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春の嵐通り過ぎます 2

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 せっかく綺麗な点心をお土産を持って来て頂いたのに残念な事に今日の俺達は昼前からずっと何かしら食べ続けていたのでおなかいっぱいで食べれない。目は欲しいのにさすがにおなかが重い。無理だと飯田さんに視線で訴えれば
「すみません。今日は地元の子達の卒業パーティだったので、良ければ残り物ですがいかがです?」
 言いながら飯田さんが冷蔵庫を開けて明日食べましょうねと取り置きしていた物を見せれば
「たいみんぐわるかったね、ごめんね。でも、うわぁ、ありがとう。良いねぇ、飯田君のお料理は何時頂いても華がある。
 味が美味しいのは勿論見た目も美味しそうだし目にも楽しいし。
 おかげで最近はどこに行っても何だか満足できなくなって困ってしまう」
「それ分る!」
「何を言ってるんですか。俺なんてまだまだですよ」
 べた褒めされてご機嫌な飯田さんは温めますねとかいがいしく準備を始める。
 その間俺達はテーブルに着いて多紀さんにビールのお酌をしながら
「さっき総て聞かせてもらったとか言ってたけど一体どこから……」
「うん。三者面談を始めますって所から聞いてたんだ。
 ほら僕彼のファンだから」
「彼って言うと先生の事?って言うかほんと全部じゃん!どこに隠れてたんですか!」
 マジかと驚愕な告白に飯田さんも思わず振り向いていた。
 多紀さんは静かにビールの泡を舐める様に一口飲んで
「ほら、僕は監督だよ?撮影中はステルス機能マックスだから得意技だよ?
 彼は先生の事に決まってるじゃない。ほら、前に綾人君遊ぼう熊事件あったよね?」
「そのタイトルはどうかと思うがありましたねぇ。もう一年以上前の話しになりますね」
 ちょうどその時もこの三人だった。何とも言えない縁を感じるも
「綾人君に会いに行く前に高山君に会いに行ったんだ。
 高校に行って綾人君の仲を取り持ってもらおうと思ったら逆に追い返されちゃって。卒業しても凄く大切な生徒なんだなって思ったよ。今時減ったよね、あんな生徒想いの教師って。
 ぽやぽやした事なかれ主義な教師だと思ったんだけど、騙されたよ。あんな苛烈な一面があるなんて、自分を誤魔化してとぼけた顔をしてないといろいろトラブルを引き寄せただろうねえ」
 うんうん、なんて一人頷きながらくぴっと音を立てながらビールを半分ほどまで一気に煽る。旅先でのビールはやっぱり美味しいなぁ何てのんびりとした声で言う物の、先生が俺達にはあまり見せない顔を俺は意外にもよく知っているが人に見せるのは珍しいと思ってしまう。
 俺は先生に守ってもらってる事を理解していたつもりだったが、どうやって守られていたかなんて俺が思うより大切にしてもらっていた事を人の口から知ったのが何だか悔しくて多紀さんから目を反らしてしまう。
 ことことと鍋の蓋が揺れる音と温かな料理の匂いがこのテーブルにまで届いた。
「まだ寒いので温かな味噌汁はいかがでしょう」
 昼間に食べた白子ポン酢の残りを天ぷらにして食べようと残していた物が急きょ味噌汁に変更。勿論俺の前にも出してくれた。
 温かいうちにどうぞと一言添えた言葉に従いお碗にそっと口を付ける。
 優しいだしの香りとうまみが口の中に広がって、その後に味噌の香りと塩味が追いかけてやって来た。最後にはきちんと風味を残して余韻まで楽しませる飯田さんが作る味噌汁は味噌汁の概念を覆す一品料理として完成されてる。ほっとするお味に先生に付きさせられた言葉や多紀さんに思い知らされた言葉で傷ついた心を癒され、またゆっくりと顔を上げて多紀さんと向き合う事が出来る。
 にっこりと穏やかな視線を俺に向けたまま
「飯田君のお料理は本当にすごいね。本当に何を食べてもおいしい」
 こんなにも落ち込んだ人をすぐに心から温めてくれるなんて、そんな何処かメルヘンな言葉を言いそうになる口は閉ざしていたが
「じゃあそろそろ僕が来た本題を言うね。
 綾人君、暫く綾人君のお家にお泊りしてもいいかな?」
「それは断る」
 反射的に即行でお断り。
「ええ?!なんで!!
 凄く良い秘密を教えてあげたのにそう言う事言うの?!」
「言います」
 驚き喚く多紀さんを目の前にしてとろりととける白子を堪能する。
 甘さを感じる白子のクリーミーさにお味噌の塩加減が何てマッチするのだろう。しかもそれをお出汁でまろく包んでこんな贅沢な時間に
「何で多紀さんをうちに連れ込む計画をしないといけないのですか」
 別にこれと言った困った事もないだろう多紀さんが俺に頼る謂れはない。むしろ周囲の人間がこぞって手招いてくれるくせにと思うも
「今構想している映画の話があるんだ。
 田舎の教師の物語でね、本来物凄く有能な癖に子供達の嫌がらせで僻地の学校に送り込まれた教師の四苦八苦する青春映画」
「何かモデルが高山先生っぽいけどあの人離婚して逃げ出して来ただけだから」
「良いねえ、離婚。それも付け加えよう。男の一人暮らし、荒れた家でお酒を煽り、田舎の子供にからかわれ、田舎の洗礼を浴びて教師を辞めようと思った瞬間、クラスの一匹狼の生徒にゴミみたいに扱われてコンチクショウって立ち上がる今時ない泥臭さと汗臭い青春映画!」
「昭和臭漂う内容ですね」
 誰が見るんだと切り捨てれば多紀さんは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「どう思う?」
「先生そのまんまじゃないでしょうか?」
 俺ではなく飯田さんの的確なツッコミに俺はもう頷くしかない。
「こんな田舎でくすぶってる子供達を都会と言う未知の世界にこの狭い田舎から脱出させるそんな教師かっこいいと思わないか?」
「綾人さんがしている事なので今更何と言えばいいのか……」
 どうなんだろうと小首かしげる飯田さんは
「リアルでそれを見守ってハラハラして体験してるのでドラマみたいな空想の説得力のない世界はかっすかすでしかないでしょうね」
 二時間枠の映画の中に一年間を詰め込むのとたった一年しか時間が残されてないと焦って四苦八苦する姿を何度も見てきたのだ。きっと生涯の中でこれほど時間に追い詰められた時はないだろうと記憶する青春にこの映画はどう考えても同調できるかどうかなんて無理に決まっている。
 だけど多紀さんは飯田さんの意見に大きく頷いて
「そうなんだよ。こんな話この世の中に溢れに溢れている。今更やる必要性がない位に」
 そこは誰よりも一番知っていると言う目は何時か見たカメラを通して世界を覗くそんな瞳。
「それを打開するために是非とも綾人君の家に当分住まわせてほしい。
 もちろん僕で出来る事は惜しみなくなんだってする。是非とも協力を願いしたい」
 そこには俺達の知る人とは全くの別人が居た事に少なからず驚かされ、その熱意にも似た気迫に何も考えずに俺は無言で頷いていたのだった。





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