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公爵様、幸せにしてください

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 式場の中では義父様のじらすようなその歩みにバスク様は無駄な抵抗だと言わんばかりに笑っているが、それでも今日の日を祝いに来てくれた人達の振り向く顔をゆっくりと見る事が出来るスピードは参列者の方からの祝福の微笑みに微笑み返す余裕が生まれて幸せな気分が一歩一歩膨らんでいく。
 ほんとに結婚するんだ……
 書類関係の提出や今日の日の為にとせわしなく走り回っていた為に結婚するなんて実感を持てなかったが、こうやってゆっくりと踏みしめる一歩一歩があの人の物になる、そんな実感するかのような幸せがこみ上げて止まらない。

 ついに最前列までくればすぐ側にはバスク様のご両親、そしておじい様とおばあ様の腕には心地よさそうに眠る赤ちゃんがいた。
 無事生まれた子供は男の子でバスク様に似た色を持っていた。
 件の女性は子供を産んで数日共に過ごした後にバスク様に託してとある貴族の後妻に収まったらしい。
 これだけ聞くと酷い話だと思うが、彼女はこの貴族を好いていたという。
 この貴族は妻を早くに亡くした独り身だった。
 その時から彼女はアプローチをしていたらしいが独身の、しかも未婚の女性がこんな老い先も長くない年上の人にそんな事を言ってはいけないよと窘められ続けていた。
 だけど彼女は諦めきれず、それならと手っ取り早く傷物になればいいと気づいて決断した。
 その結果が相手不明の私生児と言う……
 ほんと貴族ってクソが付くクズばかりだなと心の中で呪った。
 そんな彼女の心の内を知って利用したバスク様もかなりクズだが、それでも一応母親の面影を気にしないようにと数ある候補の中から同じ色の髪と目をした人を選んだという。
 そんな気遣い要らないし、そう言う女性ばかりだと言わんばかりの内容に滅べクズ貴族と唱えた呪文はどれだけか。
 それでも後ろ盾を持たない貴族の女性の保身の仕方の一つだと言うのだから貴族の世界も生きづらい世界だと思わずにはいられない。
 相手の貴族もそんな事までしてと呆れ果てていたが、それでも残り長くはない人生を添い遂げたいという彼女を受け入れ、自分の死後の財産は彼女とこの為に産まれて来る事になったおばあ様の腕の中で何も知らずに眠る子供に譲りたいと申し出てくれたのをバスク様は受け入れたのだった。

 今は俺も育児に参加しながらベルトラン公爵家で親子一緒に過ごしている。
 とはいっても大半はナニーに面倒を見てもらってるが、皆さんに大切に育ててもらっていて産みの母親の居ない寂しさだけは味わせない様にと俺は常々口に出してみんなに言っている。
 一日の大半を寝て過ごす息子ブリュノは大変可愛くバスク様のお相手なんて二の次だ。
 屋敷の皆様一同微笑ましく見守ってくれてるけど、バスク様はブリュノと同じように構って構ってと、大きな図体で鬱陶しい事になっている。
 それも含めて幸せと言うのだろうが、そんな日々ばかりではない事も判ってるが温かい家族を手に入れた幸せはこれ以上とないくらいの幸福な日々を迎えている。
 
 俺の手が義父様からバスク様にゆっくりと渡される。
 神への信仰と言った物のない力で成り上がったこの国を祭る物は城のセントラルに収められているセンチュリーが唯一の信仰する物だった。
 センチュリーの恩恵、センチュリーの守護、そう言った言葉を使ってこの国は成り立っている。
 王族はそのセンチュリーの番人で、セントラルに入室が許されない者にとってセンチュリーとは何ぞやと言う物だが、まさか国を支える魔石に付けた名前だとは初め俺も信じれなかった。
 だけどセンチュリーの魔石から発する輝きは光の柱となって国に安らぎの明かりを与える。
 神への信仰はなくても神格化されてもおかしくない光景を目の前にしてセントラルで働く皆さんは魔導院でいつもだらだらして何もしなくて非難轟々の顔ぶればかり。
 センチュリーに魔力吸い尽くされてヘロヘロになるしかない状態になればだらだらもするよねと初めて彼らの仕事を知って納得してしまった。
 俺が補助に入る様になってからは魔導院でもきびきびと働くようになり、もともとエリートの中のエリートなので直ぐに女の子達の目を奪う事になって普通のエリートさん達の落ち目はそっと目を反らせてこっそり笑いたくなる物。
 まあ、いくら相手がだらだらしていたからってそれをフォローとかじゃなくけなしたりそう言う言葉を使う以上そんな言葉を向けられても仕方がない因果応報と言う物だ。

 そう。今回に限らずこの国の結婚式では誰に誓うかと言うとセンチュリーとなるわけである。
 そしてその代理でもある司祭はセントラルで働く人達となるわけだ。
 セントラルで働く人達は朝センチュリーに魔力を注ぎ、それから葬儀結婚の司祭役となる。
 貴族社会のこの国ではその家の地位に合わせて司祭を派遣する事になり、公爵家の当主と王家の瞳を持つ俺となれば相応の司祭がやってくるのは事前から想像はついていた。
 だけどまさかセントラルの最高責任者でもある国王陛下が自らやって来るとはさすがに参列者は想像もしてなかっただろう。
 真っ白な床まで着く司祭の服を纏い、顔の部分だけ出した床まで付かんとする帽子をかぶり、センチュリーを表す魔法陣を表紙に描いた真っ白な本を手にして俺達の正面にいる。
 今回の結婚式の招待客がごく限られた人間関係になってしまった一番の理由だ。
 当人曰く、

「折角の司祭の長なのに一度も誰かの結婚式の司祭を務めた事がないとは忌々しき事態だ」
「ええ、まさか司祭の長の方が個人の結婚の司祭を務めるなんて、前代未聞ですよ」

 国王とおじい様の会話に義父様もバスク様も頭を抱えていたが

「俺とキュラーの結婚式に父上は司祭を務めれないから代わりにお前達が引き受けてくれ」

 なんてお願いされたらまあいいかという気分になってしまうのも仕方がない。
 というか、この王様なんでも前例を作っておきたい人なのかと、次は何をさせられるのか不安でしょうがない。
 そんな人がご機嫌に目の前に立っている。
 こんなご機嫌な顔見た事がないと一列後ろで参加して下さっているトゥリエル嬢を連れてのアルベルト様の呆れたお声は静かに誰もの耳に届く。
 頷く方から少しだけ笑い声を零す方。それを見て頷く国王と言うこれだけの大貴族を集めての結婚式だと言うのに内容はアットホームであたたかい。
 ちなみに国王様を補佐をする方はあまりお目にかかる事の出来ない王妃様だ。
 今日は体調も良いようでたまには王宮の外に連れ出したいと国王と王子が連れ出してきて手伝ってもらっている。
 この結婚式の警備が最上級な理由はこれなのかと思わずにはいられない二人が目の前に並んでいた。
 どこか楽しそうに王妃様を手伝う他の司祭様と同様に一緒になって祝福の歌を歌っていた。
 途中からソロになっても遜色のないとても澄んだ歌声は体調が悪くてずっと後宮でお休みになられていたという話を聞いていたはずなのにそんな事も気にならないくらいの伸びやかな美しい歌声に思わず聞きほれてしまう。
 あとで聞いた事だが体調のいい日は刺繍を刺したり音楽を楽しんだり、あまり淑女が嗜むにはどうかと言われている歌を王妃様は楽しんでおられたという。
 まぁ、それが側室や侍女達の耳に入り嫌味となって返ってくるという悪循環が生まれるのだが、歌が好きな人から歌を奪うなんてひどい話だと思いながらもこれからは楽しく歌を歌えるようになればと願ってしまう。
 トゥリエル嬢なら一緒に歌を歌ってそうで、楽しい後宮になるだろうと空想がひろがってしまう。

 祝福の歌が終わり国王様から長い祝福の言葉を貰ってからの誓いの言葉。

「私、バスクアル・フォン・ベルトランはあなたをいつまでも大切に愛し、幸せにすることを誓います。
 嵐にのまれ二人の間を引き裂く事があるとしましょう。
 私はあなたが一人寂しくないように必ず探しましょう」

 バレンスエの悲劇を二度と繰り返さないという誓いに宣誓を聞き届ける国王も強く頷いている。
 その言葉に俺は一言「貴方を信じ続けます」と言えばいいとシメオンとサムソンからおそわった。
 だけど俺だって言いたい言葉がある。
 何度も簡単に言えない言葉だから、今だからこそ言える言葉。

「私、フェランディエーレ・カドレニーはたとえあなたがペドで思い込みが激しく手に負えない妄想家だとしても、私を探し続けた思いは真実だと知っております。
 この後に私達を引き裂く嵐が立ちふさがるとしましょう。
 貴方が教えてくれた勇気をもって今度は何も知らずただ待つだけの私ではなく貴方の元に戻る勇気を愛として生涯共にある事を誓います」

 最初の一文に国王も王妃も吹きだし、バスク様もそりゃないよと言いたげに眉をハの字にしていたけどその後の直ぐの言葉にゆっくりと笑みに代わって行く顔を見つめていた。
 どんな事があっても私の帰る場所は貴方の所と言っているのだ。これを喜ばない夫がいたらそれこそ離婚だ。

 吹きだして顔を背けてしまった二人もその続く言葉にゆっくりと頷きながら、そして誰もがあの悲劇を繰り返さないようにと黙って聞いていた。

「誓いのキスを」

 既にお互い見つめ合っていた俺達は、促されるまま

「愛してるよ」
「俺も」

 キスを交わして微笑みあっていた。









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最後までお付き合い下さいありがとうございました
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