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山の日常、これぞ日常 4

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 まずはお墓に。
 お寺さんの門をくぐる前にお寺の前の雑貨屋でお線香とマッチを買う。あとお茶のペットボトルも店の前の自販機でお買い上げ。
「綾人君お帰り。帰国の話しはもうお寺さんでもちきりよ?いつ挨拶に来るんだってね。皆さん遅いって待ちくたびれてるけど今日はお花は良いの?」
「なんか俺の留守の間に仏壇用のお花をたくさん育ててくれたみたいで、今日はそれを供えようと思いますので!」
 何故か俺が自慢げに菊っぽい花とかこれは知ってる山百合とかの花束を見せれば微笑ましそうに笑う。
「じゃあ、おばちゃんとお話しする前にご挨拶だね」
「後でアイス買いに来るんでよろしくー」
 昔懐かし店の前に置かれたアイスの冷蔵庫は密かな楽しみ。必要以上に凍ったガリガリのソフトクリームの形をしたアイスを食べるのが好きなのは秘密だ。表面のがりっとしたあの瞬間。少し時間が経つとなくなってしまうあの食感。
 飯田さんは理解してくれなかった……
 聞いた相手も悪かったけどそれ以来誰にも同意を求めないがお線香を買った時にちゃんとチェック。いい感じにパッケージにも霜がついていて今から楽しみだ。
 うきうきした足取りで門をくぐってバケツに水を汲んで雑巾と柄杓を借りてお墓に向かう。
 お盆だったからか多分宮下や先生達が綺麗にしてくれたのだろう。後で感謝しておかないなとお土産を何にしようか考える。ふと見ればご近所のお墓も既に綺麗になっていてジイちゃん達に恥ずかしい思いをさせなくって本当に感謝だ。
 濡らした雑巾で墓石を綺麗に拭って埃を落す。
 誰かが供えてくれた枯れてしまったお花を広げた新聞紙で包んで新しいお花を供えて線香をあげる。
 爺ちゃんから譲り受けた菩提樹のお数珠で手を合わせてしばし帰郷の報告と元気な事を伝える。あと、爺ちゃんが残してくれた繋がりにずいぶん助けてもらって家も綺麗にしてもらえたよ、なんて言う他力本願な事も申告しておく。
 そっと目を開けて真夏のギラギラとした太陽の下、汗ばんでシャツが張り付く夏の試練に山に帰りたいと顔をあげれば
「お帰りなさい。一樹から帰国のお話は聞いておりました」
「住職さんおはようございます。無事帰ってきました」
 言えばきょろきょろと周囲を伺えば遠くの方で一樹と幸治が竹ぼうきを持って掃除をしていた。
 鞄の中にお土産があるがその前に
「先日は家にも来て頂いたようでありがとうございます」
 丁寧に頭を下げれば
「高山先生と宮下君兄弟が揃って立ち会ってくれたよ」
「ありがたいやらうちに入り浸ってばかりで他に行く所ないのかって突っ込むべきか悩みますね」
 言えば住職は笑い
「そうやって家を任せられる友人がいる事は良い事かと」
 否定はしないでくれた。いい人だー。
「もっと話がしたいのですが、いい加減向こうが静かに出来ないようで……」
 寧ろ申し訳ありませんと言う様に二人を手招きすれば箒を持ちながら急ぎ足でやってきて
「綾っちお帰り!」
「綾っち来るの遅いよ!」
「綾っち言うな!」
 なんて久しぶりと言ってハイタッチ。
「やっぱり久しぶりに『綾っち言うな』って聞くと帰って来たんだって実感するね」
「ねー!」
「どんな実感の仕方だよwww」
 まさかの俺の存在感が『綾っち言うな』だなんて納得できないけど
「とりあえず土産渡すから。あ、住職にはこっち。皆さんと食べて下さい」
 オリオールの手作りクッキーを缶に入れた物を渡す。
 店でもお土産用に売ってるのだがこれがまた大人気。
 フランスの人も日本の人も美味しい物は共通なのねと感心しながら渡せばついさっきまで居なかった檀家マダム達がどこからともなく湧いて出た。
「綾人君お帰り。少し見ない間にイケメンになったわねえ!」
 前住職の奥様が相変わらず可愛いわね何て男として素直に喜べない賛辞を受けとりながら
「今住職にお土産をお渡ししたのでよかったら後でおやつに食べてください」
「これー!いつも凄く楽しみにしてたの!」
 住職からクッキーの缶を受け取ってうちのお墓に向い
「弥生ちゃん、あんたの孫はこんな気使いの出来る優しい子に育ったよ」
 皆さんにこにこと笑いながらありがとうねと言って去って行く逞しさ……
「ほんと何時も済まないな」
「いえ、もう慣れたって言うか、あれが元気な証拠だと思えばまだまだここのお寺は健在でしょう」
 前住職の奥様が仕切ってるように見えるも現住職の奥様を常に一番側に置いて、まるで娘のようにあれこれ構い倒す様子は何処か微笑ましい。
「あんな調子で一樹まで世話になりまして」
 去って行く後姿にまるで嵐だなと言うように目を向けるも肝心の一樹は苦手意識があるようだ。
 まあ、他人のおばさんだし?
 パワフルな奥様から向けられる親愛の情を少し不憫に思うも
「お孫さんがいないからね。
 お寺を通じて一樹の事を自分の孫と思ってるんだろうね。孫がいればどんな感じかって」
 だからこそ住職の奥様も娘のように大切にしてくれている。
 こんな俺の見解に一樹は黙ってしまったけど
「前の所ではろくに友達も出来なかったのでありがたい事です」
 手を合わせて頭を下げるあたりさすが住職と少し感心した。 

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