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短期滞在の過ごしかた 7

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 オリヴィエの悲鳴のような驚きの声に振り返った指揮者やバイオリン奏者の人達が驚くだけでは収まらず、車いすから立ち上がったジョルジュはそのまま花束をオリヴィエに渡し、驚きのままなんでここにジョルジュがと言いたげな視線がすぐに俺を捕まえて、何かいろいろと飲み込むように納得するのだった。
 もちろん俺もマイヤーの所で知り合った人たちと目が合えば手を振って挨拶。振り返された手ににこにことジイちゃんバアちゃんイチコロのスマイルを振りまく横で、オリヴィエは感極まって膝をついてジョルジュに手を伸ばして舞台の上からその頭を抱きしめていた。
 ジョルジュもあやすように伸ばされた手が何度も背中を叩いている様子に何か眩しい物を見るような瞳で指揮者が手を叩けばそれは広がって会場からの春の優し雨のように二人に降り注いでいた。 
 俺もきっとオリヴィエにとって二度と忘れられないコンサートとなっただろうとかなり無理なスケジュールでもイギリスからフランス経由で来たかいがあったと拍手を送っていればいつまで続くか判らないこの温かな光景をそこは指揮者が仕切ってくれる。
 二人に何か囁く言葉に驚くジョルジュだったが指揮者が上がって来いと言うように腕を振り上げる。
 驚くオリヴィエとジョルジュだったが、タクトを握り指示を出すその動作に楽団の人達はアンコールを促す、ではない物のジョルジュにリクエストする様に熱を込める。
「ああ、仕方がないなぁ」
 呟くジョルジュの言葉には決意が聞き取れた。
「少し行ってくる」
 そう俺に一言残して舞台のそでから舞台に上がればオリヴィエが迎えに来てくれた。
 すぐにスタッフがジョルジュの為に椅子を持って来てくれて座らせてくれる。車いす効果からの気遣い、さすがだと俺も壁際まで下がってその様子を見守った。
 指揮者が何やらマイクを持って来てくれて挨拶を一言と促してくれた。
 だけどそこは往年の演奏家。すぐにマイクを受けとり
「お久しぶりです、ジョルジュ・エヴラールです」
 それだけで歓迎する様に拍手が沸き上がり、すぐに指揮者がお客様に向かって静かにと言う指示を出せばさざ波のような苦笑が広がりながらも拍手は収まる。
「夏に体調を崩してから大人しく家で引っ込んでいたけど最近は体調も良く久しぶりに遠出をしてみようと本日は弟子のステージをこっそりと覗きに来たつもりだったはずなんだが」
 言葉を濁せばステージのどこからか「全然こっそりじゃないぞ!」なんてヤジが飛ぶ。ジョルジュはその声で誰か察したと言う様に恥ずかしそうな顔を隠さずに宙を殴るふりをして黙れと言う。
 なんというか、ジョルジュ・エヴラールと言うストイックな演奏家からはとても想像の付かない姿に突然姿を現して緊張させた空気を一瞬で霧散させたのだった。
 もっとも俺達がジョルジュの総てを知るわけではなく、寧ろこの舞台に居る人達の方が本来の姿をよく知っているのだろうと理解すればこの流れを見守る方が楽しめると言う物。この中の大多数の一人と言う観客に徹し用途ステージを見守る。
「オリヴィエのステージを見にきたつもりだったが、本日の指揮者の顔をどこかで見たと思えばイタリアで初ステージを踏んだ時はまだガチガチだった小僧だったな。少し会わない間に随分とふけたな」
 どこか子憎たらしい口調だが、指揮者は覚えてくれていた事に感動し、でも当時の未熟だった過去に恥ずかしそうに顔を手で仰ぎながらもジョルジュと握手を交わして拍手をまた貰う。だけどそこで何やら二人は会話をし、その声が聞こえる周囲は色めき立つようにざわついて、第一バイオリンのコンサートマスターがバイオリンをジョルジュに差し出そうとした所で、オリヴィエが自分のバイオリンをジョルジュに渡し、代わりにそのバイオリンを借り受けるのだった。
「しかも随分とずうずうしくなって折角ステージに上がったのなら一曲弾いて行けと言う。
 だが先ほど言われたのだが主役は最後に登場するらしい。
 覚悟しろ、登場した以上期待は裏切らないつもりだ」 
 わぁ!
 そんな歓喜と拍手に包まれるホールにジョルジュとオリヴィエは調律をしながらその波が引くのを待つ。
「折角の小僧のステージに乱入したのだから何か思い出になる曲と思うもきっと皆さん耳が肥えているから何を聞いても面白くないだろう」
 ここは面白さを求める物なのかと思うも背後に並ぶ演奏者の人達は何故かうんうんと頷いていた。どうやらそう言う物らしい。
「ならばここは私がオリヴィエを弟子にして以来毎日課題にしている練習曲を折角だから披露したいと思う。
 これは大学時代からの友人でもあるマイヤー・ランドルートに作らせたバイオリンの技術を詰めこませた、曲と言うには疑問の残る通称マイヤーの練習曲と私達の中では呼んでいる」
 山奥の鳥小屋の二階から何時も響いていた曲の謂れをへーっと聞く。
「指の運動とするには十分すぎる意地の悪い曲だが、それでも私とて今でも弾くぐらいに馴染みある曲をお聞きください」
 そう言ってマイクを指揮者に返せばオリヴィエはマイヤーに向かって立つように位置どってバイオリンを構えて、誰が合図するわけでもなく弓をしょっぱなから力いっぱい引くと言う、練習曲と言うには荒々しく激しく音の嵐と言うようなテクニックとスピードが狂ったかのような幅の広い音域に息を飲んでしまう。
 指の運動と言ったがそんな物じゃないだろうと初めて面と向かって聞く二挺のバイオリンから奏でられる音は狂い無くピタリと揃っていて、キラキラとした色合いは一切なくただ圧倒される迫力にのみこまれれてしまった。
 さっきの色気だらだらの少年と青年の狭間の顔をしていたオリヴィエはまるで何かと戦う戦士のように、または狂気に取りつかれた音楽家のように呼吸をしているのかさえ不明な空気の中、ふとした所で同時に二人の目が合い、お互いを愛しむかのように笑みを浮かべた。
 ああ、これは闘いじゃないのだ。
 これがこの二人の師弟と言う関係の中の会話なのだと理解した。
 マイヤーも良く二人を理解していると感心しながらも楽譜にすればものすごい数のオタマジャクシが言葉の代わりに踊り狂っているのだろうと頭の中に描いては失笑。
 演奏する方も演奏する方だが良くもこれだけの情報を詰め込んだと逆に関心をする。
 病に倒れてふくよかだった身体をここまでやせ衰えさせてしまったのにどこにそんな力があるのか、だけどオリヴィエはこれ以上とないくらい嬉しそうな顔で、ステージの上でジョルジュと共に演奏が出来る喜びを隠しきれないと言う様な無邪気な笑みを隠しきれなく、お前の「氷像の貴公子」なんて二つ名はどこに行ったんだと心の中で何度も繰り返し問いかけるそんな夢のような時間もわずか三分ちょっとの時間で終わりを迎えた。
 始まりも全速力なら終わりも全速力。
 なんて乱暴な曲なんだと思うも、僅か三分で二人は汗だくになり、抱き合ってこの一瞬の夢の時間に感謝して、あまりに圧倒された客席から一拍遅れての盛大な拍手の嵐の中、指揮者とコンマスを始めステージから下がる間に並ぶバイオリン奏者達とジョルジュは握手をしながら興奮冷めやらないステージから消えるのだった。
 俺はそれを見届けて車いすを運びながらボックス席に戻ればすぐにオリヴィエのマネージャーのデューリーが迎えに来て俺達は楽屋へと案内されるのだった。
 

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