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小さな恋に花束を 8

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「そうねえ、今の時期ならやっぱりリンゴを作ったお菓子がいいかしらね?」
「そう思ってリンゴをいっぱい持って来たんだ」
 車にあるからと言って取りに行ったものを見せれば
「まあ!まあ!まあ!
 何てリンゴがいっぱいなのでしょう!」
 アビーは嬉しそうに手を叩いて喜びながらすぐにもリンゴの状態を一つ一つ手に取って確認していた。
「こんなにもいったいどうしたの?」
 幸せそうにリンゴの匂いを嗅ぎながら
「郊外の家にリンゴの木が何本かあるんですよ。
 郊外の家を手に入れた時に何の木か判らなかったけど手入れをして、去年リンゴが生ったのを見て初めてリンゴだった事を知って、リンゴの木の手入れをしたら今年こんなにも沢山なりました」
「まあ!まあ!まあ!
 だったらたくさん作らないともったいないわね!」
 何がもったいないのだろうと思うが、喜んでいただけて何よりですとアビーの迫力に未だに付いていけないカティは部屋の片隅で呆然としていた。
「さあ、まずは基本のアップルパイよ!
 昨日連絡貰ったからパイ生地をたくさん作ったの」
「まさかの手作りパイ生地何て贅沢だ!」
「ふふふっ。普段は冷凍のパイシートを作ってるけど、可愛い彼女を連れて来るって聞いたから張り切っちゃうのは当然よ」
「彼女じゃあいません」
 ブラウニー、いやコロポックルと言うべきだろうか。
 さすがに面と向かっては言わないが、なんか恥ずかしそうに俯いているカティが気持ち悪く距離を取る。
 そこは年の功と言うかアビーは「まあ、まあ、まぁ」と言ってその場を流してくれた辺り俺の味方として信じておく。
「それよりもリンゴのお菓子ならまず皮を剥かなくちゃね!
 これだけあればたっぷりリンゴを詰めちゃいましょう!」
 そう言ってカティの地獄のリンゴ剥きが始まった。
 アビーは何も言わなかったけど皮にたっぷりと付いた果肉。ギザギザな断面に幾度となく勃発するるプラッタシーン。
 恥ずかしそうに俯いて椅子に座るカティに俺もアビーも何も言わずにリンゴの皮を剥いては一口大サイズに切り分けて行く。
「それにしても今時の子はこんなにも不器用だとは思わなかったわ」
「カティはかなり特殊な環境で育ったからなぁ。
 目的地に一人でもいけないし、自炊も出来ない。社長令嬢だから納得できるけど世間一般にはこう言う事を教えなかったと言う虐待って言葉になるんだぞ?」
 玉ねぎのみじん切りは難易度があれどまさかのリンゴの皮むきでのこの躓きにナイフからピーラーに変った所でお役にたてるレベルになった。
「アップルパイは少し難易度が高かったかしら」
 しょぼんと落ち込むカティのすがたのあまり煮物落ち込み具合にパティシエだったアビーはそう言ってリンゴを一個取り出してきた。
「ナイフの先端を使って軸の部分から種を取り出すようにほじくるんだよ」
「こ、こう……?」
 少しずつだが抉る様に、切口はガタガタで、だけど少しずつ発掘する様に種とその周辺の部分も削り取る。
「そうそう。上手よ」
 アビーは笑顔で誉め立てながら一緒にリンゴをほじくるのを俺は鍋にたっぷりと詰まったリンゴが焦げないように監視をしている。
 鍋を見ながらアビーはカティにお菓子作りを教えている。
 リンゴを大胆にほじくったら何種類か混ざるナッツをたっぷりのバターとハチミツ、シナモンそしてほじくったリンゴを絡ませるように混ぜ合わせて穿り返したリンゴに詰めていく。耐熱皿にいくつか並べて既に温まってる竈オーブンにいれていた。
「すごく簡単。これなら私でも作れる」
「そうよ。寒い冬の日は夕食後によく作ったの。たっぷりブランデーをたらして、主人が大好きだったの」
「ご主人は幸せですね」
 そこにはアビーは笑って何も言わない。勿論カティはアビーの旦那さんが亡くなってるのは知らないから無邪気なまでの笑顔でお料理上手な奥様って自慢ですねと褒め称えているのを俺は背を向けて聞こえないふりをした。
「そうね。でも私を置いて先に一人逝ったのだから毎日文句を聞かされて可哀想な人なのよ」
 あははと笑いながら真実を語るアビーの言葉にカティは一瞬固まるも、その小さな体で大きなアビーに手を広げて抱きしめていた。
「ごめんなさい」
「気にしないで。もうだいぶ昔の話しなの。
 それに一番悪いのはここに来るまでに話をしてなかったアヤトなのだからね」
「俺のせいかよ……」
 そうよと振り返る女二人の視線は既に仲間意識が芽生えた物。まあ、俺の生と言う役は引き受けるつもりだったから別に構わないけど。
「それよりこれ以上煮るとリンゴが焦げるぞ?」
「まぁ!たいへん!」
 アビーは慌ててパイ生地を取り出して
「二次発酵を終わらせてあるから伸ばすわよ」
 大きな机に打ち粉を広げた真ん中に三人分のパイ生地の球が置かれたのだった。 
 カティは目の前に置かれたパイ生地を見て「?」な顔で無言で俺に訴えて来るけど、俺はもう理解している。
 お菓子作りの職人が一つ作っただけでは満足するわけがないと言う事を。
 渡された麺棒で生地を伸ばし、パイの型に沿うように乗せて余分な生地は切り落とす。底をフォークでプスプスと先端を押し付けて軽くオーブンで焼く。そうすると記事がべしょっとしないらしい。
 ある程度生地が膨れた所でアビーの砂糖たっぷりあまーいリンゴのコンポートを敷き詰めて、切り落とした余分な記事で飾りをつける。
 さて、オーブンに入れようかという所で先に入れていた『ポムオフール』と言うこちらでは良く食べるデザートらしいが、それを取り出して入れ替える様にアップルパイを入れる。
「さて、焼き上がるまでこれを食べて待ってましょう」
 耐熱皿から取り分けてくれて溢れだしたスープもしっかりかけてくれる。
 俺はこれの食べ方を知らないからどうやって食べるのかと思うもカティもアビーも大胆に真っ二つに切って美しいナッツの詰まった断面図を見せてくれた。俺も真似るように切れば溢れるリンゴのスープにバターとシナモンの香りも溢れだしてきた。
 その驚きに甘いスープをスプーンですくってたしかめながら、絶対おいしいってわかっていても感動をしていた。
 後は一口大に切って食べるだけ。
 ナッツの食感も面白くってついつい夢中に食べてしまえばこんな俺を面白そうに見守るアビーとカティ。
 良いさ、笑うが良いとスープもきっちりと飲んだ所で
「これは冬の寒い日なんかたまらないなあ」
 その美味しさに感動したと言うように言いながら
「確かにブランデーなんかをたらして食べたくなるな」
 アビーには悪いがご主人の気持ちは悔しい位に理解できてしまう。
 今度家に帰った時に飯田さんにポムオフールを作ってもらおうと決意すればアビーがダージリンティーを淹れてくれた。
 やがて焼き上がったアップルパイを1ホール食べ
「じゃあ、いつもみたいに連絡しておくからロードに届けておくれ」
「いきなりのお願いを聞いてくれてありがとう。またおいしい木の実が生ったら届けに来るよ」
「ふふふっ。アヤトはほんと幸せを運んでくれる子ね!」
 そう言いながらのハグ。
「また来るから」
「楽しみにしてるわ」
 その後しっかりアビーのお気に入りとなったカティともハグをして、何か話をしてたけど両手で頬を押さえながらロードの所へと向かう車に逃げ込む様に乗るのだった。
「アビーと何話ししたんだ?」
「何でもないよ!そう!普通に挨拶しただけよ!」
 どう見ても普通じゃないだろうと突っ込みたかったが聞かない方が幸せなのが女の会話。気にはなるが気のないふりをして、いつか聞かせたくなった時まで待つ長期戦に入る事にした。
 そしてロードの所にアビーのアップルパイを持って行けば当然のようにカティのアップルパイも狙われて……

「あのお爺ちゃん一人で1ホール食べてたね」
「ロードはアビーのお菓子の大ファンなんだ。雇って食べ続けたくらいのファンなんだ。
 だから見つかったら諦めるしかないんだよ」
 あの劇甘レモンドリズルケーキを余裕で1ホール食べる胃袋をいつも感心していたが、アップルパイも余裕で完食する姿はもう見てるだけでおなかいっぱいになる食べっぷり。
「人生甘い物がないなんて人生の半分を損していると同義語じゃないか」
 素直に頷けないポリシーがあるようだがそこはしっかり周りが怒ってくれているのでたまにはと言う事で目こぼししてもらう事にする。
 だけどロード以上に帰りの車の中でカティは幸せそうな顔をして
「皆良い人で良かった。
 こんなにも楽しかったの初めてかも」
 そう言ったカティの幸せそうな笑顔が妙に甘く思えたのは、俺の錯覚だとして置いた。
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