人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
827 / 976

ルーツを思う 4

しおりを挟む
「すみません。叔父達の面倒を見てもらって」
 温かなコーヒーは砂糖ミルク入りの物。
 銭湯のコーヒー牛乳をこよなく愛する長沢さんにはインスタントのコーヒーは邪道かもしれないけど勧めればありがたく受け取ってくれたのでベンチシートに座って頂く事にした。
 入口では内田さんと大矢さんがまるで邪魔が入らないようにガラ悪く塞ぐ感じで立ちながらリアルゴールドを飲んでいた。いや、ちょっと意外って言うか長沢さんにもそちらが良かったかなあと今度宮下に調査させておく。
 ちなみに長沢さんはオロナミンC派だったらしい。
 とりあえず俺は何をどう切り出せばいいのか判らないが
「今時完全犯罪は難しいですよ?」
「吉野の、そんなの酒を呑まして山奥に捨てて知らない顔をしておけばそれだけで済む。だが一郎や先代達に誓ってワシらは何もしちゃいねえ」
 きりっとした顔で言うけど何その具体例……何てつっこめないチキンな自分を褒め称えたい。
「すみません。言ってみただけです。それに熊の爪痕まで残ってるんじゃほぼ事故決定です。だけどどうしてあんな所に行ったのです?」
 松茸狩りなどもっと安全な場所があっただろうに何て思うも
「最初はこの季節の山の様子を話してたんだが鍋を食べてるうちに松茸が取れるようになったって話しになってそろそろ綾人に初物を食べさせてやろうって事になったんじゃ。ワシらはいつもの場所に狩りに行こうかって話しになったんだがあの三人がたくさん採れる所があるからそこに行こうと言いだしてな、ワシらは一郎や先代の言いつけを守って大体の場所は知ってても採りにはいかん。あいつが孫が楽しみにしてるから荒らすなよってどこか嬉しそうな顔で言うからな」
 柔らかな笑みで俺を見るあたりオープンでジジバカなジイちゃんはきっと子供の頃喜んで食べていた俺の事を思い出してはけん制していたのだろう。ほら、意外と大人げないところあったからね。
「まぁ、正直に言えばあそこは香りも強く一番大きいのが採れるんだけど山の歩き方がめんどくさくって危ないからお世話も最低限にしてるぐらい危険な所なんだよね」
「ああ、一郎も同じ事言っていた。場所も教えてもらえなくってケチだななんて思ってたけど、あの場所は確かに危険だったな」
 着地地点が大きな岩だから滑ったら最後骨ぐらい簡単に折れるような急角度の斜面もある。
「あいつらは昇って足を滑らし、兄弟を巻きこんで落下した。その時に岩に頭をぶつけて……」
 そこから顔を覆うように手を当てて
「落下した時はまだ意識もあったんじゃ。
 多少あいつらにお灸据えるつもりで松茸狩りで説教してやるつもりだったが、あいつらがあの場所を案内してな。きっと綾人への嫌がらせであそこを荒らしたかったのじゃろう。とは言えワシらも山の人間じゃ。ここは登っちゃいけない場所位理解している。だからさすがにここはダメだって言ったんだが
『綾人はここの松茸を独り占めしているんだ。俺らだって吉野の人間、採っちゃいけないわけがない』
 何て意気揚々と登ろうとした所で急に三人の顔が真っ青になりだしてな、いきなり『わーっ!!!』なんて叫びだして走り出したんじゃ。まるで逃げるようにしてあっと言う間に崖を半分ほど登ってしまってな、何故かワシらを見てあっち行け!来るなって大騒ぎを始めての。まるで崖の底から何かが這いずり回ってくるかのように足元を蹴りだして……そこからは話の通り、三人で足を引っ張り合いながら崖から落ちて頭を打っての。そりゃあ物凄く恐ろしい物でも見るような顔をしていてワシらは何が何だかわからなくなったんじゃ。
 ただあの時は頭を打って血を流してはいたが意識ははっきりしていての……」
 パラリとかけられた布をめくって目を背きたくなる場所を思い出す。

「まさか熊が現れて身動き取れなくなった三人を……」
 
 そこからはもう言葉にならなかった。
「ちーっと懲らしめるつもりはあったが害意はなかった。いや、今更白々しいかもしれんがこんな事になるとは思いもしなかったんじゃ」
 多分長沢さんが言ってる事が長沢さん達が見た事の総てで真実なのだろう。
「三人揃って急に錯乱して崖を登りだした事なんて信じてもらえんじゃろうし、タイミングよく、あの三人だけにこの時期の熊がちょっかいを出したとはとても思えん。ましてやわしらの目の前ではらわたを食いちぎるなぞ……
 吉野には話したが、とてもじゃないがこんな話誰も信じるわけがない」
 そう言って冷え切ってしまったコーヒーを一口で飲んで近くのゴミ箱に捨てた。
 俺も何だかそのよくわからない話に信じられない気持ちもあったが、それ以上に長沢さん達が嘘をつく方が信じられなく
「警察にいっても信じられないでしょうね。むしろ怪しまれる位なら熊のせいにしましょう」
 言えば当然のように驚く長沢さんに
「そもそも俺をどうにかしようと言うつもりで来ている人に気を配る必要ないし、折角熊が全部の泥を飲み込んでくれたんだ。感謝して甘える事にしよう」
 言えば何とも言えないような目を向けられてしまった。
 いや、幾ら嫌いだからってここまで言うかという所だろうが
「長沢さんだったらジイちゃんから聞いた事があると思うんだけど……」
 言って本当に口に出していいのかと思いながらも

「みんな深山、深山って言うけど本当は御山って言うんだって。
 この山には人より怖い御山様がいる。
 御山様は山での出来事を全部見て知ってらっしゃる。御山では悪い事をしてはいけないって」

 聞いた事があるようで目を見開いている様子に俺は目を伏せて

「熊の件もそうだけどきっと度を過ぎた考えをちゃんと見透かしていたんだろうな。 
 だからこの件は叔父さん達の自業自得。
 そして俺の為にって言う理由を付けて人を傷つけるような真似はやめてください」

 度が過ぎると御山様を怒らせてしまいます、そんな言葉は使わないで俺は目礼だけで『少し電話してきます』とそう言ってその場を離れた。









しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...