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一日一歩、欲張ったら躓くだけなので慌てる事は致しません 2
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大きい、とは言えない工場だった。
社長も作業着を着る家庭的な町工場、そこが浩志の職場だった。
小さい工場、古い工場、そう何度かここに来る途中耳にしたが……
「ちゃんと稼働してる立派な工場じゃないか」
思わず文句を言ってしまった綾人がそう呟いてしまうのは麓の街のはずれにある工場は既に廃墟となっている物の数を思っての事。理解できない浩志は首を傾げ、褒め言葉と受け取った社長は嬉しそうに少しだけ顔をほころばしていた。
年齢のほどはそろそろ引退を決めても良いお年頃。お茶を出してくれたのが縁を繋いでくれた件の奥様で現場を仕切っているのが息子らしい。
「いやいや、騒々しくて地域の住民から苦情も出てきてそろそろ居ずらくなって来まして。見ての通り設備も古く、新しく引っ越してもこのご時世。息子がこれ以上歳をとる前に転職できるようにしてやらないと厳しいですからな」
治療の為の投薬でむくみが浮かぶ顔はこんな時だと言うふっくらとしていて健康そうに見えても体の内側はぼろぼろなのだから見た目ではわからない物だと心配してしまうのは一度でも体験した事がある人の側に居たのなら当然だろう。
「ですが、家族は居ないと浩志からは聞いていたのですが……」
「まぁ、従兄弟ですから。家族としての義務は俺には……」
「ないですな。だけど……」
何か言いたげに厳しい視線は今頃名乗って来るのならもっと早く名乗り出ろと言う所だろう。
俺だって名乗り出るつもりはないんだと言いたかったが、圭斗の泣きながら切実に訴えた言葉が俺の怒りを押しとどめる。
再会するまでの間の事は判らないが、浩志の立場が陸斗と重なった。
骨にひびが入り、全身あざだらけで、うつろな視線で顔をあげれず笑う事も忘れた姿。
でも俺にだって言い分はある。
「こいつ含めて親戚中に俺は殺されそうになりました。
十年以上たった今でもあの日の事を思い出すだけで身体がすくみます。
その時こいつはまだ小学生で何もできない本当のガキでしたが、それでも俺の中では見殺しにしたと言う数の一つなのです。
そんな相手を引き取って面倒を見る。正気じゃいられないけど、それでもこいつには俺の手が要らない程度に育ってもらわなくてはいけないので」
話しを知っている社長はこの話もちゃんと聞いていたと言うように難しい顔をしてしまう。
「他の親族は……」
「親父の兄弟は俺の親父を含めて全員が他界しました。こいつの母親も借金返済に追われていて今こいつを押し付けたら確実に搾取されるだけになるでしょう。でしたら連絡しない方がこいつは人間としての尊厳を守られます」
「母親の居場所を知っているのか?」
驚いたように社長さんも浩志も俺を見るものの
「折角手にした店に執着して怖い所から借金もしたそうです。
破産手続きもさせてもらえないらしくかなりマニアックなお仕事で身体を張っているそうですが、会いたいか?」
浩志に聞けば顔を真っ青にして首をこれでもかというように横に振り続け、社長もそうだそうだと言う様に懸命に頷いていた。
「そう言う事です。因みに他の兄弟の奥さん達も色々と苦労しているようなのでお互いこれ以上は知らない方が幸せだと思います」
さすがの俺でもこの調査結果にはびっくりする事になった。
いやいや、どんな細工をするべきかと思ったが自分から勝手に地獄に足を進める事を何で親切に止めなくてはいけないのだ?と言う所だろう。
どんなとばっちりが来るか判らないから監視を東京の沢村さんにお願いしているが、そこまでは教える必要はない。
「とりあえず俺はこいつに高認を取らせます」
頭を抱える社長さんはその手を緩めて俺を見る。
「この先中卒の資格だけではどこに行っても舐められるだけなので最低限高卒の資格だけは取らせます。その後もし何かやりたい事が出来たのならもちろん応援します。高卒資格とは言っても高認なのでそれだけでは弱いでしょう。せめて専門卒と言う資格で上書きできればこれからのこいつの人生俺が居なくても問題がないと思うので」
そこまでのざっとした予定に浩志の方も驚いていた。って言うか何度も言ってきたのに今更どうしてお前が驚くんだよと言いたかったがそこは何も言わずに黙っておく。
「私もさすがに中卒だけはとは思っていたが……」
「いえ、さすがに住居と仕事を提供して頂いた社長さんにこれ以上これの世話をお願いするのも失礼かと」
人一人が、自分を養えれば十分だと俺は思い
「それに息子さん達とその子供達と同等にこいつの世話をしてもらうのは失礼かと思いまして」
赤の他人にここまで親切にしてもらえれば十分だろう。ましてや俺と言う保護者が名乗り出てきたのならここが潮時だ。
下げた頭に社長さんはやっと口を開いてくれた。
「孫のつもりで面倒を見てきたつもりでしたが……
よろしくお願いします」
「既に成人なのでそれなりに社会の厳しさも教えて行きながらになりますが」
逆に下げられた頭を見てこれは一体何の茶番だと思いながらもそこで退社手続きをしてアパートへと向かい少ない荷物を車へと運びこんで、後は退去手続きは社長さんにお願いした。
一応お互いの連絡先の交換はしてある。
「たまには顔を見せに行かせるからせいぜい長生きしてください。あとこいつの初給料は社長の線香代に取っておくから、頑張って長生きしてくださいね」
とかなり失礼な事を言った所での別れとなった。
その頃には俺がいかにめんどくさい人間か理解してくれたようで
「それこそジジ冥利だ。
慌てなくていい。立派になった姿で会いに来てくれ」
それが生前だろうが死後だろうが構わない、自分の事を良く知ってる人間の言葉を真に受ける事のない浩志は
「そんな事言わないで長生きしてください!」
なんて真剣に言う。
だけどだ。
俺も社長も側にいた奥さん、通り過ぎに顔を出してくれた息子さん誰もが目を反らして顔を俯いて……
数か月後に我が家に届いた一通のはがきに浩志は涙を零し、それから時間はかかった物の自分で買った礼服に身を包んで自分で稼いだ電車代と香典を持って育ての父と慕った人の家へと訪れ、再会を果たすのだった。
社長も作業着を着る家庭的な町工場、そこが浩志の職場だった。
小さい工場、古い工場、そう何度かここに来る途中耳にしたが……
「ちゃんと稼働してる立派な工場じゃないか」
思わず文句を言ってしまった綾人がそう呟いてしまうのは麓の街のはずれにある工場は既に廃墟となっている物の数を思っての事。理解できない浩志は首を傾げ、褒め言葉と受け取った社長は嬉しそうに少しだけ顔をほころばしていた。
年齢のほどはそろそろ引退を決めても良いお年頃。お茶を出してくれたのが縁を繋いでくれた件の奥様で現場を仕切っているのが息子らしい。
「いやいや、騒々しくて地域の住民から苦情も出てきてそろそろ居ずらくなって来まして。見ての通り設備も古く、新しく引っ越してもこのご時世。息子がこれ以上歳をとる前に転職できるようにしてやらないと厳しいですからな」
治療の為の投薬でむくみが浮かぶ顔はこんな時だと言うふっくらとしていて健康そうに見えても体の内側はぼろぼろなのだから見た目ではわからない物だと心配してしまうのは一度でも体験した事がある人の側に居たのなら当然だろう。
「ですが、家族は居ないと浩志からは聞いていたのですが……」
「まぁ、従兄弟ですから。家族としての義務は俺には……」
「ないですな。だけど……」
何か言いたげに厳しい視線は今頃名乗って来るのならもっと早く名乗り出ろと言う所だろう。
俺だって名乗り出るつもりはないんだと言いたかったが、圭斗の泣きながら切実に訴えた言葉が俺の怒りを押しとどめる。
再会するまでの間の事は判らないが、浩志の立場が陸斗と重なった。
骨にひびが入り、全身あざだらけで、うつろな視線で顔をあげれず笑う事も忘れた姿。
でも俺にだって言い分はある。
「こいつ含めて親戚中に俺は殺されそうになりました。
十年以上たった今でもあの日の事を思い出すだけで身体がすくみます。
その時こいつはまだ小学生で何もできない本当のガキでしたが、それでも俺の中では見殺しにしたと言う数の一つなのです。
そんな相手を引き取って面倒を見る。正気じゃいられないけど、それでもこいつには俺の手が要らない程度に育ってもらわなくてはいけないので」
話しを知っている社長はこの話もちゃんと聞いていたと言うように難しい顔をしてしまう。
「他の親族は……」
「親父の兄弟は俺の親父を含めて全員が他界しました。こいつの母親も借金返済に追われていて今こいつを押し付けたら確実に搾取されるだけになるでしょう。でしたら連絡しない方がこいつは人間としての尊厳を守られます」
「母親の居場所を知っているのか?」
驚いたように社長さんも浩志も俺を見るものの
「折角手にした店に執着して怖い所から借金もしたそうです。
破産手続きもさせてもらえないらしくかなりマニアックなお仕事で身体を張っているそうですが、会いたいか?」
浩志に聞けば顔を真っ青にして首をこれでもかというように横に振り続け、社長もそうだそうだと言う様に懸命に頷いていた。
「そう言う事です。因みに他の兄弟の奥さん達も色々と苦労しているようなのでお互いこれ以上は知らない方が幸せだと思います」
さすがの俺でもこの調査結果にはびっくりする事になった。
いやいや、どんな細工をするべきかと思ったが自分から勝手に地獄に足を進める事を何で親切に止めなくてはいけないのだ?と言う所だろう。
どんなとばっちりが来るか判らないから監視を東京の沢村さんにお願いしているが、そこまでは教える必要はない。
「とりあえず俺はこいつに高認を取らせます」
頭を抱える社長さんはその手を緩めて俺を見る。
「この先中卒の資格だけではどこに行っても舐められるだけなので最低限高卒の資格だけは取らせます。その後もし何かやりたい事が出来たのならもちろん応援します。高卒資格とは言っても高認なのでそれだけでは弱いでしょう。せめて専門卒と言う資格で上書きできればこれからのこいつの人生俺が居なくても問題がないと思うので」
そこまでのざっとした予定に浩志の方も驚いていた。って言うか何度も言ってきたのに今更どうしてお前が驚くんだよと言いたかったがそこは何も言わずに黙っておく。
「私もさすがに中卒だけはとは思っていたが……」
「いえ、さすがに住居と仕事を提供して頂いた社長さんにこれ以上これの世話をお願いするのも失礼かと」
人一人が、自分を養えれば十分だと俺は思い
「それに息子さん達とその子供達と同等にこいつの世話をしてもらうのは失礼かと思いまして」
赤の他人にここまで親切にしてもらえれば十分だろう。ましてや俺と言う保護者が名乗り出てきたのならここが潮時だ。
下げた頭に社長さんはやっと口を開いてくれた。
「孫のつもりで面倒を見てきたつもりでしたが……
よろしくお願いします」
「既に成人なのでそれなりに社会の厳しさも教えて行きながらになりますが」
逆に下げられた頭を見てこれは一体何の茶番だと思いながらもそこで退社手続きをしてアパートへと向かい少ない荷物を車へと運びこんで、後は退去手続きは社長さんにお願いした。
一応お互いの連絡先の交換はしてある。
「たまには顔を見せに行かせるからせいぜい長生きしてください。あとこいつの初給料は社長の線香代に取っておくから、頑張って長生きしてくださいね」
とかなり失礼な事を言った所での別れとなった。
その頃には俺がいかにめんどくさい人間か理解してくれたようで
「それこそジジ冥利だ。
慌てなくていい。立派になった姿で会いに来てくれ」
それが生前だろうが死後だろうが構わない、自分の事を良く知ってる人間の言葉を真に受ける事のない浩志は
「そんな事言わないで長生きしてください!」
なんて真剣に言う。
だけどだ。
俺も社長も側にいた奥さん、通り過ぎに顔を出してくれた息子さん誰もが目を反らして顔を俯いて……
数か月後に我が家に届いた一通のはがきに浩志は涙を零し、それから時間はかかった物の自分で買った礼服に身を包んで自分で稼いだ電車代と香典を持って育ての父と慕った人の家へと訪れ、再会を果たすのだった。
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