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戦う為に 5

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 人生は山と谷しかない、そんな持論は先生だったか。
 何もない時は既に谷の入り口だとか言ってた覚えがあるが確かにその持論は頷くしかないだろ。
 先日ジョルジュの訃報が世界を駆け巡った。
 だけど不思議と悲しみは起きなかった。いや、悲しくないわけじゃない。
 既に済ませた別れの挨拶と重ねた手の温もりは今も強く記憶に残っている。
 血のつながりのない子供を引き取るまでに与えられなかった時間の分の愛情を注ぐ様に言葉でも形でもない物を与え続ける愛情はとても眩しくて、羨ましくて。
 だけどそれは確かに俺もジイちゃんとバアちゃんから与えられた物でもある。
 深い付き合いはしてないが、それでも濃厚な時間を過ごした彼への純粋な別れにそっと涙を落して一人静かに過ごす、それが俺の喪の服し方。
 世間をにぎわす情報で忍んで数日後。
 圭斗達と草刈りに励んで体を鍛え、先生の我が儘に振り回されながらもふざけ合って笑いあい、飯田さんのご飯で身体の内側から癒して貰った今、俺は駅の改札口の前で仁王立ちしてあまり人の少ない時間帯の電車から降りてきた男と対面をする。
「よお、よくまたこの地に足を運べたな」
「綾人、なんで……」
 小さな安いナイロン製のボストンバックを持つ男は最後に記憶した姿からごっそりと痩せ細って会わなかった間の生活の厳しさをうかがい知る事が出来た。
 そして合えば真っ先に罵倒してくる性格だった男はくぼんだ目をぎょろぎょろと周囲を巡らして逃げる先を探すあたり、不当なまでの怖い思いをして来たのだろうと予測しては鼻で笑う。因果応報だと。
「弁護士経由で連絡が来たんだよ。
 あんたが居る所の所長から墓参りにこっちに来るって。
 買ってもらった電車のチケットの時間を聞いたから時刻表を見て待ってただけだ」
 なんせそんなにしょっちゅう電車が止まらない場所。東京の数分おきの発着時間を考えれば想定するのはとても容易い。
 歯を食いしばり、握り拳を作るも今はもう俺を罵倒するだけの力がないのか「そうか」と小さくつぶやいて俺の目の前から逃げようとする男に
「寺まで送る。
 知ってるか?前の住職は去年の今頃無くなって新しい住職に代わったんだ」
「いや、知らなかった」
「叔父さん達から何も聞いてないの?」
「あいつらとはお袋の葬式以来会ってない」
「死の間際に息子の名前を呼んでいたのに兄弟そろって不義理だなぁ」
 くっと息をのむ男が睨みつけてくるも俺はただこの自己中な男を見下ろすだけ。
 ああ、いつの間にこんなに小さくなったのだろうか。
 いつも見上げていた覚えしかないが肉体的にも精神的にも全部が全部小さくなった男を憐れみながら車へと案内する。
 少しだけ躊躇う男の背後で幸田さんがスマホを取り出して何やら連絡を取り合っていたが、本日皆様お出かけをしている。圭斗達と長谷川さん達も電波の届かない山の奥に居るし、長沢さんも今日は内田さんと仕事に出掛けている。飯田さんは東京だし、先生も学校に居る。宮下の人達が駆けつけて来るにはまだまだ時間はいるし、猟友会の自由人が来るとしても時間はかかるだろう。
 まあ沢村さん達は何かあればすぐ行くと言うように待機してくれているが、連絡を入れないと動けないし、幸田さんのおかげでこの情報は伝わって今晩当たり怒られるのだろうと覚悟は決めてある。
 寧ろ今は邪魔されたくない、だからこそのこの配置だ。
 細い道路の町中を潜り抜けてあまり広くない寺の駐車場に止めれば
「少し買い物をする」
 何をと聞きたかったが寺の前の小さな雑貨屋でお線香と一番安い花を買った。
 財布から小銭を寄せ集める姿を情けないとは思わないが記憶の限り小銭なんてあまり持ち合わせなかった男の人間臭い姿は不思議とまたひとつ小さく見せた。
「待たせた」
「いや、あんたでも花を買うんだなって」
 初めて見た姿に眉間を狭めてしまう。
「手ぶらでは会いに行けん。最低限の礼儀だ」
 むっとしたように言い返されて俺を置いて行くように歩いて境内を潜る。礼儀なんて知ってたんだなと感心しながら背中を追いかける様にしてついて行く。足取りは確かで迷いなく進んでいく。参道から外れた墓地の区画。吉野の墓は古くからあるので入口から近く、そして本堂にも近い。
 黙ったまま手桶に水を汲んで柄杓を使って置いてあった雑巾を借りて墓を綺麗に拭う。
 意外と丁寧に掃除をするんだなと俺は雑草を抜きながら先週俺が供えた少し枯れかけた花を見て少しためらいながらも処分して先ほど買った花を供える。それからライターでお線香に火をつけて…… 中々上手く付かなかったけど苦戦した後にやっとゆらりと煙を上げた。その内の半分を俺に渡し
「お前も手を合わすのだろ」
「お気づかいありがとう」
 物凄く嫌味っぽく言ってしまえばふんと鼻を鳴らすのだった。
 先に俺が手を合わせさせてもらい、あいつが来た。しんどいから今度改めて手を合わせに来るからまた今度と念じてすぐに墓の前を譲る。
 片膝をついてじっと墓を見上げてから少しだけ短くなったお線香を供えそっと手を合わせる。
 目を瞑り長い事手を合わせていた。ピクリとも動かない姿を後ろからずっと眺めていて、今更何を語らう言葉があるのだろうかと思うも、それでもバアちゃんの事だからやっと会いに来た息子に嬉しそうに笑みを零しているのだろう、そんな想像をして視線を逸らせた。
 やがてゆっくりと手を離したものの、そのまま墓を見上げ
「親父、お袋。本当に情けない息子で済まない。見栄ばかり気にして大切なものを一切見なかった。いや、大切なものにも気が付かなかった。
 親父の後釜が嫌で、こんな田舎が嫌で、田舎臭い自分が嫌で、それを誤魔化す事ばかり考えていた。
 俺の事を心配してくれて嫁を探して来てくれたのに大切にも出来ず、孫を連れて帰るのが長男の務めで親孝行だと言う様に子供を作り、それで義理を果たせたと親父達の心配を仕事として考えていた」
 初めて聞いた本音。だけどもう今更な言葉は怒りにも変化しないくらい俺の琴線にかすりもしない。
「吉野の名を貶めるまでの犯罪者になった。
 俺は所詮自分可愛さに見栄を張るだけのしょうもない男だった。
 子を育てれず、家庭も築けず、家族も散り散りになってしまった」
 ぐすりと鼻をすする音が聞こえるが俺の心の中はだから何だと言うように凪いでいた。一年前の俺はなんなんだと言うくらいフラットだ。
「今厄介になってる人に言われた。人は何度でもやり直す事が出来ると。
 ただ罰としてかなり厳しい人生になるだろうが、それはそれに至った罪の深さだと」
  そっと手を伸ばして墓石に手をついて幼子が親に縋る様に
「今日はもう一度やり直す為の決心を聞いてもらいたかった。
 今いる所からここは遠いからしょっちゅうは会いに来れないから。来れないけど親父とお袋の事を忘れた日はないから……」
 うわああああああ……
 今更何を思って泣いてるのだろうかと思いながらも一切関心がないと言う様に
「親父!お袋!本当にすまないっ!!!全部俺のせいなんだっ!!!
 ごめんなさいっ!!!」
 何度も繰り返す言葉は涙にまみれた鳴き声と共に謝罪する後ろ姿を他に誰が悪いと言う様に眺めていた。






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