上 下
940 / 976

足跡は残すつもりがなくとも残っていく 9

しおりを挟む
 もちろんつられるように桜井さんと最後まで居た堪れなさを乗り越えてこの場に残り切った熊野さんも肩を震わせながら笑っている。ちなみに裕貴さんに至ってはお父さん達と一緒に声を立てて笑っていた。

「ああ、おやじ、やっぱりこの家での食事は楽しいな。
 親父がいなくなってから集まってももう誰もこうやって声を立てて笑う事がなくなった」
 
 楓雅さんが写真を見上げながら目じりに涙を浮かべる。

「好き勝手していたように見えたけど親父は偉大だった。
 まだまだすぐ親父のようになれるとは思わないけど、せめて親父より長生きする頃には親父並みにはなってみせるよ」

 そんな展望的決意。
 かなりの長期戦、結構。結構。
 爺さんみたいなめんどくさい年寄りが量産されてたまるかっていうものか。
 だけど楓雅さんは俺達と向かい合い

「ここはご存じの通り頑張って維持しても駅前開発に飲み込まれることになりました」

 この情報は俺も購入前から知っている情報。
 爺さんの持ち家だから頓挫していただけで、やっぱり俺の名前なんてないにも等しいゆえに一気に話が進んだ結果だ。
 それでも俺の知る人達にひっそりとこの夏まではという事をこぼしていたのでお目こぼしがあった事も知っている。理由はすでに遠い場所から開発は進んでいるのだから。
 意外と財界人の言葉が強い事にビビったもののそれだけの投資はしてきた。目に見えるものではないもので返されただけにこの恩は高くつきそうだとブルってしまう。
 そんな背景を思い出しながら楓雅さんの決意に静かに耳を傾ける。

「初盆をこうやって親父なき後まで慕ってくれる人たちと過ごすことが出来、これ以上ない貴重な時間を過ごすことが出来た事を感謝します」

 はらりと落ちる涙。 
 それは当然だ。
 生まれてからこの家で過ごし、ここには亡き両親との思い出が詰まっている。
 ワンマン社長と思われた父親の営業はたくさんの人を支え、支えられ、見えない所でその力を振るっていた事を亡き後に知った事実。
 たった一年で会社を潰すまであと一歩。
 最後の最後まで結局亡き親に助けられたこの結果に落ちた涙は純粋に感謝の涙とは言えない。

「最後までこの家の購入だけの金額には手を出しませんでした。
 その結果、会社の規模を縮小、部門の縮小、いくつかを統合して派遣やバイトを中心に人材のカット」

 むしろその程度で済んでよかったと言うべきか、たった一年で見事崩壊したとか、俺のご機嫌を損ねたからと言うのは切実になしでお願いしたい。

「この家があれば、いつもそうやって頭の片隅で考えていました」
 
 だろうな。
 それだけの価値がこの家の立地だけでもある。
 さらに言えばこの家におまけのように置いてくれた残置物だけでも数年は食べていける。
 いや、生涯か?
 手数料にしては多すぎるとつき返したかったが、この展開も読んでいたと言うのならお見事と言うしかないだろう。
 ちなみに俺はすでに一年持たず会社を売り渡しているに賭けていたのでギリ残った会社を生き伸ばす方にシフト変換。
 それがこの邸の売却だ。
 ここで購入できる金額を残していなかったらどうしようもない奴と見捨てるところだったが

「吉野よ、こんなことに巻き込んで本当に済まないと思う。だが、よかったらあのバカ息子をどうか助けてやってやれないだろうか」

 俺に家を売る前に言われた言葉。
 こうなる未来が見えていたからこそのこの家の売却。
 さらに言えば飛行機で会った時にお抱えの財産管理人がいるのにもかかわらずプライベートでトレーダーを雇って私財を増やした理由は子供たちにこの家を買い取れるくらいの財産を作る事だった。
 爺さん子供に甘すぎじゃね?
 この展開になるほどと納得は出来たとはいえ呆れるしかない。
 爺さん亡き後は俺に喧嘩を吹っ掛けながら俺にバカにされて撃退したり、其れこそ嫌がらせのような電話にからかってみたりと坊ちゃん育ちな二人をバカにしてバカにしまくった挙句にどうしようもないほどのバカだと言うように笑った俺は多分楽しんでいたと思う。
 だけどそのおかげで、長男と言うプライドだろうか。
 楓雅さんだけはこの初盆に俺に会いに来るだけのメンタルは育っていた。
 
 なんで俺のメンタル強化されないんだろうなー……

 綾人はそれぐらいがかわいいからいいんだよ。
 なんて言う宮下の声が聞こえるような気がして考えるのをやめた。

「俺は親父のようにはなれない。それはこの一年で悔しいほど理解しました。
 だけどそれを受け入れるだけでは死してなお心配する親父に顔向けはできません」

 爺さんとの会話を懐かしんでいる間も関係なく楓雅さんの独白は続いていたようだった。
 って言うか、それぐらいはちゃんとわかってたんだなと褒め称えながらスピーチに耳を傾ける。

「代償としてこの家を売ります。
 ですが、それは親父やじいさん達、先祖が懸命に育て、守ってきた会社を引き継ぐためです」

 俺達を見て

「大切な人材と言う会社を支えてくれた方たちを失いました。
 これ以上親父たちが大切に守って育てた会社から取りこぼすことがないように、厳しい言葉をもってご助言、ご助力を頂ければと思います」

 両手をついて頭を下げる。
 思わずこちらまで背筋が伸びるような挨拶に

「だったらまずは会社から楓雅さん以外の親族を排除しろ。
 それが出来たらこの話の続きをしよう」

 俺の言葉に楓雅さんの体がこわばるのは当然かと言うのを表情に出さないようにしながら

「爺さんも言ってた事だ。
 木下一族はこの邸と言う財産ありきで親族経営で強く幅を利かせてきたと言う。
 邸を売る事でその意味は失うし、むしろ今となってはその親族の方がネックだ。
 この不始末を本当に謝罪したいと言うのならそれぐらいをやってみせろ」

 そこからの話しはその後だと言えば楓雅さんはぐっと唇をかみしめてもう一度両手をついて頭を下げた。

「九月までには希望に応えた言葉をご用意します」

 俺は返事をすることなくお茶を頂き……




 



 月が替わった頃新聞の一角に小さくその報告が載せられていた。
 俺の希望に沿った内容、大胆な人事異動。
 親族を大量に切った代わりに外部からの人材を大量に入れての改革の報告を見て本当にやり切ったのだと心の中で拍手喝采。とは言え

「寂しそうですね」
「そりゃ、あの爺さんが守って来たものを根底から崩したからね。
 爺さんの希望と言っても、それを促した俺だって素直に楓雅さんを褒め称えるのは難しいよ」

 ほんのりと焦げ目のついた西京焼きと冷酒を頂きながら
「本当に損な役回りですね」
「遺言を聞いたから。何とかしてあげたい、ジイちゃんにできなかった代わりと思って目をつむってください」
言えばそっと飯田さんは笑い
「さて、今日はパンを焼きまくりますよ!」
「チーズ入った奴焼いてください!
 ゴロゴロに切ったソフトフランスパン風な奴でお願いします!」
「クロワッサンではいけませんか?!」
「今日はその気分なので!」
「なんで?!」
 そんな普段のやり取り。
 ただ餌付けされるだけではない事を主張するように言えば、きっと両方を焼くだろうお犬様にクロワッサンにはチョコを入れて下さいとさらなるリクエストを追加して大騒ぎする俺達の日常は相変わらずで何よりだ。
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...