上 下
965 / 976

番外編:正月なので

しおりを挟む
「綾人さん今晩は」
 十二月の三十一日まだ真っ暗な早朝に顔を出した飯田さんは全身雪まみれでこの家にやってきた。
「雪すごっ!とにかく雪がついた服脱いで囲炉裏に当たって!いや、ストーブのほうがいい?」
「下まで車で来てそこからスノーモービル借りました。キーがさしてあったままで助かりましたし、車庫の中に車入れさせてもらいました」
「うん。来るって言うからガソリン入れておいたんだけど、雪大丈夫だった?」
「下の宮下商店までは道路の雪もちゃんと除雪してありましたよ。それに宮下君もシャッターの音でご挨拶に出てきてくれて色々お土産いただきました」
 背負ったカバンの中からお蕎麦が出てきた。宮下のおばさんの煩悩が詰まった手打ち蕎麦は毎年の恒例行事だ。
「俺もお節とか作ってきたので御重に詰めましょう」
 これも飯田さんが来るようになってからの恒例行事。
大晦日はお店がお休みになるので三十日を締めにしてそのままこっちにやってくる。住んでいる家の掃除とか実家に帰らないのかと心配になるものの
「実家ですか?実家なんて正月こそ面倒臭いじゃないですか。結婚しろと言う親戚とかはどうとでもなりますが、これでも実家は結構有名な寺のそばにあるので初詣客相手に正月限定メニューでぜんざいを振る舞うんですよ。おもちを搗いてね。
 今家に帰ったら完全に餅つき要員です。回避する理由になってもらって申し訳ないくらいです」
 それなりに理由があったらしい。とはいえ
 台所の竃に火をいれれば嬉しそな顔で水を張ったお釜に昆布と椎茸を入れる。どうやら雑煮を作るつもりらしい。
 それに気にもなるのが餅米を取り出し蒸し器をセットして給水の準備。さらには今にも雪の重みで倒壊しそうなかつて住んでいた家の中から杵と臼を雪の中をかき分けて持ってきて土間へと置いた。
 ふうと汗を拭うが、この主屋と倒壊寸前の家との間には二メートル近くの雪山があるはずだ。どうなったかは飯田さんの雪まみれの様子で想像できるが、台所のドアから外をチラリと伺えば思いっきり真っ直ぐに突っ切った人一人分の獣道ができていた。玄関の横の広い軒下に置かれたスノーモービルも雪まみれだし、スノボのウェアだろうかそれも雪まみれだ。さすがアクティブ系、俺には真似できんと、そんな事をしなくてもいいように切り餅も買いだめもしてあるし、スノーモービルと言う移動手段も手に入れたのだ。あれでひょいと移動すれば楽なのにと相変わらずパワフルだなあと感心している間に納戸から持ってきた御重にお節を詰め始める。
 鼻歌を歌いながらノリノリの様子はとても今さっき東京から来た人には見えない。
「それにしてもいい漆だなあ」
 黒光する御重はバアちゃんが毎年使っていたもので
「ジイちゃんが箱を作って漆をバアちゃんが塗ったんだって。
 昔は漆も取っていたし、コウゾだっけ?和紙の原料。育てて職人に売っていたらしいよ。今は職人さんがいなくなったからもう止めたって、小学生の頃聞いたな?どこにあるのかなんて知らないけど」
「そうですか、もったいない」
 言いながらも御重はどんどん完成していって蓋を閉めた。
「とりあえず仏壇の部屋が涼しいのでそちらに」
「バアちゃんに報告してくるよ」
 夜だから手を合わせるだけで台所に戻れば気持ちいいくらいの鰹節を入れる姿があった。フワッと一気に鰹節の匂いが広まり、一煮立ちしてすぐに昆布と椎茸、鰹節を丁寧に漉していく。
「お雑煮用のお出汁とお蕎麦用のお出汁ができましたね」
 後は醤油でととのえればいいと一見あっさりし過ぎにも見える出汁は驚くほど深みがあって、出汁だけでも飲みたいと欲求に駆られるのは毎度の事だ。
「あったかい茶碗蒸しが食べたく思います!」
 この出汁で作れば絶対美味いだろう。確信を込めて昨朝取れた烏骨鶏の卵を見せればまるでダイアモンドでも見つけたようかの輝く瞳に
「是非作りましょう!」
 そうこうしている間に体もしっかりと暖まった所で
「そろそろ一休みしましょうか」
 さすがに眠いらしい。台所すぐ隣の一番今暖かい部屋で飯田さんは用意した布団に入った途端眠ってしまい、俺も一緒くたになって隣に敷いた布団に潜り込んだ。
 雪が降っているから危ないと言うのに毎年こうやってきて、お節も雑煮もない正月を迎えるのだろうなと思っていたのに飯田さんは無理しないでと言ってもやってきてくれる。そしてしこたまご実家仕込みのお節を俺に食べさせるために準備して初月を待つ。

まるでクリスマスや自分の誕生日を待つような至福の時を迎える特別な日になっていた。

 もちろん目を覚ませば飯田さんが二人分には贅沢な料理をさらに作ってくれて無事年越しと新年を祝うに相応しい華やかな食卓を用意してくれるのだった。もちろんテレビから響く除夜の鐘を聴きながら眠った後は飯田さん渾身のお節とお雑煮が待っているのだ。
なんせ自らお餅をついてくれると言うサービスぶり。
「一升ぐらい楽勝です!一日中餅を搗かせるから息子が帰らないんですよ!三十升ってバカだろうあのクソ親父!!!」
 こちらもかなり煩悩と言うよりストレスが溜まっている様子。吠えながら宮下の家のお餅までついてくれるので宮下に取りに来させ
「はい綾人さん。宮下君にもお年玉です」
「「あざーーーっっす!!!」」
 小さなお年玉袋の中身より貰える事の喜びの方が勝り宮下と二人でハイタッチしながら土間で踊り狂う二十一歳。
 いつまでもらっていいのかわからないがこんな正月がずっと続けばいいなと心の中で願うのだった。



***********************************
本編が終わったので再再復活です。
圭斗が戻ってくる前の正月の迎え方でした。


しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...