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めぐる季節の足跡と 2

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 季節外れの桜が楚々と咲く床の間は冬も近いと言うのに春のような空気が広がっていた。
 秋の終わり、冬の始まり。
 昼間の陽気もあいなって小春日和と言う日に相応しい一日の終わりという時間にこの花を見ればこれから迎える厳しい冬を超えて春だと錯覚しそうな空間だった。
 映画の撮影がやっと始まり、今日は撮影の合間の僅かな休日、ではなく呼び出されたスポンサー達との会食の日だった。
 映画の話しが二転三転するのはうちの撮影現場ではよくある事なのでそれの説明を兼ねての場なのだが、珍しい事に社長と共に呼び出されての会食は何があったのだろうかと映画の中断ではないようにと願ってしまっていた。
 だけど通された料亭を見てその杞憂は消えた。
 一度だけ潜った事のある暖簾の料亭……

「まあまあ!では皆さん綾人さんのお知り合いでしたのね」

 凄い偶然と女将がコロコロと笑えば
「いやいや、私もこれに尋ねられるまで知り合いだとは思わなかったんですよ」
 多紀も所属する事務所の瀬野が連れてきた友人は思わぬ財界人で驚いてしまうも、その財界人の友人と言う九条と名乗った老人も綾人の知り合いだと言う。
 綾人君、君の句夕関係は一体どうなってるのかいと思う様に出された前菜をしゃくしゃくと咀嚼しながらお酒を頂く。
「木下様はどのようなご縁で?」
「なに、飛行機のファーストクラスに乗ってるって言う生意気な小僧がと思ってたが別の期会にもファーストに乗っていたから声をかけたのが縁だな」
 瀬野の質問に気を悪くする事なく言葉を返す財界の重鎮と言われる男は思い出しては楽しそうに酒を口に含んだ。
「うちの若いのにコーヒーまで奢ってくれて、見た目からの想像よりもしっかりした子だよ。
 だが、まさか女将とも知り合いだとは、世間は狭いな」 
 瀬野に向ける顔とは全く別の好々爺と言う顔で女将に笑みを向ければ女将は相変わらずコロコロと笑いながらお酒を注ぎ
「私の場合は息子の紹介ですの。
 主人が怪我をした時があったでしょ?その時に息子が旅行に連れてってくれるって言ったから楽しみにした先が綾人さんのご自宅でしたの。
 とても素敵なお宅で今時土間の台所で竈を使ってご飯を炊いてくれたの。
 主人も息子もおもちゃを見つけちゃったみたいにはしゃいじゃってね、いい年して子供かと思いましたよ」
 お恥ずかしいと言いながら笑う女将に財界人の翁はうんうんと頷き
「何でも動画をあげててな。見させてもらったがまた古い家だ。
 だが、柱も早々お目にかかれないくらい立派だし、本当に良い家だ」
 言えば初対面だけど独特の雰囲気を持つ九条も頷き
「私も祖父の代のずっと前から吉野とはお付き合いさせていただいてますが、今代の当主にこの夏数年ぶりに会ったがちゃんと吉野をしてて頼もしい。
 立派に成長して先代も一安心だろう」
 まさかの古い付き合い。
 というかこれはどんなマウントの取り合いだと思うも
「所で大守君、今度の映画は綾人君の家の離れをモチーフにしたそうだね?」
 突然話がふられてお猪口を口から慌てて離す。
「はい。本当は母屋の方をお借りしたかったのですが、いろいろ不都合があったので離れの方を使う事にしました。 
 母屋に引っ越す前の家だったそうで、オールリフォームとは言ってましたが柱や独特の間取りも今の時代なら受け入られる物なので」
 こんな言い訳で納得してもらえるかと思えば
「そりゃああの地に住みついて四百年以上は経つ家だ。
 持ち出せない物の一つ二つ見ないふりをした方が賢いと言う物位転がってるだろう」
「あ、やっぱりわかります?
 下手な博物館より見ごたえある物が転がってるのでおいそれと家に上がるのも怖い位ですよ」
「それは是非とも見てみたい!」
 木下と呼ばれた財界人は目を輝かせ
「九条、何とかならんか」
 急かすような言葉に九条と呼ばれた彼の友人は首を横に振り
「あそこは遊びに行くような場所ではありません」
 そっと箸を置いた。
 そして両手を膝の上に置いて
「私達はお勤めで吉野の家へと向かいます。
 あの家はよそ者を受け入れる事はないので下手に足を踏み入れると怖い目に会います」
「そうですか?
 息子は毎週のように遊びに行ってますけど?」
 キョトンと女将は小首を傾げるも九条は苦笑して
「きっともうよそ者ではないのでしょう。受け入られたのならどこまでも恩恵が与えられると思います。見捨てられるまでは」
 そんな言葉に女将はそうですかとコロコロと笑う。
 どういう意味かと思うも
「そうなったら息子のせいなので綾人君を苦しめたらそれ相応の罰と思って反省しなさいと言う物ですわ」
 そうなったら仕方がないと言うのを当然のように受け入れる母親もすごいと思う。何というか飯田君の自由奔放さはこう言った親の信頼からくるのだろうかと思っていれば次々に届くお料理と共に話題は変って行った。

 そしてお暇する時木下はすぐに迎えに来た黒塗りのベンツに乗り込んでみんなが頭を下げて見送れば九条と呼ばれていた男もそのまま家が近いからと言って歩いて帰ると言う。
 かなり飲んでいたけど大丈夫かと思えば孫だろうか綾人君と同じくらいの若者が迎えに来ていたので安心だろう。
 女将と二、三話をして楽しいお酒の場だったと言う様に楽しい足取りで去っていくのを瀬野と見送ればすぐに瀬野を迎えに来た車がやって来た。そこに一緒させてもらう予定だったが
「大守さん、お久しぶりです」
「ああ、飯田君のお父さん。今日はご馳走様でした。
 お山のお料理もおいしかったですが、またお店のお料理も格別ですね」
 言えば飯田君のお父さんは笑い
「それはここが私の総てだからでしょう。
 お山も良いが、所詮はよそ様だ。だけど、息子二人と共に料理の出来た夢の場所でもある」
「またまた、呼べば飯田君はこちらに飛んで来るでしょう」 
 なんて言ってみる物の
「判ってるから呼べないのです。あの子は自分の道を見つけて歩み出したのだから今更呼び戻すなんて真似は出来ませんぞ」
「ですね」
 僕の失言でした。
 そう言っている間に迎えも来て目の前に車が止まる。
「良ければまた食べに来て下さい。
 綾人が今は家にいないから、その間の話し相手にはいつでもなりましょう」
 なんとなく僕が寂しがっている事を思っての提案なのだろう。
 こうやって人の縁は繋がって行くのかと暖かくなる気持ちこそきっと綾人君があの日涙ながらに宣言した言葉なのかと気付けば自然とわき上がる笑みを遠慮する事無く零しながら
「ありがとうございます。
 ですが、今は寂しがってる暇がないほど充実した日々を過ごしてまして、せめて戻ってきて出来上がった映画を見て渋い顔をさせないようにがんばりますよ」
 そんな気合に飯田君のお父さんは笑う事もなくただ一つ頷いて
「私も衰えるばかりの年齢なので、綾人が帰って来た時にがっかりさせないように頑張りましょう」
 褒め称えた料理をもう一度食べさせたいと言うように不器用な優しさと共に頭を下げれば瀬野はすでに車の中に乗り込んでいて、急かされる事はなくてもまたと言う様に会釈をして車に乗り込んだ。
 

 





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