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気合を入れてまずは一歩 8

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 誰もが無言でそのむごたらしい状態にから目を背けてしまう物の俺は視線を花嫁衣装を見つめたまま問わずにはいられない。

「これ、少し前に不穏な空気があったから俺が用意したダミーなんだけどね。
 宮下と同じ店の物でかなり似たレンタル品を無理言って購入させてもらった物を用意しておいたのですよ。
 まさか、じゃないけど一応念には念をって長沢さんに笑いながら気のしすぎだって馬鹿にされながらもちょっと損した程度で済むならいいじゃないかって笑いあってたんですよ。香奈がたくさん指に針を刺してまで一生懸命に仕上げた着物が無事で済むのならって…… 
 念には念を。
 今日の日の為に別の家に預かってもらうくらい警戒してたんですよ。
 このダミーを香奈が指導受けながら作り続けた長沢さんの家で保管してもらって万が一が無いようにって香奈には内緒でみち子さんに協力してもらってたんです。
 なのに何事もなく無事結婚式の日を迎えたと思ったら朝のお寺さんの掃除の帰りにばったり会ったふりをして、たまたま偶然にもタイミングよくかかってきた電話の対応をしている隙にこんな事するなんて……
 隠しカメラがばっちり犯行を録画していたのを見た時のショックは忘れられません。長沢さんの奥さんはショックで泣いていたのですよ」
 
 まさかカメラで録画されているとは思わなかった三人、実桜さんの倉庫で花の出荷を手伝う村井さんと小林さんと梅田さんだった。
 他の人達も呼びだして話しを聞いてきたがそんな事は出来ないと断ったと言う。
 この時点では単なる冗談だと思っていたらしい。冗談でも笑えないわと言ってお断りするのにはまだ長いと言う時間は経ってないけど香奈の人柄も事情も少し理解したし、明るくて働き者の彼女に好感を持てば親は親と割り切る事も出来るようになったと言う。なので少しずつ交流を持つようになったのに三人が本当にこんな事をしでかした事に唖然として、三人に軽蔑の眼差しを送っていた。

「仕方がないのよ!
 あの篠田がこの街に戻って来たのよ!
 篠田にされた事を思えばこれぐらい当然の事なの!」
「そうよ!一郎さんが怪我をして林業止めて仕事を貰ったけど私達はあの山の生活のように豊かさが無くなったし、うちの娘が今度順番で幸一さんと結婚できるはずだったのよ!
 なのに隣町から嫁を貰うなんて全部篠田のせいよ!」
「あの一族の血を継いでいるのに綾人さんの側に居るなんて許せない事なのよ!
 綾人さんは判らないけあんな犬畜生から生まれたケダモノを側に置いて良い事なんて一つもないのよ!」
「だから私達がこの街から追いだしてやるんだから!」
「綾人さんの側から引き離さないと危険だわ!」
「綾人さんは騙されてるのよ!」

 かわるがわるように堰を切ったように罵声があふれ出す言葉には圧倒されるしかない。
 なにをそこまで嫌悪するのかと理解が追いつかないがどれもこれも俺を案じての物だった。
 違う。
 俺の知らない所にある序列の順位転落による身勝手に俺を理由としたこじつけの言葉だった。
 呆れる、そう言う様に長沢さんに視線を送れば一つ頷いて席を立った長沢さんは未だに罵声を止められずにいる三人の元吉野の職人の奥様方の家族と沢村さんを連れてこられた。

「母さん、もうやめて……」
「お願いだから落ち着いて」
「お袋、頼むから黙ってくれ」

 既に旦那さんに先立たれたお三方には浩太さんと同じぐらいの年齢の娘や息子さんがちゃんといて、泣きそうな顔で止める顔を見てか言葉を失くして室内はまた静寂に包まれた。

 隣の渡り廊下を渡った先で説明と動画を見てもらい、沢村さんの方から今回の事について話し合っていた。
 こちらからは無残になってしまった花嫁衣装代のお支払いとこの街から出て行ってもらう事を提示してある。
 年齢も年齢だし子供の住んでいる地域で引き取ってもらう方が安心と言えば安心という建前。
 だけど、吉野の元職人の妻と言う古くからこの町に住み、この街に発展と言う貢献してきた事を誇りとする彼女たちにとってこの町を離れると言う事ほどの罰はないだろう。
 新しい街に行けば一番の新人として誰も尊敬もしてくれなければ敬っても貰えない。町の人全員顔見知りと言う人間関係からどこ行っても顔見知りも居ない初めましての場所ではお茶を飲む友達すらいない。
 実桜さんの所で働きだした時みたいに逆に雇用側からよろしくお願いしますと頭を下げてくれる人も居なければ何か困った時に相談されたりとした信頼もすべて失う事になる。
 お金には代えれない物を失う事になるのは目に見えていて、彼女たちの人生と言うべきものを総て奪う事が復讐と成り立った。
 因みに彼女達が住む家の土地は吉野の物。
 つまり俺の物。
 
 後日、最低限の荷物を持って引き取られて行った彼女達を見送る人は誰も居なかった。
 そっと誰にも教えずに立ち去った三人だったが、事情は既に町中に広がっていた。
 人の口に戸は建てられないと言う様に俺達が沈黙しててもお三方の息子さん達が暴露してしまったようだ。
 まあ、そのような事情なので次に何をしでかすか判らないので目の届く所に連れて行こうと思います。
 さすがに一生に一度の晴れの日の花嫁衣装を汚そうとした母親の所業は息子とて許せないと母親たちがこの街に帰って来れないように手を打ってくれたらしい。
「遠くから見させていただきましたが一針一針この日の為に針を刺して作り上げた花嫁さんの事を思えば側に居させてはいけないのです」
 両隣向こう三軒にそう説明して去って行ったと言う強者のおかげでこの一件は香奈の耳に入る事になったのだが……
 
「すみません。私が浮かれて戻ってきたからこんな事になってしまいまして……」
 
 実桜さんの作業場で頭を下げていたと言う。
 だけどこの頃にはどちらが悪いか贔屓する事無く

「香奈ちゃんが悪い事なんて何もないのよ」
「それよりも無事結婚式を進めれた事を喜ばなくちゃ」
「後味悪い話が付いて来たけど、もしここで居心地がいいって思ったら、それは香奈ちゃんが努力した結果なんだから」
 あの三人が居なくなって元住職の奥さんも手伝いに来てくれるようになった所での会話。
 実桜は何も言わずただ嬉しくて、でも少し悔しくて泣きだす香奈を抱きしめて孫のようにあやす皆さんの様子を今回の件で水面下でひたすら走り回った綾人にこの結末を報告するのだった。






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