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冬が来る前に 7

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 お昼になる頃には草刈りチームの皆様は何かを満喫したと言うように笑顔が輝いていた。
 寧ろ満面の笑顔。
 思わずダッシュで逃げたかったけど、逃げた先の台所でも母屋でも離れでも竈を堪能して満足な笑顔を浮かべる親子に俺の居場所がないと烏骨鶏ハウスの二階に逃げ込むのだった。
 無駄、ではなく蚕養場でもあった場所は風通しも良く、烏骨鶏が住んでくれているおかげかほんのりと温かいような気がする。
 温度計を見れば全く持っての気のせいだけど、本日の二階の気温は十八度。半袖では過ごせない気温のこの地域だと言うのに空気の入れ替えの為に窓を開ければ皆さん繋ぎを脱いで上半身裸でうろうろしていた。
 まあね、ススキの種がチクチクしていたいし何の虫がいるか判らないから長そで長ズボンは必至なのは当然だけどね。
 サークルの中に押し込められた一段と数が減った烏骨鶏は上島家からもらった差入れの稲穂を貰ってご機嫌を乞えて狂喜乱舞と言う様につつき回っていた。
 一部ではせっせと稲穂を巣材にして瞬く間に巣を作って卵を産んで下さった猛者もいたけどね。それを嬉しそうに貰ったお父様も居たけどね。息子さんが涙を流して盛大に文句言ってる姿が本日の修羅場と言う事で宜しいでしょうか。お母様、笑ってないで止めて下さい。
 この光景を弟に見せてどうにかしてくれとお願いしたら代わりに本日店を預かる板さん達が驚き反面
「板長が笑っているのでそのままで居させてください」
 何てお願いをされて、俺は巻き込まれる前に逃げるを選択したのだった。
「うこー、お前達だけが俺の心の安らぎだ」
 適当につかんだ一匹を抱きかかえながらバアちゃんの花畑で鳥臭を嗅ぎながら心を落ち着かせている俺は多分病んでいると思う。
 だけどそこで立ち直れるのは
「あー、やっぱりここか。
 だんだん隠れる難易度上がって行くなぁ」
 宮下がわざわざ探しに来てくれた。
 花が咲き終わって剪定したとはいえ新芽を芽吹かせてまたふさふさとなってるアナベルの株と株の間に隠れていたはずなのに、見つけに来た宮下と
「あーあ、こんな所にどれだけ隠れてたんだよ。烏骨鶏が寝てるだろ」
 圭斗が迎えに来てくれた。
「陸が烏骨鶏が一羽いないって大騒ぎしてるんだから、これは返してもらうぞ」
「お、俺の嫁なのに……」
「骨まで愛せる根性は見事だがお前まで烏骨鶏になってどうする」
 烏骨鶏を取り上げられた上に俺まで猫摘まみされてしまう。
「飯田さんがご飯だってさ。
 綾人がいないとみんな食べれないから探して来いって緊急命令だ」
 家に居なければ畑に居ない。裏山にもいなければ後は西の花畑。
「隠れれる場所少ないけど探す範囲は広いから大変なんだよ!」
 ぷりぷりと怒る宮下の隣で俺を解放した手で器用にもスマホを操作して俺を発見した報告と捜索隊は母屋に集合と号令をかけていた。
「っつーか、一体俺を何だと思ってる……」
 聞かずにはいられない。
 まるでガキが迷子になって変な所で蹲ってるわけじゃないんだからと言いたかったが
「フランスでずっと集団活動していた所にこっちに戻ってきて一人になって。
 草刈りで人が増えて賑やかになったけど、また一人になるのが寂しくって鬱ってる場合じゃないだろ」
 圭斗のあまりの的確な俺の心理状況に心のあり所を無視して来た俺は何も言い返せなかったが
「俺達だって集団の中に居るつもりでも孤独な時は孤独だ。
 職人っていうには未熟な俺達だけど、仕事と向き合う時は俺と仕事と一対一の勝負だ。しかも相手は何も物言わない無機質が相手。時間だけが刻々と過ぎていて、冬場なんか手元だけを明るくしての仕事はほんと泣けてくる」
 そこまで行って圭斗は宮下を少しの間見つめる物のまた口を開き
「寂しいなら寂しいって言いやがれ。
 お前が寂しがり屋だと言う事はみんな知ってるし、お前の年季が入った強がりな態度は本当に寂しいか判らないんだ。
 声に出して言えっていってもその年季にはまだ俺達が敵わない。けどだ。
 俺は綾人の事を親友って思ってる。綾人も俺達を親友だと思っているならみっともないなんて思わないでもっとわかりやすいサインを出してくれ。
 お前から見たら俺達は自分の事もままならないほどの底辺で、頼りにはできないと思うけどだ……」
 言葉を探すようにまだ辛うじて紅葉を始めてない木々を眺めながら
「飯田さんや内田んさん、山川さんみたいにお前の希望に沿えるほどの実力はまだ俺達にはないけど、フランスの時みたいに都合のいい頭数だってかまわない。
 こんな風に隠れて一人で落ち込むぐらいならさっさと俺達を呼べ!」
 すぐには来れない距離に居る宮下ではなく圭斗が半分泣きながら俺へと全部言い切った。
 はらはらとした宮下の視線とぼんやりとした視線なのだろう、圭斗の視界に移る俺の頼りなさに圭斗をこうさせてしまったのは俺なのかと圭斗の瞳越しで向かい合った自分に溜息を吐く。
 少し賑やかで楽しくなったこの日常が何でいつまでも続くのだろうと勘違いしていたのだろうか。首を振ってこの何もない深山で今日がその特別日だと言う事を忘れるなと言う様に幾度かの呼吸を繰り返して何が言いたいのか支離滅裂になって俺の首元のシャツを掴みながらも胸元に頭を押し付けて泣き顔を隠す圭斗を抱きしめる。
「うん。なんかよくわからなくって怒られてたけどとりあえず自分がどんな顔をしているのかが分かったから」
 だから大丈夫なんて言葉が今は続けれなかったけど
「圭斗と宮下が親友なのは変らない。多分俺がどこに居ても駆けつけてくれるのは判ってるから、一人ぼっちとか寂しいなんて思わないとは言えないけど……」
 賑やかな声が聞こえたと思えば西の花畑に入る所で植田や水野、上島が畑に降りてもいいのだろうかと言うように戸惑っている姿が見えた。
「ありがたい事にお前と宮下が切っ掛けで寂しいなんて言ってられる暇がない位今は忙しいから。今みたいに急な底なしの落とし穴に落ちる時もあるかもしれない。だけどだ。今はもう一人だなんて思わないから。ここに住み始めた時みたいな寂しさはもうない事を知っているから」
 だからそんなに泣くなと頭を撫でる。
 歯ぎしりが聞こえるくらいに何かを耐える圭斗の背に手を回しながらなだめて
「植田!飯田さんに今から行くって伝えてくれ!」
 どうしようかとおろおろしている三バカに指示を出せばおろおろとしながらも離れて行く様子にあいつらにも随分と心配させてしまったなと苦笑。
 そして、何だか居心地悪そうに立ちすくんでいる宮下を手招きして近くに寄って来た所を捕獲して圭斗の背中に頭を乗せる様に強引に纏めて抱きしめる。俺と宮下の間で潰された圭斗は何だか変な声を漏らしていたが俺は全く持って気にせずに

「心配してくれてありがとう」

 沢山の感謝からの思いを言葉としてどうすれば伝えられるのかと考えるも、選び出した言葉は本当に残念なまでのチープな言葉。
 植田達と入れ替えにやって来た先生がこの様子を黙って見守っていたけど、まるで自分の事のように恥かしげに背中を向けていたのを圭斗と宮下は知らない。
 俺のささやかなまでの親友に対する感謝はそんな俺達だけの秘密。
 暫くして先生がわざとらしく俺達を呼びに来たふりに俺は圭斗と宮下の肩に手を置いて

「これからも頼りにさせてもらうから」

 そんな言葉に二人は無邪気な子供のような笑みを見せてくれるのだった。

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