972 / 976
番外編:山の秘密、俺の秘密 5
しおりを挟む
日の入りの時間近くになって全員無事山を下りてきた。
よほど疲れたのか寒かったのか全員顔色が悪く白湯を飲んだり囲炉裏にあたったり五右衛門風呂と内風呂に入ってもらって体を温めてもらう。日の入りの時間と共に手伝ってもらいながら扉を桟にはめて棚を元通りにすれば見慣れた景色に戻り、そっと何故か安心したように息を落すのだった。
温かいご飯とみそ汁、そして野菜の煮物の一汁一菜と言うシンプルだけど肉類は一切使わないようにして畑で採れたばかりの野菜をふんだんに使ってたくさん食べてもらう。そして宿泊施設の準備のある離れでもう暗いから泊まって行けと言えばありがたいと言う様に皆さん雑魚寝も構わずに横になって休み始めた。
「前は泊まる所なかったから勧められなかったけど、大変なんだな」
「うん、まあ。正直こんな状態でこの道を真っ暗な中を通るのが一番きついから正直助かる」
お疲れと風呂上がりの一杯の白湯を渡す。一応今もまだ修行の途中なのでお茶ではなく白湯が欲しいと言われるままに準備したので皆さんにはいたるところに用意したものを飲んでいただく。
そして……
「今回も金平糖に助けられた。子供がすごく喜んでた」
「金平糖で喜ぶ子供って可愛いな」
今時何て素朴なお子様なのだろうと思う。
「で、アジサイはどうなった?」
気になるからと聞けば
「祠の近くに植えておけって言われて植えて来たけど、アジサイってすごいな?前回のあの一輪からあんな凄い山になってたぞ」
「それがアジサイの魅力で難しい所。まあ、あまり人の通らない所だし迷惑にならないからいいんじゃね?」
「だから親父達が根っこで祠が壊されない所に植えていた」
そんな配慮をありがたく思いながらも
「いつかアジサイ畑になったら綺麗だろうな」
赤い祠を囲むような一面のアジサイ畑。想像しただけでも美しい。
「まぁ、あのアジサイの人が喜んでくれるなら何よりだ」
これからもコツコツと運んでもらおう、なんて一切自分で行く気にはならないのは幼児体験の辛さが起因する。山登りは嫌いではないが、苦手と刷り込まれたルートには手を出さないそれも一つの安全な山登りのマナーだと思って綾人は笑う。
「留学から帰ってきたら連絡するからその時もまたよろしくな」
「幾らでも植えて来るから金平糖も忘れるなよ」
そんな小さな約束。それがこの一団の命を守っていたなんて綾人は知らないし、何があったかなんて知る事もない。
「だけどあの年齢不詳のアジサイさんは一体何なんだろ」
暁だけでなく全員の気配が緊張を漂わせたがそれには気付かずに
「絶対若作り半端ないよな」
そんな俺の結論に空気が緩むような気もしたが
「女性の人に年齢の話をすると血を見るかもしれないからほどほどにな?」
暁の爺さんの小言に「ほーい」と生返事。
とりあえず今日は休みたい人を優先する様に囲炉裏の傍で眠ってしまった見習いのお子様のすぐ横に敷いた布団に転がして
「それでは早いですがおやすみなさい」
気を使わせないように俺もベッドへと潜り込むのだった。
朝、日の出よりも余裕をもって早く起きる。決して昨日早く寝たからという理由ではないと思いたい。まだまだ幾らでも眠れる二十代。ベッドが友達と言うように仲良くしていたい気持ちも捨てきれないが、そっと部屋を出てきしむ廊下を歩いてトイレに向かう。悲しい位の習慣だと思ってから台所へ直行。
昨日のうちに水を吸わせておいたお米の量は十分。竈に火をくべてご飯を炊きだす。長沢さん達のおかげでがたつかなくなった台所の勝手口から静かに外に出て満天の星空を見上げる。
まだ早すぎる時間なので烏骨鶏達は起こさずに畑へと向かう。
見慣れた暗さ、程よい星明り。今日も良い天気になるぞと言う様に野菜をもいで台所へと戻れば
「おはようございます。お手伝いさせてください」
山伏の内の一人だった。暁ほど若くはないが、若手と言えば若手だろう。
「だったらこの野菜で味噌汁作るので洗って切ってください。俺は煮物を作りますが、竈の使い方わからなかったら言って下さい」
「ええと、お願いします」
まさかの竈飯とは思わなかったようで動揺する姿に笑えてしまえばそんな僅かな生活音に皆さん起き出してしまった。
「すみません、まだご飯出来てないので……」
「ああ、気にしないでください。そろそろ朝のお勤めの時間で普段から起きる時間ですから」
「皆さん早いですね」
「それは綾人だろ……
ってか寝起き良いな」
大きなあくびをして着の身着のままの恰好は着替えがないからだけど酷い寝癖に笑ってしまえば
「こんなところで一人暮らししているといつ熊が家の中に入って来るか心配で寝起きは嫌でもよくなるよ」
そんな田舎自慢に山伏装束の集団にどん引きされる。くじけないもん。
そうやって煮物用に野菜を用意していればすぐに手伝いの人が増えてきてロケットストーブで沸いた白湯で喉を湿らせて待っていてもらう。だけどさすが修行中の人達は外の山水で顔を洗い何やら発声練習と言う様にお経を読み上げる声を聴いてる分にはもはやどこの寺だと勘違いしそうだ。
飯田さん仕込みの野菜をいっぱい鍋に詰めてゆっくりと火を通して野菜の水分だけで煮て行く煮物。僅かな塩味だけで十分なほど良いお味が出る飯田マジックを真似るこれが優しいお味で意外と美味い。
ご飯も炊きあがり蒸らしの時間も十分。初めての竈のご飯に見習い君は大喜び。竈はこう言ったおもてなしと言う点で使うだけで大喜びしてもらえるステキアイテムとなり誇らしく思う瞬間だ。
二つの竈で焚き上げたご飯を皆さんどんぶりで召し上がり、そして山ほど作ったはずの料理も好評のうちに瞬く間になくなって行き、俺だけが食べ損ねてしまった……
残ったご飯は皆さんのお昼代わりにと塩むすびにして持ち帰ってもらい、気が付けばやっと日の出時間となっていた。
ご飯のお礼にと洗い物をしてもらっている合間に俺は烏骨鶏を庭に放つ。少しでも暗いうちに庭に放さないと絶滅危惧種の皆様に狙われてしまうので鳥目なんて気にせずウコ達を連れて砂遊びをさせていれば
ケーン……
狐の遠吠えだろうか。
ぞっとするような鳴き声に背筋が震える。
烏骨鶏達はすぐさま物陰に隠れ、一羽だけ俺の影に隠れると言うボケをかましてくれた。いつも俺にたかりに来る野性を失ったやつだ。
仕方がないと言う様に抱き上げてなだめるように首元をさすって落ち着かせてやる。
よほど疲れたのか寒かったのか全員顔色が悪く白湯を飲んだり囲炉裏にあたったり五右衛門風呂と内風呂に入ってもらって体を温めてもらう。日の入りの時間と共に手伝ってもらいながら扉を桟にはめて棚を元通りにすれば見慣れた景色に戻り、そっと何故か安心したように息を落すのだった。
温かいご飯とみそ汁、そして野菜の煮物の一汁一菜と言うシンプルだけど肉類は一切使わないようにして畑で採れたばかりの野菜をふんだんに使ってたくさん食べてもらう。そして宿泊施設の準備のある離れでもう暗いから泊まって行けと言えばありがたいと言う様に皆さん雑魚寝も構わずに横になって休み始めた。
「前は泊まる所なかったから勧められなかったけど、大変なんだな」
「うん、まあ。正直こんな状態でこの道を真っ暗な中を通るのが一番きついから正直助かる」
お疲れと風呂上がりの一杯の白湯を渡す。一応今もまだ修行の途中なのでお茶ではなく白湯が欲しいと言われるままに準備したので皆さんにはいたるところに用意したものを飲んでいただく。
そして……
「今回も金平糖に助けられた。子供がすごく喜んでた」
「金平糖で喜ぶ子供って可愛いな」
今時何て素朴なお子様なのだろうと思う。
「で、アジサイはどうなった?」
気になるからと聞けば
「祠の近くに植えておけって言われて植えて来たけど、アジサイってすごいな?前回のあの一輪からあんな凄い山になってたぞ」
「それがアジサイの魅力で難しい所。まあ、あまり人の通らない所だし迷惑にならないからいいんじゃね?」
「だから親父達が根っこで祠が壊されない所に植えていた」
そんな配慮をありがたく思いながらも
「いつかアジサイ畑になったら綺麗だろうな」
赤い祠を囲むような一面のアジサイ畑。想像しただけでも美しい。
「まぁ、あのアジサイの人が喜んでくれるなら何よりだ」
これからもコツコツと運んでもらおう、なんて一切自分で行く気にはならないのは幼児体験の辛さが起因する。山登りは嫌いではないが、苦手と刷り込まれたルートには手を出さないそれも一つの安全な山登りのマナーだと思って綾人は笑う。
「留学から帰ってきたら連絡するからその時もまたよろしくな」
「幾らでも植えて来るから金平糖も忘れるなよ」
そんな小さな約束。それがこの一団の命を守っていたなんて綾人は知らないし、何があったかなんて知る事もない。
「だけどあの年齢不詳のアジサイさんは一体何なんだろ」
暁だけでなく全員の気配が緊張を漂わせたがそれには気付かずに
「絶対若作り半端ないよな」
そんな俺の結論に空気が緩むような気もしたが
「女性の人に年齢の話をすると血を見るかもしれないからほどほどにな?」
暁の爺さんの小言に「ほーい」と生返事。
とりあえず今日は休みたい人を優先する様に囲炉裏の傍で眠ってしまった見習いのお子様のすぐ横に敷いた布団に転がして
「それでは早いですがおやすみなさい」
気を使わせないように俺もベッドへと潜り込むのだった。
朝、日の出よりも余裕をもって早く起きる。決して昨日早く寝たからという理由ではないと思いたい。まだまだ幾らでも眠れる二十代。ベッドが友達と言うように仲良くしていたい気持ちも捨てきれないが、そっと部屋を出てきしむ廊下を歩いてトイレに向かう。悲しい位の習慣だと思ってから台所へ直行。
昨日のうちに水を吸わせておいたお米の量は十分。竈に火をくべてご飯を炊きだす。長沢さん達のおかげでがたつかなくなった台所の勝手口から静かに外に出て満天の星空を見上げる。
まだ早すぎる時間なので烏骨鶏達は起こさずに畑へと向かう。
見慣れた暗さ、程よい星明り。今日も良い天気になるぞと言う様に野菜をもいで台所へと戻れば
「おはようございます。お手伝いさせてください」
山伏の内の一人だった。暁ほど若くはないが、若手と言えば若手だろう。
「だったらこの野菜で味噌汁作るので洗って切ってください。俺は煮物を作りますが、竈の使い方わからなかったら言って下さい」
「ええと、お願いします」
まさかの竈飯とは思わなかったようで動揺する姿に笑えてしまえばそんな僅かな生活音に皆さん起き出してしまった。
「すみません、まだご飯出来てないので……」
「ああ、気にしないでください。そろそろ朝のお勤めの時間で普段から起きる時間ですから」
「皆さん早いですね」
「それは綾人だろ……
ってか寝起き良いな」
大きなあくびをして着の身着のままの恰好は着替えがないからだけど酷い寝癖に笑ってしまえば
「こんなところで一人暮らししているといつ熊が家の中に入って来るか心配で寝起きは嫌でもよくなるよ」
そんな田舎自慢に山伏装束の集団にどん引きされる。くじけないもん。
そうやって煮物用に野菜を用意していればすぐに手伝いの人が増えてきてロケットストーブで沸いた白湯で喉を湿らせて待っていてもらう。だけどさすが修行中の人達は外の山水で顔を洗い何やら発声練習と言う様にお経を読み上げる声を聴いてる分にはもはやどこの寺だと勘違いしそうだ。
飯田さん仕込みの野菜をいっぱい鍋に詰めてゆっくりと火を通して野菜の水分だけで煮て行く煮物。僅かな塩味だけで十分なほど良いお味が出る飯田マジックを真似るこれが優しいお味で意外と美味い。
ご飯も炊きあがり蒸らしの時間も十分。初めての竈のご飯に見習い君は大喜び。竈はこう言ったおもてなしと言う点で使うだけで大喜びしてもらえるステキアイテムとなり誇らしく思う瞬間だ。
二つの竈で焚き上げたご飯を皆さんどんぶりで召し上がり、そして山ほど作ったはずの料理も好評のうちに瞬く間になくなって行き、俺だけが食べ損ねてしまった……
残ったご飯は皆さんのお昼代わりにと塩むすびにして持ち帰ってもらい、気が付けばやっと日の出時間となっていた。
ご飯のお礼にと洗い物をしてもらっている合間に俺は烏骨鶏を庭に放つ。少しでも暗いうちに庭に放さないと絶滅危惧種の皆様に狙われてしまうので鳥目なんて気にせずウコ達を連れて砂遊びをさせていれば
ケーン……
狐の遠吠えだろうか。
ぞっとするような鳴き声に背筋が震える。
烏骨鶏達はすぐさま物陰に隠れ、一羽だけ俺の影に隠れると言うボケをかましてくれた。いつも俺にたかりに来る野性を失ったやつだ。
仕方がないと言う様に抱き上げてなだめるように首元をさすって落ち着かせてやる。
応援ありがとうございます!
45
お気に入りに追加
2,605
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる