上 下
923 / 976

一人、二人、そして 11

しおりを挟む
 爺さんの末の孫問題は意外とあっさり終わった。
 こう……どろどろとしたドラマのような展開を期待していたのだけど、教育ノイローゼ気味の母親から距離をとれるならばと父親がすぐに決断をしたのだった。
 もちろん母親の方は絶叫しながらの半狂乱になったけど
「あれだけ叫べば酸欠になり意識を失うというものだろう。
 病院で気が付いてやっと落ち着いて稔典に留学しろと認めよった」
 そっと息をこぼし
「やっとカウンセリングを受ける気になってくれた。
 もっと早く決断してくれれば稔典はバイオリンの才能を引き出すことのない人生だったかもしれないが、親子三人が一緒に育つ人生を歩めたのかもしれないのに」
 今となればどっちがいいのかわからんと言う爺さんだが
「十年後に巣立つのか今巣立つのかの差です。ご両親に送り出してもらえるだけ良しとしましょう」
 なんて話すのはあの日から二か月たった真夏の盛り。
 稔典君はチョリの家に住み込みでレッスンを受ける傍らきちんと学校も通う事になった。
 禁止されていた体育も参加するように命じられ、あまりの運動能力のなさに笑われるよりも倒れるという結果にクラスメイトは今まで以上に腫れもの扱いをする結果となった。
 走ったこともなければボールを投げたこともない。プールで泳いだこともなければダンスだって踊ったこともない。
 だけどそこは一生懸命に取り組もうとする稔典にクラスメイトもいつの間にか助けてくれるようになったといい……
 チョリの短期のレッスンが実を結び、二学期にはイギリスの学校に行く事になって一学期の終わりとともにサプライズでクラスメイトがお別れ会を開いてくれるのだった。
 音楽は教養の一環で何か得意とすることもの多い学校なので、音楽室に移動してクラスメイトの弾くピアノ伴奏で合唱してくれるという別れの歌。
 やっぱりどんな関係であろうと幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしてきた仲間が去っていくのは寂しく、そして簡単に会えない距離。
 お別れの記念品を配ればバイオリンの絵が描かれた色紙にみんなの応援メッセージ。
 チョリが迎えに行けば車の中で涙を落とす稔典君に
「いい仲間だな」
 友達と言わずに幼稚園から一緒に過ごしたクラスメイトを友人と呼べなかった稔典君だけどその言葉には小さく頷くのを微笑ましく眺め、イギリスに行く前にフランスの城へと二人で向かうのだった。

 ビデオによる審査は受かり、オンラインでの面接も終えトントン拍子で入学準備をはじめるのだった。
 その前に一度フランスでマイヤーとゆかいな仲間達によってレッスンを受けるというある種拷問にも近い歓迎を受ける稔典君だったが、当の本人は世界的指揮者や奏者達と出会えてテンションマックス。城の滞在の間はオリヴィエと一緒にくっついての行動は微笑ましいと眺めていた。
 しかし試練もある。
 ここは働かざる者食うべからずを家訓とする城主の城。
 芝刈り、雑草抜き、畑の世話、烏骨鶏の世話とやる事はいっぱいの上に体力が追い付かず、時差と言う体内時計の調整は苦にすることはなくとも筋肉痛との戦いに皆さんあるあるだよねと微笑ましく眺めていた。
 何せ、稔典君のお世話をした半数が稔典君と同じような境遇で育ったのだ。
「それなー!」
「わかる!ほんと人形かって思うよな!」
「楽器が弾けないどころが楽譜も読めないのに口挟むなって言うんだよな!」
 と言う同じような経験をした方が多いことにびっくりはしていたようだけど、無事学校も始まり寮に入っての生活を教えてくれたOBのおかげですんなりと学校にも溶け込み

「夜になると毎晩写真とメッセージを送ってくれるんだ。
 稔典が幸せに暮らせていて本当に良かった」

 どこのホテルだろうかと言う病院の一室での報告。
 すっかりやせ細ってしまった爺さんはすでに食事がとれなくなり点滴の生活となっていた。
「独り立ちするのを見守らなくていいのですか?」
 少しでも長く生きてほしいと願うように言えば
「なに、毎晩稔典がレッスンの曲を送ってくれる。稔典のソロコンサートを独り占めできる贅沢ならこれ以上ない」
 同じように孫達を大切にしてきた好々爺が最後に見せてくれたのは安堵の微笑み。
 気がかりだった稔典君の事が解決したというにはまだ早いものの、爺さんに買ってもらったバイオリンを構えた写真を病室に飾り……

 余命宣告をずいぶんすぎた秋の終わりの頃、綾人がこの冬の初雪を迎えた日に旅立ちの連絡を受けるのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

処理中です...