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戦う為に 8
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四年ぶりの帰郷はあまりに辛い思い出となった。
かつて愛そうとした女性の姿、そして拒絶する息子。そしてその息子を守ろうとする人達。
もう居場所がないと言うくらいの異分子であることを認めざるを得ないくらいに俺は罪人だった。
だけどそれを一つ一つ認めて受け入れなくてはならなくて、重い足取りと疲れ切った心は俺を追いつめて行く。
朝一番の電車に乗って一年ぶりの再会だと言うのに会話をする言葉が見つからなくて、それが後悔としてのしかかる。
話しをしなければいけない事もある。
話しておかなければならない事もある。
きっと迷惑をかけるだろうから、せめてあの子にこれ以上の迷惑をかけないようにと思ったのに、久しぶりにじっくりと見た横顔は俺を拒絶していて語りかける事が出来なかった。
話が出来なかった。
今厄介になってる人にお金を借りてまで墓参りに帰ったのに、奇跡的にも会えたと言うのに何一つ家族としての会話が無かった、それだけが後悔だった。
いや、家族を捨てたのは俺の方か。
そっと自嘲する合間に刑務所を出るのに保証人が必要なのに保証人所か行き場のない人間を預かる施設へと戻ってきた。
三畳ほどの小さな部屋で仕事を見つける住所も貸してもらえる『家』へと一つだけ買った土産の袋を手に戻れば立派な車が止まっていた。
警察官の人が来たのかとすっかり怯えるには十分な体験をした俺は鞄を抱きしめながら、それでも約束を守る為に緊張しながら『ただいま戻りました』と声をかけて所長に挨拶をすれば
「ああ、吉野さん良かった。お客様ですよ」
こちらへどうぞと面会室へと案内された。
「お客様?
ああ、これ故郷の土産です。食事の時皆さんに」
今六人の出所した人と同居している。ほぼ日雇いの仕事をしていて、でも安心したように笑う同居人達のようになれるのかと思いながらも今の所変な事もされてないし、それどころかこの暮らしに慣れない俺に親切にしてくれるとても俺と同じ犯罪者には思えなかった。
とりあえず俺は帰って来たままの荷物を持った姿で面会室へと向かえば、俺と同じぐらいの、いや、俺より少し若い身なりの良い男が居た。
「お久しぶりです」
「ええと、沢村さんでしたね。ご無沙汰してます」
確か綾人の代理人の弁護士だったか。
俺を捕まえに来た時警察と共にいて、そして裁判の間も綾人の代理人として名乗っていた。
当時は腹立たしく睨みつけていたが、こうやって化けの皮を剥がされた俺にはそんな風に喧嘩を売る気力すらもうない完全な負け犬だ。
「今回は何の御用で」
まさか墓参りに言った事で何か綾人を怒らせたのか、いや、俺が綾人の前に立つ事自体暴力なのだろうと気づき、また刑務所に入れられるのではと最悪な考えだけが思考を駆け巡り、ざぁぁ……と血の気の引く音が聞こえてきた。
「今日はお迎えに参りました」
嫌な汗がだらだらと流れる。どこに連れて行く気だろうかとめまいを覚えて逃げようと思うも背後には所長が扉の前に立っていた。逃げる事も出来ない、そして、広い机は一息に飛びかかれるものでもなく、人質として逃げる事も出来ないと妙な部分が一生懸命逃げる事を模索する中
「先ほど綾人君から連絡を頂いて、緩和ケアの病院へと入院の手続きをさせていただきました」
「は?」
何を言ってると言うように顔を上げれば、困ったかのような顔で俺を見ていた。
「私の方から綾人君には貴方が末期癌で治療が困難な事、回復の見込みがない事から予定より早く出所した事をお伝えしました。
その上であなたが一度でも祖父母に頭を下げに来るなら連絡をくださいと依頼を受けていました」
「いや、だって、だから病院って……」
「これ以上あなたが迷惑かけないように監視する為だとおっしゃってました。
ただ治療はしないそうです。それは自分が働いて保険をかけてまで生きる努力をする人の権利だそうなので。
なんだかんだ言いながらも綾人君は沢山の人に助けられて沢山の優しさを頂いた方なのであなたを見捨てる事が出来なかったのでしょう。
入院に関しての費用は綾人さんが持っていただけるそうです。
お見舞いにはいかないので先ほど渡した物で身の回りの準備をそろえて入院してくださいとおっしゃってました」
信じられない言葉に俺は言葉を失っていれば
「綾人さんのここ数年何をしていたか知ってます?」
聞かれても何をしてるかなんて知るはずもなく
「高校卒業して進学も就職もしないで山に籠ってるぐらいしか……」
綾人は何をしているのかそれすらも知ろうとしなかった俺は戸惑うように視線を彷徨わせてしまう中男はスマホを取り出して俺へと画面を向けて
「面白い事してますよ?
深山の山奥からその生活ぶりを動画で配信してます。
お友達と一緒に色んな事をチャレンジしてまして、成長がよくわかります」
どうぞと言いながら見せてくれた画面には綾人と先ほどあった坂下の商店の子供の声が聞こえたが
「この顔はなんだ……」
「素顔を出す事が怖くってフィルターをかぶせたそうです。これ綾人君の自作のプログラムで中々に優秀なんですよ」
にこにこと説明してくれるけどそれこそ何なんだと聞いてしまう俺の方が無知なのかと思う中
「このスマホは私との連絡用なので持っておいてください。
綾人君の連絡先は入れてないし、あの家の電話は既に通じませんので何かあれば私へと連絡をください」
「良いの、ですか?」
「綾人さんに持たせておいてくれと言われましたので。お預かりして渡したまでです」
驚きに言葉が出ずに沢村弁護士を見るしか出来ずに瞬きを繰り返す中
「ですが、手紙を書くようでしたらお預かりします。
中身は検分させていただきます。それだけの事を貴方はしたのでそこはご理解下さい」
「いえ、当然でしょう」
今も流れる動画の息子は顔こそ見えないけどその楽しそうな声に目を細めてしまう。
かつてこうやって弾むような笑い声を俺に向けていた時、純粋なまでの笑顔を向けられて愛しいと抱きしめた時があった。
いつから距離を置くようになったかなんて、綾人の異常さを知った時から全部が偽りに彩られた世界に見えた時だろうか。いや、俺が受け止めれなかった臆病者だっただけの話し。だけど今まで誰にも話してない綾人の幼い頃の話を聞いてもらいたくて動画の中で一生懸命に畑を耕して顔を出した虫に叫び声を上げる息子を眺めながら
「綾人が幼稚園行く前だったから三歳だったころです」
突如始まった昔話。
ふと小首かしげる様気配は背後の所長から。だけど構わずに誰かに聞いてもらいたかったと言う様に口を開ける。
「何かのドラマを見ていました。タイトルは忘れましたが刑事ドラマだったと思います。幼い兄弟が少し異能な力を持ってまして、数字の0と1でモナリザの絵をかいていたのですよ。天才的なギフテッドな子供達の話しだったと思います。俺には縁がないのでドラマとは言えこんな子供もいるのかと思って絵本を読んでいた綾人もいる部屋でテレビを見てました。
それから数日後、仕事から帰った俺に妻が顔を真っ青にして一枚の絵を見せてくれました。
それは部屋にかけていた保険会社がくれたカレンダーの絵でした。
だけどそれは不器用でたどたどしく0と1で描かれていて
『綾人が、あの子がこんなの描いていたの!』
妻の悲鳴とは別に綾人はつまらなさそうにドラマを見てあれぐらい出来るって言って書いたそうです。その時ギフテッドに対する俺達の知識が少しでもあれば俺達はもっと違う形だったと思います。
妻は綾人に怯えて距離を取る様になり、俺は俺の子供がこんな非凡なわけないと妻を疑い家に帰らなくなりました。その間綾人は一人ぼっちで、その事を俺は気づかず、いや気付いていたのでしょう、目を反らして自分の子供ならもっと凡庸などこにでもいる子だと綾人を全否定してました。
妻は絵をかく道具を取り上げ、代わりに本を与えて読ませる事で親子の会話の期会を奪いました。綾人の孤独は進み、俺は不倫相手の子供の子供らしい姿にこれが俺の子供だと理想を押し付け目を反らしていました」
俺が語らう横では動画は山の手入れの様子に変り、運悪く栗の木から降ってくる栗の実が当たって絶叫していた所だった。横では坂下の商店の子が大笑いしながらも慰める様子を眺めながらその辺の子供と何ら変わらない子供だと言うのを改めて思い知らされて愕然するも、身勝手な俺はそんな綾人の様子をバカだなぁヘルメット位被れと思わず笑みを浮かべてしまう。そんな権利なんてないのに、綾人の生活はどれもこれも俺もよく知っている物だけに懐かしさがこみ上げて来て涙が浮かんでしまった。
静かな部屋に綾人の叫び声が響く中
「私も綾人君の非凡ぶりには驚かされました。
父に紹介してもらったのですが、六法全書を全部暗記してあなたがした事の罪に似たケースの裁判の記録をネットで拾い集めれるだけ集めて貴方を確実に刑務所に送る為に調べまくったそうです。
私も父もそんな法律の使い方をする綾人君に説教をしましたが、彼は全く反省してませんでした。世の中知らない物はない、悪い事した覚えはない、吉野さんが綾人君を恐れる気持ちはわからないでもないです。ですが、貴方が親なら綾人君を教育する事を諦めてはいけなかったのです」
出されたお茶は冷え切っていたけど、一口唇を湿らせた沢村はまっすぐ正面から射抜くように俺を見て
「綾人君は今でも親の愛情を求めています。永遠に親の愛情が手に入らないと思って寂しい思いをしています。どれだけ沢山の人に愛情を与えられても本当に欲しいのはたった二人からの愛情です。
お母様、そしてお父様からの親としての愛情今も狂いそうなくらい求めています。そして得られない事を理解してその寂しさを誤魔化すように自分が親ならばこうしてあげたいと言わんばかりに人に手を差し伸べます。
見返り?そんなのは求めていません。だって人に手を差し伸べる事で相手は綾人君を見てくれます。綾人君にとって愛情とは自分を見てくれる事だと俺は思ってます」
綾人から逃げた結果、より取り見取りの夢を手に入れられる子供をこんなにも寂しい思いを抱える事になるとは、ギフテッドと言う言葉を知った時にやりなおせていたら。
そんなタラレバな話のレベルはもうとうに過ぎ去った物。
なんて残酷な事をして来たのかと流れる涙を袖で拭いながら
「スマホの事、そして病院の手配の感謝の手紙を書いたら届けてもらえますか?」
「まずは入院してからです。まだ外を歩ける位の体力があるうちに必要な物を買ったり、もし何か必要なものがあれば手助けする様に言われてますので連絡をしてください」
「ご迷惑をおかけします。短い間になりますがどうぞよろしくお願いします」
テーブルに頭が付きそうなくらい下げて感謝の言葉を述べる。
「さあ吉野さん。退出の手続きをしましょ。
書類にサインを書いてもらいたいので書類を準備する間に部屋の荷物を片付けてください。そしてまたこの部屋に戻ってきてください」
そんな所長の指示に
「では私もお手伝いします。何かあってはいけないので」
そんな大げさなと思うも
「今日はお疲れでしょう。貧血も進んでいるようだし無理はしないでください」
何て困ったかのような顔。だけど俺に気を使うなと言う様に
「弁護士さんも大変ですね。俺なんかに気を遣わなくてはいけないなんて」
言うもこの手の嫌味は慣れているかのようにニヤリと笑い
「綾人さんにはあなたに関する事で年単位の契約をさせていただいてます。
契約をしてからまともにこれと言った仕事がないのにがっぽりと稼がしていただいてますのでこれぐらい大した事じゃないですよ」
確か弁護士は十五分五千円ぐらいの仕事だっただろうか。
「綾人はそんな無駄遣いできる位稼いでいるのか?!」
どうすればそんな事が出来ると思うも
「何を言ってるんです。綾人君はフランスで城を買うほどの資産をお持ちですよ?
そうそう、その経緯は今年の八月辺りの動画にあるので是非見てください。
綾人君に似た子供を全力で助ける為にフランス語を勉強してその子の居場所を作る為に全力で奔走して、きっとこう言う風に守られたかったのでしょう。
絶対見てください」
そう言って沢村はまだ入所してすぐの小さな何もない惨状の部屋の荷物をナイロン製のバックに詰めるのを手伝って忘れ物がないか点検した後、書類を一緒に確認しながら短くもお世話になった場所に丁寧にあいさつをして治療不可の体を抱えて最期を迎える為の病院へと足を向けるのだった。
そして深山の雪深い季節、沢村から一本の電話が入り綾人は急ぎ足で東京に向かった。
「ああ、夢のようだ。最後に綾人に会えるなんて……」
「……」
「やはり自慢の息子だ。どんなに嫌われても構わない。それでも最後の願いを叶えてくれた心優しい子なんだ」
「オヤジ……」
どこまで勝手なんだと言いたかったがそんな言葉が出せずただ眺めていた。
「見てくれ親父、お袋。
綾人はちゃんと会いに来てくれたぞ。こんな俺の、俺の自慢の息子なんだ!」
宙に向かって語る我が子自慢。呂律は怪しく何を見てるかなんて誰の目にもわからなく……
その日の夜、綾人を一人ぼっちにしないようにと連絡を受けて駆け付けた飯田が見守る中、綾人の手を握りしめたまま息を引き取った父親の手を看護士が離してくれるまで握り返し続けた奇しくも祖母弥生の亡くなった日と同じ日の出来事だった。
かつて愛そうとした女性の姿、そして拒絶する息子。そしてその息子を守ろうとする人達。
もう居場所がないと言うくらいの異分子であることを認めざるを得ないくらいに俺は罪人だった。
だけどそれを一つ一つ認めて受け入れなくてはならなくて、重い足取りと疲れ切った心は俺を追いつめて行く。
朝一番の電車に乗って一年ぶりの再会だと言うのに会話をする言葉が見つからなくて、それが後悔としてのしかかる。
話しをしなければいけない事もある。
話しておかなければならない事もある。
きっと迷惑をかけるだろうから、せめてあの子にこれ以上の迷惑をかけないようにと思ったのに、久しぶりにじっくりと見た横顔は俺を拒絶していて語りかける事が出来なかった。
話が出来なかった。
今厄介になってる人にお金を借りてまで墓参りに帰ったのに、奇跡的にも会えたと言うのに何一つ家族としての会話が無かった、それだけが後悔だった。
いや、家族を捨てたのは俺の方か。
そっと自嘲する合間に刑務所を出るのに保証人が必要なのに保証人所か行き場のない人間を預かる施設へと戻ってきた。
三畳ほどの小さな部屋で仕事を見つける住所も貸してもらえる『家』へと一つだけ買った土産の袋を手に戻れば立派な車が止まっていた。
警察官の人が来たのかとすっかり怯えるには十分な体験をした俺は鞄を抱きしめながら、それでも約束を守る為に緊張しながら『ただいま戻りました』と声をかけて所長に挨拶をすれば
「ああ、吉野さん良かった。お客様ですよ」
こちらへどうぞと面会室へと案内された。
「お客様?
ああ、これ故郷の土産です。食事の時皆さんに」
今六人の出所した人と同居している。ほぼ日雇いの仕事をしていて、でも安心したように笑う同居人達のようになれるのかと思いながらも今の所変な事もされてないし、それどころかこの暮らしに慣れない俺に親切にしてくれるとても俺と同じ犯罪者には思えなかった。
とりあえず俺は帰って来たままの荷物を持った姿で面会室へと向かえば、俺と同じぐらいの、いや、俺より少し若い身なりの良い男が居た。
「お久しぶりです」
「ええと、沢村さんでしたね。ご無沙汰してます」
確か綾人の代理人の弁護士だったか。
俺を捕まえに来た時警察と共にいて、そして裁判の間も綾人の代理人として名乗っていた。
当時は腹立たしく睨みつけていたが、こうやって化けの皮を剥がされた俺にはそんな風に喧嘩を売る気力すらもうない完全な負け犬だ。
「今回は何の御用で」
まさか墓参りに言った事で何か綾人を怒らせたのか、いや、俺が綾人の前に立つ事自体暴力なのだろうと気づき、また刑務所に入れられるのではと最悪な考えだけが思考を駆け巡り、ざぁぁ……と血の気の引く音が聞こえてきた。
「今日はお迎えに参りました」
嫌な汗がだらだらと流れる。どこに連れて行く気だろうかとめまいを覚えて逃げようと思うも背後には所長が扉の前に立っていた。逃げる事も出来ない、そして、広い机は一息に飛びかかれるものでもなく、人質として逃げる事も出来ないと妙な部分が一生懸命逃げる事を模索する中
「先ほど綾人君から連絡を頂いて、緩和ケアの病院へと入院の手続きをさせていただきました」
「は?」
何を言ってると言うように顔を上げれば、困ったかのような顔で俺を見ていた。
「私の方から綾人君には貴方が末期癌で治療が困難な事、回復の見込みがない事から予定より早く出所した事をお伝えしました。
その上であなたが一度でも祖父母に頭を下げに来るなら連絡をくださいと依頼を受けていました」
「いや、だって、だから病院って……」
「これ以上あなたが迷惑かけないように監視する為だとおっしゃってました。
ただ治療はしないそうです。それは自分が働いて保険をかけてまで生きる努力をする人の権利だそうなので。
なんだかんだ言いながらも綾人君は沢山の人に助けられて沢山の優しさを頂いた方なのであなたを見捨てる事が出来なかったのでしょう。
入院に関しての費用は綾人さんが持っていただけるそうです。
お見舞いにはいかないので先ほど渡した物で身の回りの準備をそろえて入院してくださいとおっしゃってました」
信じられない言葉に俺は言葉を失っていれば
「綾人さんのここ数年何をしていたか知ってます?」
聞かれても何をしてるかなんて知るはずもなく
「高校卒業して進学も就職もしないで山に籠ってるぐらいしか……」
綾人は何をしているのかそれすらも知ろうとしなかった俺は戸惑うように視線を彷徨わせてしまう中男はスマホを取り出して俺へと画面を向けて
「面白い事してますよ?
深山の山奥からその生活ぶりを動画で配信してます。
お友達と一緒に色んな事をチャレンジしてまして、成長がよくわかります」
どうぞと言いながら見せてくれた画面には綾人と先ほどあった坂下の商店の子供の声が聞こえたが
「この顔はなんだ……」
「素顔を出す事が怖くってフィルターをかぶせたそうです。これ綾人君の自作のプログラムで中々に優秀なんですよ」
にこにこと説明してくれるけどそれこそ何なんだと聞いてしまう俺の方が無知なのかと思う中
「このスマホは私との連絡用なので持っておいてください。
綾人君の連絡先は入れてないし、あの家の電話は既に通じませんので何かあれば私へと連絡をください」
「良いの、ですか?」
「綾人さんに持たせておいてくれと言われましたので。お預かりして渡したまでです」
驚きに言葉が出ずに沢村弁護士を見るしか出来ずに瞬きを繰り返す中
「ですが、手紙を書くようでしたらお預かりします。
中身は検分させていただきます。それだけの事を貴方はしたのでそこはご理解下さい」
「いえ、当然でしょう」
今も流れる動画の息子は顔こそ見えないけどその楽しそうな声に目を細めてしまう。
かつてこうやって弾むような笑い声を俺に向けていた時、純粋なまでの笑顔を向けられて愛しいと抱きしめた時があった。
いつから距離を置くようになったかなんて、綾人の異常さを知った時から全部が偽りに彩られた世界に見えた時だろうか。いや、俺が受け止めれなかった臆病者だっただけの話し。だけど今まで誰にも話してない綾人の幼い頃の話を聞いてもらいたくて動画の中で一生懸命に畑を耕して顔を出した虫に叫び声を上げる息子を眺めながら
「綾人が幼稚園行く前だったから三歳だったころです」
突如始まった昔話。
ふと小首かしげる様気配は背後の所長から。だけど構わずに誰かに聞いてもらいたかったと言う様に口を開ける。
「何かのドラマを見ていました。タイトルは忘れましたが刑事ドラマだったと思います。幼い兄弟が少し異能な力を持ってまして、数字の0と1でモナリザの絵をかいていたのですよ。天才的なギフテッドな子供達の話しだったと思います。俺には縁がないのでドラマとは言えこんな子供もいるのかと思って絵本を読んでいた綾人もいる部屋でテレビを見てました。
それから数日後、仕事から帰った俺に妻が顔を真っ青にして一枚の絵を見せてくれました。
それは部屋にかけていた保険会社がくれたカレンダーの絵でした。
だけどそれは不器用でたどたどしく0と1で描かれていて
『綾人が、あの子がこんなの描いていたの!』
妻の悲鳴とは別に綾人はつまらなさそうにドラマを見てあれぐらい出来るって言って書いたそうです。その時ギフテッドに対する俺達の知識が少しでもあれば俺達はもっと違う形だったと思います。
妻は綾人に怯えて距離を取る様になり、俺は俺の子供がこんな非凡なわけないと妻を疑い家に帰らなくなりました。その間綾人は一人ぼっちで、その事を俺は気づかず、いや気付いていたのでしょう、目を反らして自分の子供ならもっと凡庸などこにでもいる子だと綾人を全否定してました。
妻は絵をかく道具を取り上げ、代わりに本を与えて読ませる事で親子の会話の期会を奪いました。綾人の孤独は進み、俺は不倫相手の子供の子供らしい姿にこれが俺の子供だと理想を押し付け目を反らしていました」
俺が語らう横では動画は山の手入れの様子に変り、運悪く栗の木から降ってくる栗の実が当たって絶叫していた所だった。横では坂下の商店の子が大笑いしながらも慰める様子を眺めながらその辺の子供と何ら変わらない子供だと言うのを改めて思い知らされて愕然するも、身勝手な俺はそんな綾人の様子をバカだなぁヘルメット位被れと思わず笑みを浮かべてしまう。そんな権利なんてないのに、綾人の生活はどれもこれも俺もよく知っている物だけに懐かしさがこみ上げて来て涙が浮かんでしまった。
静かな部屋に綾人の叫び声が響く中
「私も綾人君の非凡ぶりには驚かされました。
父に紹介してもらったのですが、六法全書を全部暗記してあなたがした事の罪に似たケースの裁判の記録をネットで拾い集めれるだけ集めて貴方を確実に刑務所に送る為に調べまくったそうです。
私も父もそんな法律の使い方をする綾人君に説教をしましたが、彼は全く反省してませんでした。世の中知らない物はない、悪い事した覚えはない、吉野さんが綾人君を恐れる気持ちはわからないでもないです。ですが、貴方が親なら綾人君を教育する事を諦めてはいけなかったのです」
出されたお茶は冷え切っていたけど、一口唇を湿らせた沢村はまっすぐ正面から射抜くように俺を見て
「綾人君は今でも親の愛情を求めています。永遠に親の愛情が手に入らないと思って寂しい思いをしています。どれだけ沢山の人に愛情を与えられても本当に欲しいのはたった二人からの愛情です。
お母様、そしてお父様からの親としての愛情今も狂いそうなくらい求めています。そして得られない事を理解してその寂しさを誤魔化すように自分が親ならばこうしてあげたいと言わんばかりに人に手を差し伸べます。
見返り?そんなのは求めていません。だって人に手を差し伸べる事で相手は綾人君を見てくれます。綾人君にとって愛情とは自分を見てくれる事だと俺は思ってます」
綾人から逃げた結果、より取り見取りの夢を手に入れられる子供をこんなにも寂しい思いを抱える事になるとは、ギフテッドと言う言葉を知った時にやりなおせていたら。
そんなタラレバな話のレベルはもうとうに過ぎ去った物。
なんて残酷な事をして来たのかと流れる涙を袖で拭いながら
「スマホの事、そして病院の手配の感謝の手紙を書いたら届けてもらえますか?」
「まずは入院してからです。まだ外を歩ける位の体力があるうちに必要な物を買ったり、もし何か必要なものがあれば手助けする様に言われてますので連絡をしてください」
「ご迷惑をおかけします。短い間になりますがどうぞよろしくお願いします」
テーブルに頭が付きそうなくらい下げて感謝の言葉を述べる。
「さあ吉野さん。退出の手続きをしましょ。
書類にサインを書いてもらいたいので書類を準備する間に部屋の荷物を片付けてください。そしてまたこの部屋に戻ってきてください」
そんな所長の指示に
「では私もお手伝いします。何かあってはいけないので」
そんな大げさなと思うも
「今日はお疲れでしょう。貧血も進んでいるようだし無理はしないでください」
何て困ったかのような顔。だけど俺に気を使うなと言う様に
「弁護士さんも大変ですね。俺なんかに気を遣わなくてはいけないなんて」
言うもこの手の嫌味は慣れているかのようにニヤリと笑い
「綾人さんにはあなたに関する事で年単位の契約をさせていただいてます。
契約をしてからまともにこれと言った仕事がないのにがっぽりと稼がしていただいてますのでこれぐらい大した事じゃないですよ」
確か弁護士は十五分五千円ぐらいの仕事だっただろうか。
「綾人はそんな無駄遣いできる位稼いでいるのか?!」
どうすればそんな事が出来ると思うも
「何を言ってるんです。綾人君はフランスで城を買うほどの資産をお持ちですよ?
そうそう、その経緯は今年の八月辺りの動画にあるので是非見てください。
綾人君に似た子供を全力で助ける為にフランス語を勉強してその子の居場所を作る為に全力で奔走して、きっとこう言う風に守られたかったのでしょう。
絶対見てください」
そう言って沢村はまだ入所してすぐの小さな何もない惨状の部屋の荷物をナイロン製のバックに詰めるのを手伝って忘れ物がないか点検した後、書類を一緒に確認しながら短くもお世話になった場所に丁寧にあいさつをして治療不可の体を抱えて最期を迎える為の病院へと足を向けるのだった。
そして深山の雪深い季節、沢村から一本の電話が入り綾人は急ぎ足で東京に向かった。
「ああ、夢のようだ。最後に綾人に会えるなんて……」
「……」
「やはり自慢の息子だ。どんなに嫌われても構わない。それでも最後の願いを叶えてくれた心優しい子なんだ」
「オヤジ……」
どこまで勝手なんだと言いたかったがそんな言葉が出せずただ眺めていた。
「見てくれ親父、お袋。
綾人はちゃんと会いに来てくれたぞ。こんな俺の、俺の自慢の息子なんだ!」
宙に向かって語る我が子自慢。呂律は怪しく何を見てるかなんて誰の目にもわからなく……
その日の夜、綾人を一人ぼっちにしないようにと連絡を受けて駆け付けた飯田が見守る中、綾人の手を握りしめたまま息を引き取った父親の手を看護士が離してくれるまで握り返し続けた奇しくも祖母弥生の亡くなった日と同じ日の出来事だった。
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