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歩き方を覚える前に立ち方を覚えよう 8

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 相変わらず静かな食卓の中、微かな食器の音が辛うじて耳に届く。それぐらい静かな食事はあの城の食堂の賑やかな食事を思い出せば何て味気ないのだろうと溜息が出そうだ。
 ケリーは二週間の初めてのバイト体験を終えたその日、自宅に帰って久しぶりの家族との夕食。相変わらず味が分らないマナー重視の食卓だった。
 いや、味が分らないのではなく、味がないのだ。オリオールの料理を食べれば初めて理解する。いわゆる見た目とはかけ離れたマズ飯なのだ。良く言えば食材の味がよくわかると言う所だろうか。しかし、取れたての野菜で作った料理の数々は甘み、ほろ苦さと言った味が野菜本来の味が心地よく口に広がって行くのに対してえぐみ、青臭さがいつまでも口の中に残る。
 ソースやドレッシングをかけて味を誤魔化して食べるもシンプルにオリーブオイルと塩コショウを掛けただけのサラダの方が美味しいなんて驚きだった。
 勉強を理由に早くカレッジに戻ろう。そして綾人と柊に料理を学ぼうと心を無にして目の前の食事を片付けて行けば
「所で友人の家はどうだった」
 バイトで友人の家で住み込みで働くと説明していたがきっと手伝い位で遊び呆けていたと思っていたのだろそう思っている口調に今日はやけに緊張しているわけだと普段以上に食事がのどを通らないのだかと理解した。
「友人の家は縁があってフランスに買った城をお持ちで城のメンテナンスを手伝いました」
 ぼそぼそとした焼きすぎの肉をスープで呑みこんでいれば
「城を買ったと……」
「普段は城の一角でレストランを開いていたり、親友に部屋を貸し、他の友人達にも協力を得て維持をしているそうです」
「ふむ、使用人がたくさんなのは良い事だな」
 ピシッと何かが切れた。
「使用人ではありません!
 彼らはアヤトの友人達です!」
 思わず立ち上がり、持っていたスプーンを机に叩き付けてしまった。
 マナー違反だなんて気にしない。だって何よりマナーを重んじないのは……
「食事中だ。席に着きなさい」
「友人達を侮辱するあなたと同じテーブルには着けません」
「あなた、ケリーも落ち着きなさい」
 おろおろとする母さんには目もくれず父さんと睨み合っていれば静かに騒ぐスマホをポケットから取り出して食堂に背を向ける。
「まだ食事中だ!」
 食事中にスマホを取り出すなんてもってのほかだと言う様に叱咤が飛ぶも、相手はタイムリーと言うか何と言うか。
『ケリーか?メッセージも送っておいたんだけど、今夜今からお前達が城に来た時の事を動画に上がるからよかったら見てくれ。いちどURLも貼り付けておいたからこの後の事が気になる様だったら登録してもらえるとやる気になる。疲れてる所悪かったな、だがすごく助かった。またよろしくな』
「ああ、楽しみにしてる。アヤトが動画やってたの意外って言うか知らなかったけど、絶対見るよ。あと予定を早めてこれからカレッジの方に戻る事にしたから」
『は?何かあったのか?』
「何も。だけど休みの間勉強が出来てなかったから新学期に向けて少し準備しておきたいんだ」
 俺との会話に驚く母さんを見ないように背中を向けて
「じゃあ、また明日」
『いや、なんだったら今夜うちに来い』
「なんか怖いなあ」
 あははと笑いながら通話終了。ポケットに入れながら顔を見ずに
「常識的なマナーは十分学んだと思う。だけど人としてのマナーは間違ってる。
 いくらお爺様が騎士爵を持っていたとはいえ父さんは爵位なんて関係のないただのサラリーだ。
 アヤトは自分の私財で彼らに住居を提供している。次へのステップに向かう為に惜しまず援助している人だ!
 いつまでも騎士爵のお爺様の息子と言う言葉にしがみついてないでよ!」
 それだけを言い捨てて部屋の隅に置いていた鞄を持ってそのまま家を出て電車に揺られながらカレッジのアパートに向かった。
 だけど入口の所で綾人が待っていて
「家に来いって言っただろう。行くぞ」
 鞄を掴んで意外と遠くない綾人のアパートへと強引に連れ込まれた。
 昼過ぎに向こうを出て夕方に家に着き、そしてカレッジへと移動して正直身体はくたくただ。抵抗も出来なく引っ張られるままに付いて行き、そしてソファへと座らされておでこをぐいと押される。 
 抵抗できなくパタンとひっくり返り、仰向けになった視界で初めて綾人が難しい顔で俺を見ている事に気が付いた。
「何で親と喧嘩したのかは想像はできるが、お前はもう成人している。自分の行動に間違いがなく自信があるのならもっと胸張っていろ」
 それからポリポリと頭をかいて
「あと、何だか最悪のタイミングで連絡して悪かった」
 これが着火装置になったのだろうと謝られるも
「違う!アヤトは何も悪くない!」
「悪くなかったら喧嘩にはならなかったはずだ」
 人付き合いは難しいと唸る綾人だが
「元々親子の中は悪くはないんだ。だが良いと言うには母さんを挟まないと言いきれない歪なのがいけないんだ。むしろ何で父さんを尊敬してたのか不思議なくらいで……」
「尊敬するのは当然だ」
 尊敬何て違うと言おうとするも
「希望の大学に入れてくれて寮ではなくアパートに入れてくれた。心配も不便もない様にカレッジの近くの高い部屋なんだろ?ちゃんと押さえてその資金を全部支払ってくれている、親としては尊敬に当る資格は十分だ」
 言われて思い出す。
 綾人が両親から愛情を貰えなかった子供だった事を。
「喧嘩したからと言ってアパートの解約をしたり授業料支払うのを止めたりはしないだろ?なら明日にでも謝りに行け」
「だけど……」
 口ごもってしまう。啖呵切って家を出てきたのに次の日には頭を下げるとは言葉を軽んじてるのかと言われそうだと訴えれば
「だからお前達はガキだって言ってるんだ。
 喧嘩して家を飛び出した先が喧嘩した相手が用意した場所だって言う情けなさ判ってるか?」
 へにゃりと眉尻を下げてお前凄くかっこ悪いと言う事を視線で訴えてくるのが分れば、残るのはもう恥ずかしさしかない。
「どのみち明日車で送ってくから改めて挨拶をしよう。
 俺もオリオールとオリヴィエを使用人呼ばわりされたのは許せないからそのあたりの誤解も解いておきたい。そして正しく理解してもらうのはオリオールとオリヴィエを城に連れ込んだ俺の責任だからな。
 どのみち一度明日お前の実家行くぞ」
 なんて言いながらも俺の鞄から洗濯物を取り出してポイポイと洗剤と共に洗濯機の中に入れてしまった。
 残された着替えを差し出され
「風呂に入って寝ろ。夜食を置いておくから腹が減ったら食べて良いぞ」
 言いながら簡単なサンドイッチを作ってラップで包んでいく。
 手際がいいなと感心しながらしばらく見た後に風呂を貰い、風呂から出た後はラガーを貰ってソファでごろんとしていればいつの間にか朝になっていて

「おはよう。随分しっかり寝てたな」
 
 一瞬ここは何所だろうかと見知らぬ部屋の景色にフリーズしてからの絶叫。
 これは俺は悪くないとケリーはこめかみに欠陥を浮かべる綾人なんて知りませんと言う様に毛布を頭からすっぽりとかぶっていた。


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