの次なる家令だからな、俺の我が儘に付き合ってはいけない。
 だから、家庭教師を雇ってもらい、受験間際にはバロッセにも手伝ってもらいたい事を父上に話したい。
 だからその前にお前から先に父上を驚かせないように伝えておいてほしい」

 昨日までの俺にはなかった未来像と確固たる覚悟にハウリーは恭しく頭を下げる。

「そのお話しかと承りました」

 まるで父上に頭を下げる様に俺に頭を下げるハウリーを見て気恥ずかしさはあるが、それでもなんとなく少しだけこの家の息子と誇っていいのだと思うのだった。






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