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無垢なる綿に包まれて 5

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 夕食の時間はお店のお部屋で頂く事になった。
 平日なので部屋も空いていたのもありお詫びではないがそちらに案内してもらった。
 美しい庭園を眺めながらの食事はアイヴィーと二人きり。
 お母さんが自らついてくれたけど、飯田さんはどうしたのかと思えば折角帰って来たのだから手伝えとお父さんに問答無用で連行されてしまった。
 香箱蟹を作るのを手伝わされるらしい。地味にめんどくさいんだよと飯田さんは嘆いていたのが微笑ましかった。
 折角漁も解禁になったし旬の物なのだからと言って用意してくれたお父さんの優しさはやっぱり俺が入院してた事を聞いての快気祝いではないがそう言う励ましと言う事は言われなくても理解していた。
 みんな優しいんだからと思うも体重が最終的には十キロ近く減っていれば心配する物だろう。特に飯田さんはやっと標準体重まで体重増やせれたのにと人生のどん底時代に出会った時の姿に戻っていたので振り出しだと難しい顔をしていた横でお母さんが病気で減ったのならすぐ戻るわよと楽天的な声が妙に意味深に聞こえて詳しくは問えなかった。
 そんな飯田さんを顎で使うお父さんと再び会う時は飯田さんを連れて香箱蟹を運んでくれた時に挨拶をしてくれた。
 料理の説明をしてくれたりちょっと難しい食べ方のお料理の食べ方とか、箸よりナイフやフォークの方が良ければとアイヴィーの為にも用意してくれていた。
 それよりもお皿や器の美しい事。
「あー、なんかうちの納戸で見た事があるようなー……」
 普通なら一蹴される所だけど我が家の納戸を堪能したお父さんは一つ頷いて
「折角綾人が食べに来るならと思って深山の家の皿と同じ時代の頃の物や作家の物で見繕ってみた」
「見繕ってみたって、そんな時代の物がごろごろ転がって……」
 居るわけがないと言おうとした所で口を閉ざす。
 転がっているのがこの店なのだ。老舗力半端ないとうちはあくまでも物々交換だった事を思えば納得のコレクション。
「折角本格的な日本料理を食べに来たと言うのだから、和食の醍醐味を味わえる料理を用意した。薫にもしっかり手伝わせているから後は薫に説明を受けてもらうと良い」
 そう言ってお父さんは去って行き、正座をしている飯田さんは困ったような顔をしていた。
 なんとなく恥ずかしいと言うその姿は判らないでもない。
「いつもはシェフの姿なのに、その服はここの制服ですか?
 真っ白の作務衣にも似た服だが袖周りは火を貰わないようにわりとふわふわとしては居ない。
「はい。今回だけという事で炊事場にお邪魔しましたが、なかなか居辛いですね。昔遊び場にしていた神経を見習いたい物です」
 何て少しだけ困ったように笑う飯田さん。
「まぁ、香箱蟹も用意したし山ほど下ごしらえさせられた上にいくつか煮物も作らされたからお役御免と言って許された所だけど」
 人使いが荒いんだからというボヤキには飯田さんでも言うんだなと言う発見と飯田さんを知ってるだけにミスマッチな表情にぷっと噴出してしまう。
 だけどお礼の事なんかより目を輝かせて一つ一つを綺麗な所作で堪能しているアイヴィーの幸せな顔に俺も飯田さんもほっこりとしてしまう。
 お口にあったようで一口食べてはモグモグタイム。また一口食べてはモグモグタイム。
 やっている事は可愛らしいことこの上ないのだがよっぽどお気に召したようでフォークとナイフの操る手が止まらない事。更にモグモグも止まらなく
「あれだ。リスが齧っては頬袋に詰めていくやつだ」
「何か判ります。所作が美しいのでまったく気になりませんが、ホテルのデザートビュッフェに居るお嬢様がたと変わりがないと言うのも語弊がありすが」
「美味しい物を美味しいと食べる当然の結果だと思います」
 そうだ。
 美味しい物を目の前にした時アイヴィーはリスになるのだ。モグモグ何て可愛らしい物ではないのだが、食器の音を立てる事もなく、咀嚼音を立てる訳でもなく、口の中に食べ物が入っているのに新たに食べ物を入れるわけでもない正しい食事マナーをしているのに何でこんなにも面白…… 動物園のモグモグタイムなのだろうかと言う様に二人して微笑ましく眺めていた。
 その後は飯田さんにお酌をされながら次々と運ばれる料理を頂いて行く。
 フレンチとは違う和の美。
 繊細な味は元より楚々とした見た目よりもあでやかなお味の料理はほんと毎回奇跡だと思う。 
 お父さんのお料理は何回か食べた事があるけど一度して同じお料理を食べた事はない。故に同じ味も一度してない。
 これだけの品数なのにと思うけど、俺は飯田さんには毎回同じお料理をリクエストしている。
 飯田さんもきっとこのレパートリーを記憶しているとなればいろいろ作りたいと言うのは納得できる。きっともっと俺の知らない料理を食べさせようとしていっるのも理解できてしまう。
 飯田さんにいろいろ食べさせてい貰っているのにまだまだ知らない料理があるのだから奥が深い。そして、毎回気に入った料理をリクエストして申し訳なさを覚えてしまうも

「飯田さん、ポテトグラタンパイの差し入れありがとうございます」
 妙にしおらしく感謝を述べる俺に飯田さんはにこりと笑いながら
「綾人さんの症状に食べて頂くにはと思いましたが、元気になって頂くにはちょうどいいかと思いまして」
 申し訳なさそうな顔をして
「みんなで食べて頂ければまたお食事を楽しんでいただけると思いましたが……」
 どうでした?と聞きたいのだろう。
 無事食べれたのかと言う心配そうな飯田さんに俺は冷や汗を流す。
 一口パイとは言え確かに数が多かった。飯田さんから送られたみんなも知る俺の好物に数何て関係ないと思っていたが、数に込められた意図を思えば素直にはいなんて言えるわけもなく沈黙を保ってしまえば
「イイダのパイはアヤトが全部食べたんだよ。
 箱を抱えてセンセイなんてひっかかれてたよ」
 謎の上達した日本語を操るアイヴィーの言葉に不安げな顔から一瞬にして温度が消え去った。
「綾人さん……」
 静かに怒ってらっしゃる飯田様から目を反らしながら
「た、大変おいしゅうございました。
 飯田様のポテトグラタンパイのおかげで戻す事も無くなり……」
「今月のポテトグラタンは十分ですよね」
「そ、そんな!!!」
 月に一度のポテトグラタンデイ。 
 まさか焼き立てを食べれずに終わる事になると思えば自然と涙が出てきたけど
『アヤトが悪いんだからね』
 アイヴィーに静かに窘められる言葉に飯田さんもそうだと頷くのだから、力なくお父さんの優しいお味のお料理に慰めてもらう事にした。

  



 
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