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大変恐縮ではございますがお集まりいただきたく思います 10

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 うちの納戸に眠っている茶碗をたまには洗いたいからと年に二度ほど付き合うことがあったけど、そういえばバアちゃんが儚くなってから長沢さん達に入れ物を直してもらって以来触ってないな。たまには様子を見ないといけないなと考えながらそこにお抹茶が残らないように飲み干せば
「なんじゃ、渋くて噴き出すと期待しておったのに」
 爺さんが意地の悪い笑みを浮かべて期待が外れたという。
「お茶をたしなむ優雅なバアちゃんがうちにもいたので」
 言えば青山さんも飯田さんもほぼ封印されている倉庫を思い出してか納得と言う顔をしていた。
「一応木下様のお手本、そして薫の型通りの動作を見れば綾人君ならこなせると思いましたが、お婆様から教えてもらっていましたか」
「茶道と華道は人生の嗜みだってわけのわからないことを高校時代に教えられたけどこういう時の為の訓練と思えばなるほどと思いました」
 茶碗を両手で包みながら言えば
「なるほど、逆にそうとらえますか」
 なんて青山さんは笑ってくれた。
 そんな空気が緩んだ瞬間
「で、綾人君は旅館なんて十年も続けられると本気で思っているのですか?」
 脈絡もなく本題に一気にぶっ飛んだけど、俺はこうなる事が想像できていたのでさして驚くことはなかった。
「まあ、一年続けられれば御の字でしょう」
 十年なんて続くわけがないと言っておく。
 爺さんもちらりと俺を見るだけで何も言わないから俺はこのまま続けさせてもらう。
「三か月。
 医師の言葉を真に受ければ来年の夏が初盆になる。
 それまではここを俺が維持したいっていうだけの話し。
 植草さんみたいな有能な人がここで一日一組のお客様程度の数じゃ満足しないし、そもそもこれだけの有能な人をフリーにさせるわけがない。
 何件かの知り合いの旅館経営者にそれとなく情報を流して聞いてみればすぐにうちで雇いたいという声が返ってきました。
 そして直接会って交渉も始めた方もいます。
 有名な全国展開の高級旅館も舌なめずりをする始末……」

 これが本気ならたいした者だと思いながらも警戒が深まるところ。
 本音を言えばこれほどまで反応があるものかと言う処。
 だけど一度口から出した言葉に反応する声は取り返しがつかないというくらいメッセージが届いている。
 俺が窓口じゃないのにと思いながらも纏めて植草さんに放り投げたのはもう俺だけでは処理できる段階ではないというものだから。
 嬉恥ずかし、でも俺との言葉を優先する男に俺は本日呼び出しをしていてもうすぐ訪問の時間。
 っていうかまだ朝の八時なんだよなと時間の感覚がおかしくなりだしているのは俺だけじゃないだろう。
 俺の場合朝八時から茶会をしている事と、本来なら朝食の時間なのに茶を嗜む事になった爺さんとか。
 飯田家の二人はこの際もう無視だと決めつければ動揺しているのは浅野さんだけかと思えばなんとなくすっきりとした。

「十年と言う時間をとっていますが本音を言えば一年持つ間もなく植草さんの旅館経営は終わります。
 植草さんのポテンシャルを考えればもったいないという言葉しか思い浮かばない。
 ホテルマンとしての植草さんはここまでかもしれないけど今まで鍛えてきたスキルを存分に発揮して認められる場所は他にもいろいろある以上今度は選ぶ側の植草さんなら今度こそ鍛え上げたスキルを発揮する場所にたどり着きましょう。
 そこで今回の企画は終了となります」
 
 狭い茶室に広がる無音の中手の中で転がしていた茶碗をじっと覗き込みながらふざけた買い物をしたなと思いながらもそこに価値を置くのではなく別の場所に価値があるのだから茶番に付き合ってもらって申し訳ないと言う処だろうか。
 
「吉野よ、儂が言える事ではないが、ずいぶんと馬鹿な事に付き合わせたな」
 
 いまさらながら自分が放った言葉に付き合わせて申し訳ないという顔をする年寄りなんて見ずにうっすらとそこに残った景色を眺めながら

「こちらこそ俺のうっ憤に巻き込んでしまって申し訳ないってやつだ」

 お相子だと言ってこの話を切り上げるように俺は席を立った。

「だけど爺さんの事は別の話し。今まで受けた恩には報いたい、それは信じてほし」
 
 だから気にしないでくれと思わず小さな声になってしまったのを拾ってくれたかなんて聞くことは怖くて逃げるように狭い出口から逃げるようにして後にした。



とは言えそこで一人にしてくれないのが飯田家の男。
 飯田さんが追いかけるようについてきた。
 この忠犬は本当に距離を保ちつつもおせっかいで、今回は俺を一人にしたくないそんな感情で俺の後をついてきたのだろう。
 普段は姿を見せない浅野さん以外の秘書さんに少し外出する事を伝えて黙って後を突いてくる飯田さんとともに近くの店に入った。
 ちょうどモーニングタイムという事もあってオレンジジュースとトーストを貰う。
 まだ食べるのかと言う視線だけど飯田さんは俺の向かいに座って同じものを食べることにしたようだ。別に同じものなんて付き合わなくてもと思ったもののそこは飯田さんが何か思うところがあったのだろうという事にしておいて
「久しぶりにモーニングなんて食べたかも」
「そもそもパン食も久しぶりなのでは?」
「フランス以来。たまにはバアちゃんのホームベーカリーを復活させようかな」
「今度パンを焼きますね」
 少しだけいつもの調子を取り戻したお犬様の言葉に笑いながらオレンジジュースを飲み干して

「さて、アイヴィーを迎えに行くぞ」 

 何を言っているのかわからない。
 そんなお犬様の視線に俺は入たく満足をするのだった。




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