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立ち止まって振り返って 5

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 陸斗がケリーに剪定の仕方を教えて行く。
 木を大きくしないように枝は一番最初の葉が出ている枝だけが残る様に切り詰める。そして残す葉の付いた枝も上に伸びた枝ではなく外側に伸びる枝を選ぶ。むしろそれ以外の枝は落してしまう。
 仕上がりは気持ちいいほどの風通りの良い樹になっていた。
「こんなにも枝を落してよかったのかい?」
 あまりにスカスカの見通しまで良い垣根に
「葉っぱは残してるから十分光合成ができる。それに大きくなりすぎるとどうしても管理が適当になるからね」
「そう言う物なのか?」
「あー、綾人さんが安全の為にもあまり人目から隠れないようにって言われてるので。だけどこれだけ切っても秋には大体元通りになるから、その時にまた形を整える程度で刈り込めば十分ぐらいかな」
「考えてるんだな」
 パチンパチンと二つの鋏がリズム良く枝を落して行く。
 ケリーも陸斗を見よう見まねで枝をどんどん落して行く。もともと綾人ほどではないがそれなりに頭の回転が速いので教えられた事はすぐに学習する事が出来た。そしてすぐに落していい枝落してはいけない枝を理解する事が出来た。もっとも植物なので迷う事はあるが、それは陸斗が判断した枝を真似すればいいだけ。
 出来る子はこの様な作業一つとっても直ぐに学ぶ事が出来、教える陸斗はストレスのなさにケリーとのおしゃべりも弾む。
「綾人さん学校ではどんな様子ですか?」
 知り合った時はもう高校を卒業して山奥でニート…… ではなく自給自足な生活をしていた為に綾人の学生の姿が想像できなかった。勉強を教えてもらっていたために教師としてなら納得できたが教えを乞う生徒側と言うのがどうしても想像できなかったために綾人の授業風景と言うのが気になって仕方がなく、本人が語ってくれない以上知る機会があれば是非とも知りたいと言うのが人の性だ。
 そんな事を気にしないケリーはそうだなと呟き
「まず一学期の最優秀になったのがアヤトだ。テストの点は勿論、カレッジの授業内容は討議が主で、アヤトはよく本を読んでいる。びっくりするぐらい先生と討議を交わし、ほぼ俺が口を挟む隙はないんだ」
 陸斗はそれはどうだろうかと思う物の
「だけど先生とアヤトの会話を聞いてるだけでも十分に学ぶ事もあるし、しっかり聞いておかないと急に話しを振られるんだ。その時の先生とアヤトの目は同じ色をしていて、俺は二人の先生から学んでいるという特別な時間を得ていると感動してるくらいだ」
「はい!綾人さんの教え方は聞き逃すのがもったいない事ばかりなのですごく集中してしまいます!」
 陸斗はそう言うが、二年の後半から課題を出すだけでほぼ放置していた事を忘れていないだろうかとすぐ側で二人の話を聞いていた園田は心の中で突っ込む。
 綺麗な思い出ならわざわざ汚す理由もないし、綾人が送りつけてきた課題の量のハンパなさは今も夢に見る程の暴力にも等しい物量だった。
 毎晩何でこんなにもと陸斗と北部の三人と泣きながら答えを導いていたが、大学に入って愕然とする。何で大学の授業なのにこんなにもわかりやすくて簡単なのだろうかと……
 それは北部の三人も同じで……
「んなの全員に合わせた勉強教えるなんて面倒だから石岡のレベルに合わせて全員面倒を見てたんだよ。ありがたい事にスタートに時点で全員が同レベルだったからそのままレベル上げて行くのはわけなかったな」
 卒業後に綾人からめんどくさそうに聞かされた内容に唖然としながら
「一応全員石岡の目標大学レベルまで上げたけど家の事情もあるから進路には口を挟まなかったけど……
 とりあえず大学生生活を楽しんでおけ」
 本当にどうでもよさそうにチェーンソーのチェーンのメンテナンスをしながらどうでもよさそうに答えてくれた綾人から見ればまるでその程度で良いんだろと言うような口調に無事目標の大学、更にランクアップした大学へと進学したのに興奮した心に冷水を浴びせられたかのように冷めて行くのが分った。
 この後綾っちが留学を決めて本気を出す事になるのだが……
「綾っち留学先の大学合格したんだってー」
「綾っち俺の大学合格だってー」
 それぐらい当たり前という様に合格証書を貰ってどうでもよさそうに退学手続きをしていた綾人を見ていた石岡は気が付いていたら泣いていたという。
 余計な事まで思い出したけど弾むような声で綾人の話しを聞く陸斗にケリーも緊張がほぐれて来たのか
「あとアヤトは料理が上手だ。
 アヤトがランチを用意して先生達と同じ授業を受け持つ生徒たちと一緒にランチしながら授業をしているのは今ではちょっとした名物で、授業に参加すれば一つ貰えると言うおまけに定期的に足を運んで来る奴もいる。
 最近だとアヤトのアパートにお邪魔して夕食を食べながら授業の内容を討論している。最近ではカノウとヒイラギも加わって討論の幅も広くなった。
 討論の内容もそうだが、学科の同じ学年全員で受ける授業があるんだがそこでアヤトが数学の前提を取り払って発表したんだ。1+1≠2と言う様に数字が上乗せされていくと言う論議はなぜ1+1≠3や6じゃいけないのか、何百年も前に定義された偉人にいつまで従わなくてはいけない、これも随分前から討議されていた課題をぶっこんできたんだ……」
 そこから先は陸斗も俺もキャパシティオーバーで何を言ってるのかわからなくてへー、そう、ふーん、なんて言葉を返すしかない凡人には判らない世界になった。何を聞いても右から左にスルーと通り過ぎて行く言葉の数々。ああ、そう言えば綾っちと出会う前ってこう言う感じだったなとどこか懐かしさを覚えながらうんうんと言ってる事が一切わからない話を聞き流しながら頷きながら一つ理解したのはアヤトの頭はこう言った人達に刺激を与えれる人であって、未だに俺達は綾人の言いたい事を欠片も理解できないダメな教え子だと気づき、興奮気に話すケリーの話しを無視するかのように剪定に集中し、パチンパチンと枝を落す音に荒くれる心を押さえる……
「あの光景はほんと怖かったです」
「むしろ止める声をかけれなくてごめんなさい」
 後に語る葉山と下田は暫くの間陸斗と園田をまともに見る事が出来なかったと言った。

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