流星物語

雪那 由多

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彗星物語 2

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 それからやってきた正午と言う時間。

 迎えに行った馬車が戻って来た事を家令のバロッセが無情にも告げた。
 頼むからここでお腹が痛くなったからと言ってでも帰ってくれー、なんて呪いながらも家紋も付けた馬車から下りた田舎娘の姿を見て思わず息を呑んだ。
 その姿は一年前会った時とは全くの別物で、どこぞの名家の令嬢が来たのかと呼吸をするのを忘れてまで見つめてしまった。
 
 あの時の光景は絶対忘れる事は出来ない衝撃的な光景だった。
 緑の中に居ろとりどりの花が咲く一面の長閑な景色の中にポツンと建つ、それでも近づいて見上げればうちよりもはるかに大きな屋敷の前でヒツジだろうか独特の形を持つ剣であおむけにされてピクリとも動かないヒツジの毛を、それは見事に次々に刈り込んでいたのだ。
 髪は一括りにして、庭師の男と共に庭師の格好をしながら次々にヒツジの形の残る刈り取った毛を弟だろうよく似た背格好の同世代の男に回収させて大きな袋に詰めさせていた。
 一体この光景は何なのだろうか……
 そして軽々とヒツジを転がして毛を刈って行く女がまさか……
 そこから先の記憶はほとんどなく、気が付けば王都の屋敷の自室にいて、何か悪い夢でも見ていたのではないかと思い込むようにしていた。
 そんな女が余計な華美も豪奢さもない昼に相応しい明るい若草色のドレスを身に纏って彼女の水々しいまでの若さを際立たせ、袖口やスカートの裾から時折除くレースがその年齢にふさわしい愛らしさを物語っている。
 綺麗に、そして複雑に結い上げられたミルクティーのような髪に若草色のドレスとお揃いの色の宝飾の髪飾りがキラキラと輝いていた。
 心臓の脈を打つ音と改めて聞かされた彼女の名前がアリアーネという事だけが耳に届く。
 父上とあいさつを交し、微笑みながらの会話なんて届いてこない。
 彼女の周囲が光り輝いてるようにも見えて、その他の情報が一切伝わってこない。
 そのくせ目は彼女ばかりを追ってしまい……この感情に付ける名前なんて知らない俺はただただ彼女に気づかれないように彼女を見つめるばかりだった。
 父上が彼女を屋敷に招き入れる後を追うように俺はふらふらとその匂いを追う駄犬のごとく彼女の姿を追うも、彼女は一向に俺を見もしない。
 当然だ。
 俺はそれだけの事をやってしまったのだから彼女の視界に入ると言う事はもうないのだろう。
 やがて遅れて準備の出来た母上がやってきて、滅多に人を誉める事のない手厳しい人がいきなりべた褒めをして、父上に甘えるように娘が欲しい宣言までする。
 年の離れた妹はちょっと勘弁してほしいと言うか……母上年齢を考えてくださいと言うのは失礼でしょうか?
 まあいい。
 それから 長兄がさらに遅れてやって来た。
 侯爵家の世継ぎとして育てられ、王家の婚約者もいる見目麗しい兄上なのだが、ちょっとした性癖がある事が我が家の頭痛の種だ。
 その兄が社交界である種の有名人と我が家で再会して、侯爵家の跡継ぎが駄犬に成り下がっていた。
 何か納得できない共通性を見つけてしまったようで愕然とした。

 家族がそろった所でいつ切り出そうかと悩んでいた俺に兄上達が話をふってくれて、自然に、でも緊張しながらハウリーと詰めて作った謝罪文をそらんじて読み上げた。
 アリアーネはそれを優雅な微笑みを浮かべながら俺のした事を許してくれた。
 エル兄上も苦笑を零しながらも良かったなと言ってくれた。
 本当に良かったのだろうかと胸に何かが引っ掛かる。
 謝罪をして許してもらえばアリアーネとの接点はなくなってしまう。
 知人友人の令嬢達にはない楚々とした清廉さをもつアリアーネに心奪われるばかりで、エル兄上の話に混ざるのがやっとな俺は彼女ばかり見つめていた。
 そんな会話に突然母上が混ざり込んできた

「ねえ旦那様。
 アリーさんをラウイと同じ学校へと通わせる事は出来ませんか?」

 母上の一言には驚かずにはいられない。
 社交界シーズンのスタートと同時に始まるリンヴェル王立学校の入学シーズンに彼女も通えないかと言うではないか。
 家柄、財力などと言った所から、平民でも見いだされた才能と言った選別された子供達が1年程学び舎を同じくする場になる。
 その後そのまま卒業するなり、専門の学問に進むなり、騎士団の従騎士となったり、自分を磨く場をあわせて最大3年ほど学ぶ場が用意されている。
 女子は大体一年ほど学校生活を社交の場のミニチュア版として派閥争いの鍛錬の場としている。
 大体令嬢と言うが、貴族の女子だからこそ最後は己の身は己で守れが常識の中で優雅に笑う少女達が恐ろしいほどの戦闘力を秘めているなんて……平民には知らされる事のない極秘事項だ。
 そんな中に放り込むなんて無謀だ!と言いたい所だったが……その後俺は幻を見る事となる。
 エル兄上と同等の剣術を披露し、ワイバーンを仕留めると言う魔術の最高ランクの魔法を見る事となり、そして

「……私の手を取ってください。一緒に平穏な日々を過ごしましょう」
「え?平穏な日々でよろしければ私はお供しますよ?」

 何故かエル兄上といきなりの結婚が決まってしまった。
 どこまでも落ち込む心に、彼女の想いに対する思いが恋だった事を失って初めて気づいたのは今だった。
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