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再び 3

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 綾人に拉致られるように綾人の家に連れてかれた。
 圭斗の家から帰る時ちゃんと森下さんに厚めの封筒を渡しているあたり律儀だよねと感心しながらも俺の手を離さず拉致る間誰も何も言わずにかわいそうな子を見るのは止めてくれと視線で訴えても誰もがそっと視線を外して行く。
 味方はいない、昔からだと思いながらも経験から言うと家には帰れないので
「あ、兄ちゃん。今日綾人ん所泊まって来るから」
「お前また何やったんだ?あまり綾人に世話を欠かすなよ」
 連絡を入れただけなのに説教が返ってきた。解せん。
 感情なくスマホを眺めていれば
「何だ?大和さんに怒られたか?」
 圭斗にまで見透かされる会話に半眼で何でわかるのかと訴えれば俺の幼馴染は顔を顰めて呆れた様に溜息を零す。
「普通なら家で晩飯食って酒飲んで潰れて朝帰るが通常のパターンだ。
 そのパターンを壊して綾人の家に行くって言う事はお前が何かした時って相場が決まってるんだよ」
「うそだあああぁぁぁ!!!」
「いや、多分宮下家全員共通認識してるはずだからおばさん達にも聞いてみたら?」
 言い終わるよりも早くスマホをポチってみれば
「あら翔太、大和から聞いたわよ。また綾人君に怒られたんだって?」
「今度は何をしたか知らんが、しっかり勉強させてもらいなさい」
 なぜか母さんのスマホから父さんにもお小言を貰った。
 無言でスマホをポチしてズボンに突っ込めばちょっと涙が出た。
「そう深く考えるな。
 みんなお前の事を心配していると思えば理解してもらってうれしい事じゃないか」
 すんと鼻を啜った。
 俺の事を理解してくれる、それは確かにうれしい。だけどこう言う事じゃないだろう!!!
 声を大にして叫びたかったけどその前に
「圭ちゃん!!!俺まだ死にたくないっっっ!!!」
「安心しろ。綾人も高校生達で腕を上げた。
 ちゃんと加減が出来る子になった」
 はずだと言う小さな声が聞こえたような気もしたが、圭斗の適当な確信を込めた声に少しだけ綾人が照れていたのが不気味でしょうがないと言うか何に対して褒められたと思っているのか是非とも聞きたい。
 とは言えだが
「飯田さん、今晩は急きょ宮下連れて行くんでご飯よろしくお願いします」
「はい、疲れた時には甘い物が欲しいだろうから適当におやつ作りますね」
「買っていきますではなく作りますとはさすが神!」
 なんて言う山田も普通にケーキ買えばいいじゃんと言う横で陸斗がタラリと涎を垂らしていた。
 だけどそこは動物性タンパク質は頂き物以外購入しないをもっとうとするお父さんの財布のひもが固すぎる家なので当然のようにスルーされていた。
 さすがの飯田でさえ下手な事を言ったと申し訳なく思うので
「残りを明日持ってきますね」
 今日はあまり綾人さんと宮下君を二人きりにするのは危険だから帰りますと陸斗に説明をして納得させる横で園田が
「よし!明日も陸の家に集合だ!」
 じわりじわりと飯田さんの料理に洗脳されている一樹も黙って頷く当たり十代の胃袋は忠実だなと、味方が居ない事を察した宮下は抵抗なんて言葉をごそっと抜け落ちたかのように綾人に引っ張られるまま山の奥にある家へと連行されていくのだった。

「さて、とりあえずだ。去年高校生ズに渡した問題一式」
 ドン、と机の上に置かれたその量に頭が考えるのを拒否して視界は何も写し取っていなかった。
 工具キットは問題ないだろうが一応実戦で先に教えておく。
「順番逆じゃね?」
「お前には頭に教え込むより体から教え込む方が早いんだ」
 何そのエロい言い方と引いてしまうも
「今までを振り返れば確実に関連付けした物の覚え方の方が確実だからな」
 ふんふんと鼻歌を歌いながら工具を準備している綾人の口の端は楽しいと言う様に上がっていた。
「本当に出来ると思う?」
 ただでさえ車の免許に五回も落ちたんだ。その前の車校の段階でも二ケタに近い数のテストを受けている。
 その時も綾人に散々世話になったと言うのに今度は何度世話になるのかとあまりに情けなくて涙が出そうになる。
 だけど綾人はきっぱりと
「次の春に申し込んできっかり一発で仕上げるぞ」
 年に二回の試験はもうこの後期の募集は締め切られている。だから
「それまでもしっかり時間があるし、この冬は急ぎの仕事はほとんどない。
 長沢さんに引っ付いて仕事を学んで麓の家でしっかり自分の仕事場を作りながら勉強するぞ」
「ええと、それ無理じゃね?」
 ただでさえ物覚え悪いのに仕事を学び仕事をこなしながらの勉強。
 完全なムリゲーだ。
 ありえないだろと綾人に訴えるも
「蒼さん。はっきり言って宮下と同じタイプだ。
 掛け算も九九どまりだし、正直宮下以上に読み書きできない。だけど実桜さんと凛ちゃんの為に漢字全部にルビを打ってまで覚えて合格してみせたぞ」
 感情の色を乗せない話もした事のなかったような綾人の視線でじっと見られて唇をかむ。
「人と比べるのは良くない。だけど俺は言うぞ。
 そうやって努力した人もいるんだ。
 だけどただ西野さんに学ぶ事が出来なくって長沢さんに厄介になるだけならお前の価値はそこまでになる」
 向上心がないと言いたいのは判るけど、努力しても無理な物があると言う事ぐらい綾人だって知らないわけじゃないのにと拗ねる俺に
「高校の時初めて作った時計。 
 小学生の頃からずっと頭のなかで作っていたギミックが目の前で形になって動いて音を奏でて、それを作ったのが俺じゃなくて嫉妬する所だけど目の前で動く様子に興奮の方が先走って、すごい夢を見た気分になった。
 今だから言うけどここにきてずっと何度も作ってたのに一度もギミックが動かない所か形にもならなくって諦めた物が命を吹き込まれて、悔しかった」
 綾人にもそんな感情があるのかと驚きの前に感嘆が来た。なんでもそつなくこなす綾人の不器用な所は口調にも表れるけど、こんなにも心まで不器用な人間だとは、すっかり忘れかけていた。
「宮下が無理だと思うなら無理強いはしない。
 だけど無理と思ってもこの問題一式は持って行ってくれ。あいつらが書きこんだメモも書き込まれてるがそこは気にするな」
 パラリと見れば「綾っちのおにー」と書かれた漫画のような文字の落書き。多分この字は植田だ。そっと見ないふりをして手を離して紙の束の海に紛れ込ませる。
 「じゃあ、俺は飯田さんが戻る前に烏骨鶏を小屋に戻して来るから、動画の編集でもしてていいぞ」
 やりたい事をやれと言う。
 あれだけの熱を浴びせられたのに、何だか捨てられたような気分。
 とりあえずは綾人に言われたように綾人のお手製問題集を手にすればすべてにルビが振ってあった。
 そして難しいオームの法則の計算の仕方も丁寧に説明が書いてあって……
 この広い吉野邸の中に一人ぽつんと残されて長い間問題集の表紙を眺めるのだった。
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