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さあ、始めようじゃないか 7

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 飯田が目を覚ました時は綾人は留守にしていた。確か寝る前に「圭斗の家にいってるから」なんて言ってたような気がした。
 とりあえずスマホを見れば
「おはようございます!お昼をおねがいしたかったのですが、十五人分は無理だと思うのでどうしますか?」
 投稿時間は俺が目を覚ます時間を逆算しての三分前。 
 スケジュール管理に関しては見習いたいものだと思うもだ。
 ふっふっふっ……
 この俺に対して十五人前。
 自分のスマホに向かって
「あ、綾人さんおはようございます。はい、スッキリさせて頂きました。それにしても随分集まってますね……
 ああ、皆さん仕事先の現場が雨だからでしたか。こっちは天気良さそうなのに。それにしても賑やかですね?あ、屋根を貼ってるのですか。皆さん勤労ですね。いやいや俺もまだまだですよ。
 はい、なのでちょっと頑張ろうかと思ってます。
 いえいえ、時間的にもそこまでこだわることができないので。はい、カレーとか簡単なものですが十五人前なんて軽いものですよ。ええ、距離の分だけ少し遅れますが、問題ありませんよね?
 はい、お任せください」
 話をしている間にお米を研いで吸水させていく。もうノーは許さないという音を聞かせればスピーカーからは呆れた笑い声は想定済みだったというように柔らかい。もう抵抗は無駄だと諦めた綾人さんから火には気をつけてくださいといつものように注意をいただいてスマホを机の上に置いた。
「さてやるか」
 骨つきの猪の肉を取り出して水から煮ていく。臭み消しにブーケガルニも適当に作って放り込んでおく。十分に出汁をとる時間がないので骨付きのまま煮ればそこそこマシだろう。ニンニク、玉ねぎ、人参と一緒に放り込み、ジャガイモの皮をどんどん剥いていく。ジャガイモは別鍋で水から煮る。水から煮る事で煮崩れしやすいとは言え人参などと煮るには時間が全く違いすぎる。なので煮とろけて消滅しないように最後にカレーに絡ませるくらいがちょうどいい。
 そこまで進めたところでスパイスを炒める。と行きたかったが、今回は市販のルーを使用。さすがにそこまでの量はなかったので断念。まだルーを入れるには早い段階なので顔を洗おうかと思うもその前にごはんを炊き始める。給水時間は十分、薪もいつもの量を竃に入れて火をつける。しっかりと乾いた薪は杉の葉で十分なくらいに火がつきやすく、火が回ったところで顔を洗って着替えを済ませる。髪もちょいちょいと寝癖を治してからべの様子を見る。人参に火は通ったので肉を取り出し骨を外す。
 ポロッとはずれた様子にニンマリとしてちょっとだけ味見。独特の野生の臭みは放り込んだブーケガルニで少しはカバーできていて、ここから先はハーブの香りが強すぎるとちょっと苦手だという綾人さんに合わせてもう必要ないと取り出しておく。
 全くもってハーブ畑を作っておきながら苦手とは意味がわからんと憤慨しておく。
 隙さえあればハーブ畑を潰そうとする綾人さんへの妨害は今の所成功していると思っても良いだろう。
 やがてご飯も炊いて、もう少し煮込みたいけど時間制限のある調理に仕上がったカレーを鍋の蓋をがっちりとタオルとロープで固定してこぼれないように車のシートを使って安定させる。もちろん炊き立てご飯は綾人さんの家の謎の物持ちの良い炊飯器に移す。
 そして忘れてはいけない
「竃の消し炭は壺に移して、密閉用の蓋を被せる取りきれないやつには灰をかぶせておけばよし」
 いつも綾人さんがこれだけは任せれないと最後にしていたのは嫌というほど見てきた。初めての竃というテンションはこれから竃を作るのかというくらい薪を詰めた無知だった俺が失った信頼を取り戻すのにかかった年月の長さを考えればよく触らせてくれたもんだというところだろうか。とりあえず取り戻した信頼を失わないように綾人さんの行動を真似をして後は戸締りをきちんとすます。
 そして……



「飯田君フランスぶりだね!」
「山川さんご無沙汰してます」
「お?今日はカレーだね。飯田君達にすっかり贅沢をさせてもらって本当に幸せな仕事だったよ」
 数ヶ月ぶりの再会は短期とは言え一緒に寝泊まりした仲のおかげで今も距離は近くホッとしてしまう。
「あー、カレーっすね!やばいいくらでも食べれそうっす!」
「もう蒼!みんなのご飯なんだからそんなこと言うんじゃない!」
「実桜さんその対策はご飯かなり多めなので大丈夫ですよ」
「ちょびっとカレーなんてカレーじゃねえ!」 
 それはあんまりだと涙を目尻にためる様子にみなさん笑う。
「それにしてもいきなりですみませんでした」
「いえいえ、これぐらい問題ありませんよ」
 むしろ甘く見られたもんだなと見つめ返す先の綾人さんは苦笑しっぱなし。
 できるとわかってても無理は言いたくなかったのだろう親切心は理解できるが、その程度でビビる俺じゃないと胸を張っておく。
「とりあえずご飯とかは一度保温にして温めたほうがいいかな?」
「いえ、せっかく作っていただいたけどこのまますぐに食事に入りたいと思います」
 俺の車から宮下君達がカレーとご飯を縁側に運び、圭斗君が食器にどんどん盛り付けていくのだった。
「時間の関係ですか?」
 日暮れまでにはまだ時間はありそうだと思うも
「天気の問題です。
 とりあえず瓦おろして貼り直したところまで来たけどガルバニウムがこれからで、ゆうがたどうもあめがふりそうだから、仕上げまではいかなくてもしっかり貼れればって言う時間との戦いですね」
「そう言う事だったら俺のカレーなんて待たなくてよかったのに……」
 俺のこだわりが逆に申し訳ないと思うも
「いえ、皆さん噂の飯田飯を食べたくて集まってくれた楽しみも半分あるので」
 そう言って苦笑。
 綾人さんから視線を職人さん達に向ければ初見さん達のうめー!うめー!とのコールに悪い気はしない。
 だけど心配はしておく。
「あまり餌付けはしない方がいいですよ?」
「もちろん。それにほら、井上さんや内田さん達から教育的な指導も飛んでいるからそこまで心配しませんよ」
 ちょうど鉄二さんにうるせー!と怒鳴られてる若手に周囲は笑う。いいチームだと思えば
「綾人、飯田さん、二人で最後だよ」
「あ、宮下ありがとう」
「ありがとうございます」
 俺もカレーを受け取って配膳を終えた宮下君もカレーを食べようとしたところで
「大まかなことは綾人さんから聞きました。気を落とさずにとは言えませんが、お帰りなさい。これからもまたよろしくお願いします」
 そんな再会の挨拶。
 ショックはまだ引きずっているのか一瞬にして目を潤ませてしまったけど、無理やり作ったような痛々しい笑顔はどこかはにかみながら
「綾人使いの復活期待しててください」
「それは頼もしい」
「ちょ、飯田さんまで!宮下変なこと言うなって!!!」
 考え込んで塞ぎ込み現実逃避しないように無理やり働かせる綾人の方針には誰も反対はしないものの、それでもちゃんと結果を出すと言うように声を上げて笑えるだけ回復した宮下を幼馴染はお茶を配りながら少しだけ安心するのだった。











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