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星屑物語 23
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会議の後無駄に立派な裏門からの近道を使ってまっすぐ新たな家へと帰って来た。
気ばかり疲れてまるで一日働いた気分だ。
「旦那様おかえりなさいませ」
執事のモデラーがホールで慇懃に出迎えてくれた。
「ただ今。
所でアリーはどちらに?」
部屋に戻る前に訪ねれば
「奥様はナタリーとケイトに連れられて服屋へと出かけております。
奥様のお好みのドレスもしくは普段着用のドレスをお求めになられてます」
「そっか……それじゃあ王都を案内しようかと思ったが今日は無理だな」
折角女性の騎士達から流行の店や美味しいお菓子の店を聞いてきたのに役に立たなかったなと彼女達の話題は常に新鮮さを求める為に次の休みにはもう賞味期限切れだなと唸ってしまえば、少しだけ驚いたように目を瞠るモデラーがそこにはいた。
「どうした?」
「奥様の為に旦那様自らご案内を?」
「そりゃ、俺も一応王都育ちだからな。
同僚達が騒いでいる店や目を血走るくらいの菓子屋ぐらい試させてあげてもいいだろう?」
公爵家の当主となると無理かと同僚に教えてもらったメモ一覧をモデラーに見せれば彼はそれらに目を通して静かに苦笑し
「奥様を大切にしてくださってありがとうございます。
なにぶんクレヴィングにはこう言った流行の物とは縁の遠い所にありまして、いやはや、私とした事が奥様がまだこのようなお菓子に胸をときめかす年齢と言うのをすっかり失念しておりました」
そう言って慇懃に頭を下げる彼に
「まぁ、今度別の時にでも誘ってみるさ。
悪いが少し休憩してから書庫を拝見したいのだがどちらだろうか。
少しこのクレヴィングとグレゴールの歴史を学びたい」
「でしたら二階の階段隣の北側のお部屋をお使いください。
リンヴェル王家の歴史やその前身となる歴史、他にも他の王家との繋がりも残っております」
「ありがとう。
所で改めて聞くが、あのリビングの肖像画の女性がルーティア・グレゴールで間違いないんだな?」
「はい。
このグレゴールの屋敷の初代の当主になられます。
肖像の絵の年頃はリンヴェル国開国の年の物で32歳か33歳の頃だとお聞きしております」
「女性なんだから30歳位の頃って答えてあげろよ」
遥か昔に亡くなった人でも史実よりも多少のミスで許される範囲なら微笑ましい間違いだ。
「悪いけど少しその絵を見てから書庫に向かう。
冷めても構わないのでお茶を用意してくれると助かる」
「承りました」
頭を下げる執事に俺はまだ知らない事だらけの屋敷の数少ない足を運んだ場所へと足を向けるのだった。
光がふんだんに注ぎ込む室内の、でも光の絶対届かない場所にその肖像画はあった。
陽にあたって色あせて行くだろう顔料は不思議な事に色褪せる事無く鮮やかな赤い髪と、宝石のようなサファイアの瞳がこの陽だまりの部屋を見守っていた。
これがグレゴール公爵家初代当主。
女屋敷とは聞いていたが、この贅沢な家は総て彼女の為に誂えられた物なのだろう。
金銭的な面は置いておいて、この屋敷を用意した人はどれだけ彼女に愛情を注いでいたか、誰が見ても理解してしまう。
何処か挑発的に口の端を釣り上げる、自信に満ち溢れた表情の彼女でも、この屋敷を与えられた時は頬を染めて女らしく喜んだのかと想像をしてしまう。
どのような声かと思えば、カナルがこの肖像の女性に恋をしたと言うのはあながち嘘ではないと思ってしまう。
「ルーティア・グレゴール。
貴女は一体どういう人だったのだろうか……」
これから付き合う事になる家名、そして王家すら大切に扱う彼女をどう向き合えばいいのかと頭を捻っていれば
「ルゥ姉はねぇ、誰よりも綺麗でかっこいい人男前な人だよ」
まるでそこに人が居たのかと、今まで全く気配を感じなくて慌てて後ろを振り向けば、こちらを背にしたソファーの片隅から伸びをしているのか小さな唸り声とチョンとした握り拳が覗き見えた。
反対にはくるぶしまでまくり上げられたズボンと歩きやすそうな上質の靴がひょいと床に降りたかと思えば、俺とアリーの間ぐらいの長めの赤い髪と赤い瞳が印象の青年がそこにいた。
「ええと、ひょっとしてアリーの親戚関係の方ですか?」
思わず聞いてしまえば、少しだけ驚いたように目を見開いた青年は
「君が噂のアリーの旦那様?」
「ええ、はい。
本日よりファウエル・グレゴールになります」
「ファウエル……なんか聞いた名前だぞ?」
うーんと唸る少し髪に癖のある青年は思い出せないとぽすっと音を立ててソファに寝転び
「ルーティア、彼女の親しい人達はルゥって呼んだりティアって呼んだりしてた。
性格は竹を割ったようなバッサリとした潔い人だけど、恋愛面ではまるで少女のようだと言った人もいる。
真っ直ぐで、攻撃的で、でも正義を忘れず、楽しいの味方なんだ。
但し全てにおいて自分がって言うのが前提だけど、それでも彼女は愛情深い人なんだよ。
敵には恐ろしく容赦はないけどね」
「余計どんな方か判らなくなりましたが詳しいですね」
「少しでも彼女を学べば知る事が出来る範囲内だよ」
そう言って背もたれに顎を乗せて俺を見上げる赤い瞳は
「この屋敷は彼女の旦那さんが用意したんだ。
戦争に勝ってしまった為に彼女とは遠く離れた土地に暮らさなくてはいけないからね。
彼はルゥ姉が少しでも快適に暮らせるようにと小さな辺境国の国家予算位を掛けてこの屋敷を用意したんだ」
「……ええっ?!」
「もちろんお釣りは大量に来たけど、この屋敷を手掛けたエクスチュワートは、そのお釣りを使って一生をこの屋敷と、お向かいさんの店につぎ込んだんだ。
あとリンヴェルやクレヴィングのお家にも。
昔はただの一枚板の扉も長い年月をかけて彫刻を施したり、一度作っても気に入らないからと言って何度も作り直したり、自らの足で装飾品など探したりしてルゥ姉はそんな彼の情熱を黙って好きなようにさせたんだ。
ああ、教育にも熱心な人だったんだ。
だからルゥ姉は寝る時間と食事の時間はきっちり守らせて文句は言わせなかったから平和に最後まで作る事が出来たけど……
旦那さんはこの屋敷の完成を見る事は出来なかったけど、ルゥ姉は言ってた。
この家が私を守ってくれてる。
この家があるから私は一人ではないと言える。
この家があるから私は寂しいなんて思いもしないって。
寧ろ女子供のこの家に黙ってても潜り込んでくる連中は一体何を考えてるのですかっていっつも怒って周囲の家、特にお隣が迷惑を被ってたね」
ケラケラと笑いながらここはルーティア国だから治外法権で王族でもだれでも自由なんだっていうのが潜り込む奴らの言い訳だと教えてくれた青年も遥か遠くを見る様にルーティアの肖像画を見ていた。
「さて、今日はアリーに会えなかったから帰るとするよ。
ちょっと抜け出して来ただけだから急いで帰らないといけないからまたの機会にって伝えておいて」
「ええと、お名前を伺っても……」
「ふふふ、これを渡して貰えれば判るから」
そう言って手のひらサイズの小さな宝石箱を開けて見せてくれた。
「間に合わなかったけどデビューのお祝いにって」
磨き上げられた白銀の、小さな、でも光が乱反射する美しい髪飾りだった。
「ひょっとしてセラート工房の……」
彼女が似たような物を髪に刺していたのを思い出して言えば肩をすくめて
「僕の手作りだよ。
アリーは何時もなんでも喜んでもらえるからって思ったけど、そろそろ子供っぽいかな?」
「いえ、アリーの年齢ぐらいの少女が持つにはまだ早いと言うか、公爵家当主としては当然ですが……」
悩む俺に青年はふと頷き
「成人のお祝いはまた別に用意してるから期待してって伝えておいて。
あと結婚のお祝いもね」
そう言ってぴょんとソファを飛び下りてそのまま庭に歩いて行ったかと思えば、少し物陰に入って行ったはずの彼の姿はもうどこにもなかった。
「一体……」
手のひらに宝石箱を乗せてたたずむも、時間だけが過ぎるだけだからとそのまま書庫へと向かえば途中の階段でモデラーと遭遇した。
モデラーは俺の手のひらに乗る宝石箱に心当たりがないのか小首をかしげるだけ。
「先ほど肖像画の部屋で赤い髪の青年にこれをアリーにって預かったんだ。
親戚の方だろうか、預かってはもらえないか?」
聞けば彼の訪問を知らなかったのかモデラーは執事にあるまじき驚いた顔で
「あのお方が東の方です。
名前は恐れ多くて私の口からはご容赦くださいませ。
こちらは私が預かるのも恐れ多いので、ぜひとも旦那さまから奥様にお渡しください」
深々と頭を下げられてしまえば拒否はできない。
「ならこちらは私が預かろう。
食事の折りにでもお渡しする事にするよ」
「お手間をおかけします」
階段の踊り場でのやり取りの後俺は書庫へと向かった。
我が家の書庫の量を遥かに超え、王家の書庫と匹敵するような書庫の量はもちろん二階の部屋と言うのに三階へとぶち抜かれた天井と二階と言うか、三階へと繋がる階段を思わず昇ってしまう。
石と煉瓦造りならではの頑丈な家だからできる作りなのだろうが、優美な表向きの表情と、かつての歴史さえも詰め込んだこの書庫こそグレゴール家の本質なのだろう。
書庫の中は一つだけある北側にある窓の前にソファと部屋の真ん中に大きな執務用の机と椅子に俺はいくつかの本を置き、サイドテーブルを引き寄せてそこにお茶をセットした。
光量は十分だが、それでもデスクライトを用意して、机の引き出しを埋める真っ白なメモ用紙と別の引き出しに用意された手に取るもためらうような美しいペンとふたを開ければまだ新しい匂いのするインクが用意されていて、改めてここは侯爵家とは天と地ほどもある公爵家の屋敷なんだと改めて感心するのだった。
気ばかり疲れてまるで一日働いた気分だ。
「旦那様おかえりなさいませ」
執事のモデラーがホールで慇懃に出迎えてくれた。
「ただ今。
所でアリーはどちらに?」
部屋に戻る前に訪ねれば
「奥様はナタリーとケイトに連れられて服屋へと出かけております。
奥様のお好みのドレスもしくは普段着用のドレスをお求めになられてます」
「そっか……それじゃあ王都を案内しようかと思ったが今日は無理だな」
折角女性の騎士達から流行の店や美味しいお菓子の店を聞いてきたのに役に立たなかったなと彼女達の話題は常に新鮮さを求める為に次の休みにはもう賞味期限切れだなと唸ってしまえば、少しだけ驚いたように目を瞠るモデラーがそこにはいた。
「どうした?」
「奥様の為に旦那様自らご案内を?」
「そりゃ、俺も一応王都育ちだからな。
同僚達が騒いでいる店や目を血走るくらいの菓子屋ぐらい試させてあげてもいいだろう?」
公爵家の当主となると無理かと同僚に教えてもらったメモ一覧をモデラーに見せれば彼はそれらに目を通して静かに苦笑し
「奥様を大切にしてくださってありがとうございます。
なにぶんクレヴィングにはこう言った流行の物とは縁の遠い所にありまして、いやはや、私とした事が奥様がまだこのようなお菓子に胸をときめかす年齢と言うのをすっかり失念しておりました」
そう言って慇懃に頭を下げる彼に
「まぁ、今度別の時にでも誘ってみるさ。
悪いが少し休憩してから書庫を拝見したいのだがどちらだろうか。
少しこのクレヴィングとグレゴールの歴史を学びたい」
「でしたら二階の階段隣の北側のお部屋をお使いください。
リンヴェル王家の歴史やその前身となる歴史、他にも他の王家との繋がりも残っております」
「ありがとう。
所で改めて聞くが、あのリビングの肖像画の女性がルーティア・グレゴールで間違いないんだな?」
「はい。
このグレゴールの屋敷の初代の当主になられます。
肖像の絵の年頃はリンヴェル国開国の年の物で32歳か33歳の頃だとお聞きしております」
「女性なんだから30歳位の頃って答えてあげろよ」
遥か昔に亡くなった人でも史実よりも多少のミスで許される範囲なら微笑ましい間違いだ。
「悪いけど少しその絵を見てから書庫に向かう。
冷めても構わないのでお茶を用意してくれると助かる」
「承りました」
頭を下げる執事に俺はまだ知らない事だらけの屋敷の数少ない足を運んだ場所へと足を向けるのだった。
光がふんだんに注ぎ込む室内の、でも光の絶対届かない場所にその肖像画はあった。
陽にあたって色あせて行くだろう顔料は不思議な事に色褪せる事無く鮮やかな赤い髪と、宝石のようなサファイアの瞳がこの陽だまりの部屋を見守っていた。
これがグレゴール公爵家初代当主。
女屋敷とは聞いていたが、この贅沢な家は総て彼女の為に誂えられた物なのだろう。
金銭的な面は置いておいて、この屋敷を用意した人はどれだけ彼女に愛情を注いでいたか、誰が見ても理解してしまう。
何処か挑発的に口の端を釣り上げる、自信に満ち溢れた表情の彼女でも、この屋敷を与えられた時は頬を染めて女らしく喜んだのかと想像をしてしまう。
どのような声かと思えば、カナルがこの肖像の女性に恋をしたと言うのはあながち嘘ではないと思ってしまう。
「ルーティア・グレゴール。
貴女は一体どういう人だったのだろうか……」
これから付き合う事になる家名、そして王家すら大切に扱う彼女をどう向き合えばいいのかと頭を捻っていれば
「ルゥ姉はねぇ、誰よりも綺麗でかっこいい人男前な人だよ」
まるでそこに人が居たのかと、今まで全く気配を感じなくて慌てて後ろを振り向けば、こちらを背にしたソファーの片隅から伸びをしているのか小さな唸り声とチョンとした握り拳が覗き見えた。
反対にはくるぶしまでまくり上げられたズボンと歩きやすそうな上質の靴がひょいと床に降りたかと思えば、俺とアリーの間ぐらいの長めの赤い髪と赤い瞳が印象の青年がそこにいた。
「ええと、ひょっとしてアリーの親戚関係の方ですか?」
思わず聞いてしまえば、少しだけ驚いたように目を見開いた青年は
「君が噂のアリーの旦那様?」
「ええ、はい。
本日よりファウエル・グレゴールになります」
「ファウエル……なんか聞いた名前だぞ?」
うーんと唸る少し髪に癖のある青年は思い出せないとぽすっと音を立ててソファに寝転び
「ルーティア、彼女の親しい人達はルゥって呼んだりティアって呼んだりしてた。
性格は竹を割ったようなバッサリとした潔い人だけど、恋愛面ではまるで少女のようだと言った人もいる。
真っ直ぐで、攻撃的で、でも正義を忘れず、楽しいの味方なんだ。
但し全てにおいて自分がって言うのが前提だけど、それでも彼女は愛情深い人なんだよ。
敵には恐ろしく容赦はないけどね」
「余計どんな方か判らなくなりましたが詳しいですね」
「少しでも彼女を学べば知る事が出来る範囲内だよ」
そう言って背もたれに顎を乗せて俺を見上げる赤い瞳は
「この屋敷は彼女の旦那さんが用意したんだ。
戦争に勝ってしまった為に彼女とは遠く離れた土地に暮らさなくてはいけないからね。
彼はルゥ姉が少しでも快適に暮らせるようにと小さな辺境国の国家予算位を掛けてこの屋敷を用意したんだ」
「……ええっ?!」
「もちろんお釣りは大量に来たけど、この屋敷を手掛けたエクスチュワートは、そのお釣りを使って一生をこの屋敷と、お向かいさんの店につぎ込んだんだ。
あとリンヴェルやクレヴィングのお家にも。
昔はただの一枚板の扉も長い年月をかけて彫刻を施したり、一度作っても気に入らないからと言って何度も作り直したり、自らの足で装飾品など探したりしてルゥ姉はそんな彼の情熱を黙って好きなようにさせたんだ。
ああ、教育にも熱心な人だったんだ。
だからルゥ姉は寝る時間と食事の時間はきっちり守らせて文句は言わせなかったから平和に最後まで作る事が出来たけど……
旦那さんはこの屋敷の完成を見る事は出来なかったけど、ルゥ姉は言ってた。
この家が私を守ってくれてる。
この家があるから私は一人ではないと言える。
この家があるから私は寂しいなんて思いもしないって。
寧ろ女子供のこの家に黙ってても潜り込んでくる連中は一体何を考えてるのですかっていっつも怒って周囲の家、特にお隣が迷惑を被ってたね」
ケラケラと笑いながらここはルーティア国だから治外法権で王族でもだれでも自由なんだっていうのが潜り込む奴らの言い訳だと教えてくれた青年も遥か遠くを見る様にルーティアの肖像画を見ていた。
「さて、今日はアリーに会えなかったから帰るとするよ。
ちょっと抜け出して来ただけだから急いで帰らないといけないからまたの機会にって伝えておいて」
「ええと、お名前を伺っても……」
「ふふふ、これを渡して貰えれば判るから」
そう言って手のひらサイズの小さな宝石箱を開けて見せてくれた。
「間に合わなかったけどデビューのお祝いにって」
磨き上げられた白銀の、小さな、でも光が乱反射する美しい髪飾りだった。
「ひょっとしてセラート工房の……」
彼女が似たような物を髪に刺していたのを思い出して言えば肩をすくめて
「僕の手作りだよ。
アリーは何時もなんでも喜んでもらえるからって思ったけど、そろそろ子供っぽいかな?」
「いえ、アリーの年齢ぐらいの少女が持つにはまだ早いと言うか、公爵家当主としては当然ですが……」
悩む俺に青年はふと頷き
「成人のお祝いはまた別に用意してるから期待してって伝えておいて。
あと結婚のお祝いもね」
そう言ってぴょんとソファを飛び下りてそのまま庭に歩いて行ったかと思えば、少し物陰に入って行ったはずの彼の姿はもうどこにもなかった。
「一体……」
手のひらに宝石箱を乗せてたたずむも、時間だけが過ぎるだけだからとそのまま書庫へと向かえば途中の階段でモデラーと遭遇した。
モデラーは俺の手のひらに乗る宝石箱に心当たりがないのか小首をかしげるだけ。
「先ほど肖像画の部屋で赤い髪の青年にこれをアリーにって預かったんだ。
親戚の方だろうか、預かってはもらえないか?」
聞けば彼の訪問を知らなかったのかモデラーは執事にあるまじき驚いた顔で
「あのお方が東の方です。
名前は恐れ多くて私の口からはご容赦くださいませ。
こちらは私が預かるのも恐れ多いので、ぜひとも旦那さまから奥様にお渡しください」
深々と頭を下げられてしまえば拒否はできない。
「ならこちらは私が預かろう。
食事の折りにでもお渡しする事にするよ」
「お手間をおかけします」
階段の踊り場でのやり取りの後俺は書庫へと向かった。
我が家の書庫の量を遥かに超え、王家の書庫と匹敵するような書庫の量はもちろん二階の部屋と言うのに三階へとぶち抜かれた天井と二階と言うか、三階へと繋がる階段を思わず昇ってしまう。
石と煉瓦造りならではの頑丈な家だからできる作りなのだろうが、優美な表向きの表情と、かつての歴史さえも詰め込んだこの書庫こそグレゴール家の本質なのだろう。
書庫の中は一つだけある北側にある窓の前にソファと部屋の真ん中に大きな執務用の机と椅子に俺はいくつかの本を置き、サイドテーブルを引き寄せてそこにお茶をセットした。
光量は十分だが、それでもデスクライトを用意して、机の引き出しを埋める真っ白なメモ用紙と別の引き出しに用意された手に取るもためらうような美しいペンとふたを開ければまだ新しい匂いのするインクが用意されていて、改めてここは侯爵家とは天と地ほどもある公爵家の屋敷なんだと改めて感心するのだった。
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