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冬が来る前に 11

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 一通りフランスで城の修復映像を見た所で飯田親子がやって来た。
 その手が持つ鍋を見て
「ああ、すみません。気が付かなくって、今母屋に移動しますのに」
「いや、折角のビデオを途中で止めるのももったいないからな」
「気にしないで。SDカード持って移動すれば向こうのテレビでも十分見れますから。一緒に見ましょう」
 言いながらワイワイと移動すればやはり皆さん囲炉裏を囲む様に座り、テレビを見やすいように位置を変えるのだった。

 室内の内装工事の映像を見ながらここは何時も見慣れた風景だから別に見なくてもと言うも、屋根裏部屋のオリヴィエの練習場の工事が始まった。
 本来なら使用人部屋だったり洗濯物を干す場所だったりする部屋は長い間使われてなかったようで壁や床が傷み、そして埃っぽいどころではなかった。綾人が購入してパリが見えると言う理由で風を入れて大掃除をする前に壁を取っ払った。
 取っ払い方にも性格が出る。
 宮下のようにバールを使い梃子の原理を最大限利用して丁寧に外して行く方法と圭斗のように粗方釘を外したら力任せに外して行く方法。どちらがいいかなんて何とも言えないが、宮下はちまちまと時間がかかり、圭斗はさっさと終わらすその程度の時間の差だ。
 宮下の場合は西野さんの教えに沿って丁寧な仕事になるのは週に一度上げている動画で理解している。人が住んで生活しているその場での修復作業に取り掛かる方が多いので粗雑な仕事は許されないと叩きこ前れているのだろう。そして圭斗の力任せも納得はできる。タイトな工期に大きな壁をトラックに乗せれるように小さくしなくてはいけない。使い回しは出来ない理由から解体作業は大雑把になるのは当然だ。
 さらに片側の壁を抜いたら足でけり抜く様にフランスの方達もエキサイトしてくれた。
 ただし、行儀が悪くても無駄がなく。あっという間に綺麗にぶち抜いて行く様に皆さん学習して片側だけ壁を抜いて圭斗に任せると言う手の抜きぶり。
 俺も映像を見て大笑いしたけど、最後まで全部ぶち抜いた圭斗が最後は座り込む重労働だったようだ。だけど宮下から受け取ったペットボトルの水を飲んですくっと立ち上がって廃材の運搬を手伝う様子にさすがにタフだなと感心してしまう。
 やがて柱も撤去して広い屋根裏が姿を現した。所々柱やレンガの壁が残ったが、それは抜いてはいけない奴なのでそれはそのままに。
 そこにオリヴィエがマイヤーと一緒にやってきてどうするかを模索する中まず窓は隙間風が酷いから何とかしてほしい事。ありがたい事に雨漏りはしてないのでこの屋根裏を防音室にしてほしい事。できたら白い壁と、窓枠は黒色、構造上見える柱とかも黒色にしてほしいと言う謎の拘り。
 マイヤーからは床は防音の処置をしたら板ばりにしてほしい。舞台のような材質だとありがたい。カーテンはクラシカルな単色で厚めの物であれば特にこだわりはない。明りはスコアが見れれば十分だというリクエストにやたら床材がかかったのはこれかと今更ながら納得した。あまりにお値段が飛びだしていたから大広間の床材かと思ったが、そういやあそこは大理石のタイルだったよなと、それはそれで随分なお値段だった事を思い出した。面積的な問題だと一蹴したが案外こうやって見比べるとかなりいいお値段で、いかにフランス滞在時の金銭感覚がくるっていた事を今更ながら理解するのだった。
 出来上がった広いダンスホールのような部屋はこうやって見ると烏骨鶏ハウスの二階のようなイメージと重なった。
 何所からか見つけたのか要らなくなった扉を使ってテーブルとして使っていた。
 さすがお城の扉。重厚な色と厚み、そして装飾が施された扉に足がついて、表面にはガラスが置かれていた。それと何となく半地下倉庫で見たような覚えのあるカウチを壁際に並べて、カーテンとライトが設置された所でオリヴィエはバイオリンケースを広げ、愛機を取出し調律をする。
 ここでもしていたルーティンを懐かしく思いながら見守っていれば弓をそっと弦においてゆっくりとした動作で音を紡いでいく。
 練習と言うように、音の反響を確かめる様に全神経を張り巡らせて集中している。とは言え元屋根裏部屋だ。オリヴィエはご機嫌に色々な曲を立て続けに弾いて行く。あまり弦楽器に向かないような曲も挑戦し、約三十分ほどのリサイタルは前にリクエストしたG線上のアリアで幕を閉じた。
 誰も拍手もせず、そして淡々とバイオリンを片付けて、録画しているカメラを覗き込んで意味深ににやっと笑ってから電源を落とした顔は何度見ても嬉しそうな子供の顔そのもの。ご満足いただけてありがたいと、お金を出す事ぐらいしか出来ない俺でも満足できた。
「陸、綾人がテレビに夢中になっている間にボタン鍋しっかり食べとけよ」
「うん、すっごく美味しい。味噌味も良いけど水炊きみたいにして食べるのもおいしいよ。ポン酢と大根おろしがこんなにも合うなんて知らなかった」
「ほら、陸斗君。おかわりもあるから色々な味を試してみてくださいね」
「あー、飯田さん俺も水炊き風食べたい!」
「うわ、これ良いなあ。さっぱりしていくらでも進む」
「ふっ、酒も進むだろ」
「飯田君のお父さん、これ箸を置くタイミングが分らないですよ!」
 なんて、俺がオリヴィエとの思い出の感傷に浸ってる間に猪の肉はまるで飲み物のように消化されていく。
 しかも大根おろしのおかげで胃もたれも飽きもせずにどれだけでも食べて行ける恐ろしい食べ合わせ。
「こんな食べ方あったんだな」
「昆布だしと猪の骨からとっただしが決め手だ。後は一瞬で火が通る様に通常よりも肉を薄く切るのがコツだ。野生の味も薄くなるから余計食べやすくなる。勿論厚みがある方が旨みの多いが、そう言うのは味噌の方が合うだろう」
「なるほどですね。奥が深いですね」
「なに、昔よく爺さんが猪を仕留めては畑から大根をちょろまかして食べさせてくれた思い出の味がベースだ」
 何気にしれっと凄い事を聞かせてくれた飯田さんのお父さんは
「あっさりしすぎだな。ゆず胡椒でも足すか?普通に七味の方が良いだろうか」
 うーんと悩むお父さん。飯田さん以上のマイペースに息子さんは置いてきぼりの驚きの表情をしていて、その珍しさに皆さん顔を背けてくつくつと笑い声をかみ殺すのだった。



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