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短い秋の駆け足とともに駆けずり回るのが山の生活です 7
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世間は夏、深山ではもう秋口と言う季節。
汗ばむ気温、むせ返る森の香り。
時期的に霧も多く、地面はしっとりと濡れて、靴はあっという間に泥だらけになる。
だけどその一角を抜ければやがてふかふかの乾いた場所に変わり、上っていた山もいつの間にかだいぶ下っていた。
と言っても視線を投げれば家が見える距離。
ずいぶんと歩いて回り込んでたどり着いた場所に飯田さんも「あれ?」なんて見覚えのありすぎる景色にきょとんとしていた。
「ええと、ここは綾人さんの家の西側になるのですか?」
「母屋が見えて、ウコハウスが手前にあるからね。
わかりやすく言えば西の畑の下の方」
「おおざっぱだけど大体把握しました。
となるとあそこでうっすらと咲いているのが件のアジサイですか」
「わかるー?
もうね、こんな苦労しないと見られない所に放り投げないでよって言いたいしー、巨大化しすぎて手に負えないしー」
「いえ、まあ、立派になられて。見られる機会があって何よりで……」
微妙な顔をしてらっしゃる飯田さんだけどその気持ちわからないでもない。投げ捨てられて以来ずっと放置されているので絶対俺以上に大きくなったアジサイはそれでも遠めに見れば微笑ましいのでいまだに一度も触らずにいる。
あっけにとられていたけど飯田さんは急に足を止めて、少しだけうっすらと口を開けてくんくんと鼻を鳴らし
「ひょっとしてここ……」
「気づきました?家から一番近い群生地なのです。規模としても一番小さいのですが、それでも十分楽しめるくらいには収穫できるようになりました」
説明を受けながらも匂いを頼りにきょろきょろと視線をめぐらして不安定な場所ゆえに膝をつき
「初めて生えているところ見ました」
「言ってくれれば猟友会の人に紹介したのに。根元近くをつまんで左右に揺らしながら採ってください」
坂下の集落に住む元吉野の職人さん達ようの群生地ぐらい言えば案内して体験ぐらいさせてもらえるぞと言えるのはそれだけ飯田さんが信頼を勝ち取って来たから。むしろいつ引っ越してくるのだと手ぐすね引いている始末。
やめてよ。
こんな田舎に引きこもらせたら飯田さんの無駄遣いじゃん。
休日だけでも飯田さんの料理を独り占めして幸せ過ぎて逆に心苦しいって言うのに365日独占したら俺絶対別人になれる気がするから切実にやめてよ。
年末年始だけで体重〇㎏増えちゃう危険な技をお持ちの方なんだから
正月明けはひたすら無駄に雪かきをして一日三食七草がゆだけみたいな生活をしているのに。生み出される烏骨鶏の卵の消費だけが貴重なたんぱく源も加えるけど。
年末年始の不摂生とはこういう事かと後悔してても止められない飯田めし。いつまでたっても勝てる気はしないので勝負はしない。つまり負けっぱなし。仕方がない。それが飯田めしなのだから。
「ところでとってもよろしいでしょうか?」
「菌類なので全部は取らずにちゃんと残しておいてください。繁殖範囲が広がるようにしたいのでそこはよろしくお願いします」
そうお願いすれば周囲をぐるりと見渡してとても素敵な笑顔で
「なるほど。了解しました」
真剣な瞳で頷く様子にこれ以上とないくらいの頼もしい返事に俺も松茸をとりながら山の手入れをする。
明るい木陰の風通しのいい場所。
普通なら涼しいと思うところだが足場の悪い斜面に無駄に力が入ってか
「暑い、腰に結構来る。ぼちぼち帰りましょう」
「ですね。山の整備もこれくらいで十分でしょう」
そういう飯田さんのシャツも噴出した汗でべっとりと張り付いている。
タオルで拭っても噴出す汗に打ち落とした枝を簡単に束ねたものを引っ張りながら
「帰り道はこっちです」
斜面を降りていく。
ここに来た道とは違うルートに
「前の群生地もだけど一方通行多すぎだよ」
思わずぼやいてしまうのは多分ではなく絶対疲れているから。
「そう言えば件の群生地も崖の上から滑り落ちるようにして採ったと宮下君が言ってましたね」
「それー。ほんとジイちゃんはガキに何を教えるんだって何度突っ込んだか」
「きっと教えたいことが盛りだくさんだったのでしょう」
「純粋にそれだけだったら光栄だけどね」
ずるずると枝を二人で引っ張りながらいつの間にか杉の林の中の道を歩いていたことに飯田は驚いていた。
やがて見覚えのある景色が見えて
「ここ、下の畑のハーブ畑の所……」
「に出ます。はい、これから白樺の小道に合流します」
「こんなところに獣道……」
「畔ですね。田んぼやってた頃の名残です」
へーと言うように周囲を確認しながら来た道を振り向くも
「ですが、あの斜面は下からでは上がれませんね」
「そうなのです。田んぼやってた時に水を引いていた名残か水がにじみ出ているので確実に足をとられて大けが確定です」
「命にかかわらないように要注意ですね」
「また来年天気が良かったらお誘いします」
「その時は専用の靴を持ってこないといけませんね」
足元がどろどろなのはもちろんズボンも酷いことになってるし
「靴の中にまで容赦なく泥が入ってくるのが足を運びたくない原因です」
「なかなかの難所ですね」
苦笑するものの
「だけど見ごろは過ぎちゃったけどバアちゃんのアジサイの群生地も見れるから満開の時は癒されますよ。
危ない場所だからみんなには内緒にしていてください」
「あれだけのアジサイが満開になったらすごいでしょうね。一度見てみたいものです」
「じゃあ、次回お誘いしますね」
山整備仲間ゲット!と喜びながら家をぐるりと囲む策の内側に入ったところで最後の大仕事と言うようにひいひい言いながら急斜面を枝打ちした枝の束を引っ張って上げた。
汗ばむ気温、むせ返る森の香り。
時期的に霧も多く、地面はしっとりと濡れて、靴はあっという間に泥だらけになる。
だけどその一角を抜ければやがてふかふかの乾いた場所に変わり、上っていた山もいつの間にかだいぶ下っていた。
と言っても視線を投げれば家が見える距離。
ずいぶんと歩いて回り込んでたどり着いた場所に飯田さんも「あれ?」なんて見覚えのありすぎる景色にきょとんとしていた。
「ええと、ここは綾人さんの家の西側になるのですか?」
「母屋が見えて、ウコハウスが手前にあるからね。
わかりやすく言えば西の畑の下の方」
「おおざっぱだけど大体把握しました。
となるとあそこでうっすらと咲いているのが件のアジサイですか」
「わかるー?
もうね、こんな苦労しないと見られない所に放り投げないでよって言いたいしー、巨大化しすぎて手に負えないしー」
「いえ、まあ、立派になられて。見られる機会があって何よりで……」
微妙な顔をしてらっしゃる飯田さんだけどその気持ちわからないでもない。投げ捨てられて以来ずっと放置されているので絶対俺以上に大きくなったアジサイはそれでも遠めに見れば微笑ましいのでいまだに一度も触らずにいる。
あっけにとられていたけど飯田さんは急に足を止めて、少しだけうっすらと口を開けてくんくんと鼻を鳴らし
「ひょっとしてここ……」
「気づきました?家から一番近い群生地なのです。規模としても一番小さいのですが、それでも十分楽しめるくらいには収穫できるようになりました」
説明を受けながらも匂いを頼りにきょろきょろと視線をめぐらして不安定な場所ゆえに膝をつき
「初めて生えているところ見ました」
「言ってくれれば猟友会の人に紹介したのに。根元近くをつまんで左右に揺らしながら採ってください」
坂下の集落に住む元吉野の職人さん達ようの群生地ぐらい言えば案内して体験ぐらいさせてもらえるぞと言えるのはそれだけ飯田さんが信頼を勝ち取って来たから。むしろいつ引っ越してくるのだと手ぐすね引いている始末。
やめてよ。
こんな田舎に引きこもらせたら飯田さんの無駄遣いじゃん。
休日だけでも飯田さんの料理を独り占めして幸せ過ぎて逆に心苦しいって言うのに365日独占したら俺絶対別人になれる気がするから切実にやめてよ。
年末年始だけで体重〇㎏増えちゃう危険な技をお持ちの方なんだから
正月明けはひたすら無駄に雪かきをして一日三食七草がゆだけみたいな生活をしているのに。生み出される烏骨鶏の卵の消費だけが貴重なたんぱく源も加えるけど。
年末年始の不摂生とはこういう事かと後悔してても止められない飯田めし。いつまでたっても勝てる気はしないので勝負はしない。つまり負けっぱなし。仕方がない。それが飯田めしなのだから。
「ところでとってもよろしいでしょうか?」
「菌類なので全部は取らずにちゃんと残しておいてください。繁殖範囲が広がるようにしたいのでそこはよろしくお願いします」
そうお願いすれば周囲をぐるりと見渡してとても素敵な笑顔で
「なるほど。了解しました」
真剣な瞳で頷く様子にこれ以上とないくらいの頼もしい返事に俺も松茸をとりながら山の手入れをする。
明るい木陰の風通しのいい場所。
普通なら涼しいと思うところだが足場の悪い斜面に無駄に力が入ってか
「暑い、腰に結構来る。ぼちぼち帰りましょう」
「ですね。山の整備もこれくらいで十分でしょう」
そういう飯田さんのシャツも噴出した汗でべっとりと張り付いている。
タオルで拭っても噴出す汗に打ち落とした枝を簡単に束ねたものを引っ張りながら
「帰り道はこっちです」
斜面を降りていく。
ここに来た道とは違うルートに
「前の群生地もだけど一方通行多すぎだよ」
思わずぼやいてしまうのは多分ではなく絶対疲れているから。
「そう言えば件の群生地も崖の上から滑り落ちるようにして採ったと宮下君が言ってましたね」
「それー。ほんとジイちゃんはガキに何を教えるんだって何度突っ込んだか」
「きっと教えたいことが盛りだくさんだったのでしょう」
「純粋にそれだけだったら光栄だけどね」
ずるずると枝を二人で引っ張りながらいつの間にか杉の林の中の道を歩いていたことに飯田は驚いていた。
やがて見覚えのある景色が見えて
「ここ、下の畑のハーブ畑の所……」
「に出ます。はい、これから白樺の小道に合流します」
「こんなところに獣道……」
「畔ですね。田んぼやってた頃の名残です」
へーと言うように周囲を確認しながら来た道を振り向くも
「ですが、あの斜面は下からでは上がれませんね」
「そうなのです。田んぼやってた時に水を引いていた名残か水がにじみ出ているので確実に足をとられて大けが確定です」
「命にかかわらないように要注意ですね」
「また来年天気が良かったらお誘いします」
「その時は専用の靴を持ってこないといけませんね」
足元がどろどろなのはもちろんズボンも酷いことになってるし
「靴の中にまで容赦なく泥が入ってくるのが足を運びたくない原因です」
「なかなかの難所ですね」
苦笑するものの
「だけど見ごろは過ぎちゃったけどバアちゃんのアジサイの群生地も見れるから満開の時は癒されますよ。
危ない場所だからみんなには内緒にしていてください」
「あれだけのアジサイが満開になったらすごいでしょうね。一度見てみたいものです」
「じゃあ、次回お誘いしますね」
山整備仲間ゲット!と喜びながら家をぐるりと囲む策の内側に入ったところで最後の大仕事と言うようにひいひい言いながら急斜面を枝打ちした枝の束を引っ張って上げた。
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