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一日一歩、欲張ったら躓くだけなので慌てる事は致しません 1

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 最低限の義理で叔父達をお寺さんに早々に納めてもらい無事縁切りをする事が出来た。小さなお寺さんで檀家も少ないけど老いた住職はこのぐらいが丁度いいと言って笑って引き取ってくれた。
 高額なお布施と共に。
 三人分とは言えちょっと俺が勝手に色を付けておいたのはそれなりにこのお寺はこう言う意味でも何も言わずに受け入れてくれる事で有名らしく、そう言う相場が話題にもなるぐらいなのだ。
 古い家の多いこう言った田舎ではお墓を受け継いでくれる子供がいないと言うのもあったり、長男以下は以下略な考えの家も在ったりとそれなりに繁盛しているらしい。
 なんせうちのお墓のあるお寺は格式が高すぎる為にそれなりの事情がないともったいないと言う俺にはまだわからない理由があるようだ。
 五十年後ぐらいは判るようになれたらいいと今は忘れておくことにしてだ。

「綾人、お前本気で浩志の面倒を見る気かよ」
「んー、まあ、浩志なんてどうでもいいけど圭斗を怒らせたからね。それなりに反省を示す為にも最低限何とかして出荷できればと考えてる程度だよ」
「出荷って……」
 困ったように笑う康隆だったが
「それよりもお前も決心したのか?」
 聞けば顔をこわばらせて
「した。折角用意してもらったんだから……
 すごくかわいいんだ。パパ、パパって抱っこをせがむんだ。だけど俺の娘じゃなくって、結婚する前から付き合ってる奴の子供だなんて……」
 本当にかわいがっていたのだろう。俯けばポツリと涙が落とす様子は真実ダメージが大きいようだが逆に俺は心の中はザマーと笑い転げている。
「とりあえず何かあったら交換した連絡先にメッセージ入れてくれ。俺が役に立つ事はないだろうが、浩志の事で何かあったら言ってくれ」
「俺に何かあったら引き取るつもりなのか?」
 おや?と言うように聞けば
「まぁ、夏樹と陽菜の所には行かせられないからな」
 なるほどと思う。だがだ。
「浩志だってもう大人だ。もう一度世の中に出荷する頃には俺の手もお前の手も借りる必要ないし」
 呆れて言う。
 最低限その程度までは面倒見るつもりだ。
「それよりもさ、途中までだけどあいつらの面倒宜しく」
 終着駅で新幹線に乗るまでの約一時間ちょっとの三人旅。
 昨日の夜の事もあって微妙な空気は朝食の場から止まらないようだが俺が気にするつもりはない。
「おら、いろいろ手続きとかあるから葬儀会社に貰った紙に沿ってちゃんと手続きしろよ。まあ、ほとんど何もないけどな」
 何てもうこっちに戸籍もない親にしてあげる事はほとんどない。
 俺の後ろに立つ浩志と目を合わせないように、何か言いたげな夏樹も結局最後まで何も言わずにやって来た電車に乗って帰って行ってしまった。
 嵐の様にあっけなくあっという間に終わったこの一件は久しぶりに一族が集まる場となって非常に疲れた。
 さらに言えば、という様に浩志を見て
「とりあえず一度荷物取りに行くぞ」
「はい……」
 今ここで家に帰ったらずっと家から出たくなくなる。
 駅前の駐車場(バアちゃんから相続した俺名義の駐車場だけど管理会社と沢村さんに丸投げ)に停めた車に乗り込んで荷物を取りに浩志が住むと言う公共団地に向かうのだった。
 さすがに二時間ほどのドライブは無言と言う事も出来ず俺は浩志の生活を聞きだしていた。
 驚いたのはまずスマホを持ってないと言う。親切な職場の工場の社長さんが会社携帯を持たせてくれていたらしい。
 そして今向っている団地は高度成長期に作られた築五十年ほどになると言う。
 保証人も敷金も必要がないので会社の寮として借りてくれているらしい。
 何かいい職場だなと思いながらも話しを聞きながら運転をしていた。
 中学卒業後はコンビニでバイトをしていたけどそれだけじゃ生活費は足りなくカラオケボックスで仕事をしたらしい。案の定身体を壊して一時期は生活保護を受けようかという所まで追い込まれたと言う。
 だけど何とか次の仕事を見つけたものの、長く働いているパートのおばちゃん達からのからかいと言ういじめが酷く心を病んですぐにやめる事になったと言う。
 一度折れた心ではどこに行っても簡単にぽっきりと折れ、挙句中卒しかない資格に雇ってくれる所はどんどん限られて行った。
 そんな中で声をかけてくれたのが今働いている所の社長さんだった。
 スーパーで働いている時にお客としてやってきた社長さんの奥様が貧血で倒れた時介抱した事を覚えていて、それから大して時間が経ってないのに別の所で働いていた俺と再会して事情を聴いてくれたと言う。
 良い人に巡り合ったんだなあ……
 そう言った縁で社長さんの工場の夜勤帯の仕事にありつく事出来たと言う。職場のいじめも怖かったらしいが
「外国の人ばかりだったから、言葉が分からないから何を言われてるか判らないから……」
 からかわれているかもどうやら判らないらしい。
 まあ、それも良い事だろうと思う事にして
「住む所も用意してくれて、何とか三年続く事が出来たんだ」
 少しだけ誇らしげに言う辺りそれまでの苦労を物語っていた。
「なぁ、それならこそ恩人の職場を辞めても良いのか?」
 聞かずにはいられない。
 だけど少しだけ悲しそうに俯いた浩志は
「社長の体、病気と投薬のせいでずいぶんぼろぼろだからさ。
 近いうち工場をたたむって話しまでされたから次を探さないといけないタイミングだったんだ」
 それは本当。
 俺も探偵に調べてもらった結果で知った事だったので、それをちゃんと事前に告知できる社長さんを少しだけ尊敬をして
「だったら安心して休養してもらえるように突然だけど挨拶はきちんとしないとな」
「うん」
 最後まで義理を果たそう、そう言った後は会話が無くなってしまった。
 きっとまるで親のように、父のように慕っていたのだろう。
 ぽたぽたと涙を落す様子にあれから重ねた苦労がちゃんと人間らしく育ててもらえたんだと何処かほっとしていた自分がいた。


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