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短期滞在の過ごしかた 8

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 演奏会はまだ続いていてその間の控室はとても静かだった。
 ゆったりとしたソファに座るジョルジュをかいがいしく世話をするオリヴィエ。
 デューリーの案内でノックして入った室内はとてもさっきの演奏が嘘のようなほど穏やかな時間が過ぎていた。
 そんなオリヴィエは俺を見たとたんに破顔して
「来るなら来るって言ってよ!人気マエストロのコンサートなんだからチケット取るの大変だっただろ?!」
 言いながらも俺達にコーヒーを淹れようとした所で飯田さんが鞄から取り出した持参したコーヒー豆をこの場でミルで挽いて淹れだすと言う、思わずそれいつも持ち歩いてるのですかと聞きたかったけど誰もがそっと視線を外してジョルジュを中心に奥様のカーラを隣に座らせる。
「もう、貴方のバイオリンが聞けないと思ってたから」 
 ハンカチで目元を押さえて寄りそう姿は彼女こそジョルジュの一番のファンなのだろう。優しく肩をさする姿を黙って見守れば
「もう一度ステージに立てた事を本当に感謝するわ」
 カーラの両手で手を包まれての感謝。そしてオリヴィエにも手を伸ばして抱き寄せる。
「あなたは立派なジョルジュの後継者だわ。
 悔しくて認めれなかったけど……
 いつの間にこんな立派なバイオリン奏者に育ったのかしら。自慢の息子よ」
 何度も頭を撫でる大きな掌にいつの間にかオリヴィエもカーラを抱きしめて、あまりほめられる事のなかった子供は戸惑うような視線を彷徨わせて、観念したかのようにカーラの方におでこを押し付けていた。
「さあ、みなさんお疲れでしょう。
 コーヒーで身体を温めてください」
 これ以上涙を流すと化粧が崩れますよと言う様にこの空気に城で作っていたクッキーまで取り出しながら口を挟める飯田さんに少しだけ尊敬してしまえば、それは三人も同じようで
「ええ、頂くわ。エアコンのせいで喉が渇いわ」
 よっぽど照れてしまったのかカーラが真っ先に手を伸ばせばジョルジュも香りを楽しんだ後ゆっくりと口につけて、俺だけが緑茶だった。まあ、そっちの方が俺は嬉しいけどなんか寂しくない?なもやもやを抱えながらも口を付ける。
「綾人来てくれてありがとう。
 だけど演奏はまだ続いているけどいいの?ボックス席だなんて簡単に手に入れられないのに」
 火傷しないようにそっと口を付けるオリヴィエの髪はぐしゃぐしゃだけどとりあえず喉が渇いたと言う様にコーヒーを優先していた。
「まぁ、オリヴィエの演奏が聴けたから俺は満足だよ。
 それよりもベルナールとクロードが居て驚いたよ」
「うん、彼らはドイツの人だから。ドイツの演奏会には積極的に参加する様に頑張ってたから」
 つまり色んな団体に所属していると言う事だろうか。
 アグレッシブだなと感心しながら
「オリヴィエはほとんどソロだよね?」
 聞けばジョルジュが苦笑して
「あれだけ個性的で派手な演奏だとオーケストラと言う枠には納まりきれない。単独演奏こそオリヴィエの魅力が伝わると言う物だ」
「まぁ、協調性のない所なんかがそうだよね」
「酷い!綾人だけには言われたくない!」
 そんなショックを受けた顔に協調性のなさをずっと言われてきただけに俺は欠片もダメージを受けずに笑ってしまえば当然のように飯田さんも盛大に頷いていた。
「それにしてもあんなにも時間を貰って大丈夫だったかな」
 指揮者の人に怒られないだろうかと思うと心配だよね」
 何て俺の心配を無視する様にディーリーが
「ああ、それなら大丈夫だよ。
 アヤトがひょっとしたらジョルジュが飛び入りになったら面白いなって言っていたのを運営のお偉いさんに今日あのエヴラールがオリヴィエの演奏を聴きに来ていると一言ぽそって情報を流しておいたら今日は一曲分の時間を減らして時間を誤魔化してくれてたから。
 曲が減っても給料は変らないし、ジョルジュに演奏を頼めば何万、何十万ユーロが必要になるからな。無償で演奏が聞けるとなれば分の悪い賭けでも乗る物だよ。
 もちろんみんなには内緒で事を進めたから、驚かす事が出来て良かった」
 何て事のないと言う様に放たれた言葉に俺も気付かなくてぽかんとしてしまう。
 営利まみれとは言え後腐れもなく寧ろ柔軟に対応した主催者の勇気と言うか俺達の感動もそう言った物の中にまみれてしまったのかと思うも
「こう行った根回しこそ我々の仕事だよ。演奏者には気持ちよく演奏してもらい、お客様にはありきたりな感動でなく特別な二度とないスペシャルなサプライズを楽しんでもらえればそれこそ最高だ」
 と、これぐらい当然と言う様に言った言葉にコーヒーとクッキーを楽しむオリヴィエが所属する事務所所長の元秘書の彼が一番の営業上手な策士かと覚えた所で控えめなノックの音。
「オリヴィエ、今良いかい?」
「どうぞ。もう大丈夫です」
 誰だと思えば主催者の人だよと俺達に紹介をしてくれて、飯田さんのコーヒーミルがまた活躍するのをそっと気付かないように疑問を浮かべる主催者の人とあいさつを交わすのだった。



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