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繰り返す変化のない俺の日常 1

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 九月の東京はまだ夏だった。
 蒸し返すような暑さ、そして夕方とは言えど未だ秋が遠いと言う様に汗ばんで張り付くシャツは不快でしかない。
 日本に帰って来た俺は飯田さんのマンションに転がり込んで東京でのあいさつ回りに一日を費やす事にした。
 まずは沢村さんの息子さん、幸雄さんには前もってアポを取ってあるので青山さんの店で落ち合う事にした。
 
「綾人君お帰りなさい、エドガーから君の活躍を聞いてるよ」
「沢村さんもご迷惑おかけしました、おかげでスムーズな買い物が出来まして本当にありがとうございました。
 エドガーとはこれからフランスの城の維持に向けて個人契約もさせていただきました。親切な方を紹介していただいてありがとうございます」
「あいつが役に立ったのなら何よりだよ」
 くすりと笑いながらワインを傾ける。
「むしろ何言われてるかそっちの方が心配ですね」
「ああ、綾人君は人使いが荒いってぼやいてたよ。
 最初はバイオリンの購入ぐらいの付き合いだと思ってたのに、面白半分で勧めてみた城をあっさりとお買い上げしてしまうし、レストランの開業に向けて奔走する事は勿論、従業員の契約についても任されて、一年分働いた気分だって言ってたよ」
「やだなぁ、エドガーには肉体労働なんてさせなかったのに。
 そんな疲れるような事させた覚えはないよ」
 そっと視線をそらして綾人は笑うのを給仕に来ていた青山さんが笑うのだった。
「どっちにしても薫の恩師が再び厨房に立つ事が出来て私としても感謝は尽きないよ」
 言いながらワインを足してくれた。
「飯田さんもみっちりしごかれてたし、忙しい八月に抜けただけの修行は出来たと思いますよ?」
「さっそく高遠にこき使われてるよ。
 だけどカオルが戻って来てくれて一番ほっとしてるのも高遠だからね」
 にこにこと笑う青山さんに何故と思えば
「カオルが居ない一ヶ月ちょっとの間でうちの厨房は何かたるんでたからね。
 ああ、ここまで聞こえないけど早速薫の罵声が飛んでて皆懐かしいって喜んでるんだ」
 まさかのパワハラに対するご褒美発言に俺はパリのレストランの狂犬ぶりを思い出してしまえば弁護士さんはそれはいただけないなと、でも笑っていた。
「高遠は料理の事になるとそれ以外は目に入らないからね、代わりに薫が見てくれるから規律ある厨房が維持できてたから。薫が居なくなって歓んだ奴もいたけど、結局は薫の存在が厨房を引き締めてたからね。この夏の間、薫が居ないだけで何度ミスがでたか。
 だけど今日復帰した薫の顔を見て厨房の空気はガラリと以前の用に戻ってほっとしてるよ」
「仕事中はやっぱり狂犬モードか」
 沢村さんはなにそれと言う様に俺を見るが
「なに、フランスでも薫何かやってたの?」
「例のオリオールの店から独立した所で厨房乗っ取ってましたよ。閉店後ですけど」
 いや、営業中の厨房の片隅で口は出さずに眼力だけで圧倒してたと後で聞いたが、彼らは無事今月も営業しているようで、すっかりお客様は減ってしまったけど、この一カ月ほど飯田さんは買い物の買い出しのついでに彼らの所に顔を出してはいろいろと喝を入れていたのは知らないふりをしていた。
 帰る数日前に予約をしてオリオールも連れて覗きに行ったが飯田さんが目を光らせた清潔は守られていて、食器問題はまだどうしようもないようだが料理は随分とましな物が出てくるようになった。ただ、オープンの話題も終わって夏休みも終了間際となった時期なので随分と閑散としたイメージがあったけど、それでもちゃんと目にも楽しい料理が並べられ、だけどオリオールや飯田さんの濃厚な素材の味を覚える料理ではなく、物足りなさを覚える味付けはやはり頂けなかった。
「まあ、向こうが勝手に嫉妬して壊れた友情を取り戻してきたのだからいいんじゃないかな?」
 寧ろあの状況を実力行使で手助けしたのだから、友情と言うか青春だなぁと眺めていたのは当人達には絶対言わないが
「薫もフランスで思い残した事全部消化して来たんだね」
「まさか。飯田さんのやりたい事は消化した分倍になって増やす人だから。
 家での暴れっぷりも進化しててもうどこまで行くか見守り中です」
「すまない、首輪を外した状態にしてしまって」
「いえ、最終手段のラスボスを見つけたので問題ないです」
 ある種さらなる劇薬だけど、まだまだ対抗できない狂犬様が犬っころになる姿はもっとやれと言う所だろうか。
「それって、兄さ…… いや、なんでもない」
 青山さんにも心当たりあるようで、確かにあの人なら薫なんて転がして遊ぶいいおもちゃだろうなと納得しているけど、何も俺はそこまで行ってないぞと背中を向けて食事を続けるのだった。
 そんな空気に村沢さんが気を使って
「今回大林夫妻にはお会いしないのですか?」
 渡仏をする為の一番の貢献者が今回この場に居ない事を不思議に思ったようだが
「生憎チョリはレコーディングで、波瑠さんは山口の方に事件を解決に行ってます」
「ああ、この秋の新ドラマの撮影してるんだっけ」
 青山さんがまだフグが美味しい時期じゃないなとぼやいているのはスルーして
「十月にチョリさんが向こうでマイヤーのコンサートのゲスト出演するそうだからその時に合わせて俺も行く予定なんです」
「へー?ひょっとしてハロウィンに?」
「当然。オリオールズキッチンも初めてのイベントとしてハロウィンパーティするらしいから、一度その前の準備がどんな感じか、店がちゃんと機能しているのかチェックに行ってきます」
「大変だね?」
「まあ、これ以降になると家の水道管が凍るのでギリギリですね」
 そこまで積もらなくても雪が舞う季節になるから長い滞在は出来ないけど一週間ぐらいなら圭斗にも負担にはならないはずと見積もっての旅行を計画したのだ。
 先生が一番の戦力だったなんて思いたくもなかったけど、無理のない範囲での計画は勿論圭斗とも一緒に計画した物なのでたぶん大丈夫だろうとなっている。
 最終手段の浩太さんもいるしね。
 いや、むしろ鉄治さん達が乗り込んできそうで帰って来るころには俺の居場所がなくなってるかもと謎の不安も生まれたりしている。
 そんな不安の対処法を考えながら食事を終えれば

「綾人君に一つあまりよくない報告があるんだ」

 美味しく料理を食べ終えた所での沢村さんの少し暗い言葉にある程度察する事が出来た。
 とりあえず机の上にはデザートを並べてもらった所で下がろうとする青山さんにお願いしていてもらう。
 俺のすぐ右側の背後に立つ青山さんは俺の肩に手を置いて、その重みと温かさが一人ではないと言う事に俺を冷静にさせてくれていた。

「年内中に出る事になったよ。 
 初犯であった事とお金はマンションを売ってすべて返済された事を考慮されて再犯もないだろうと言う理由だ」
「どうすればもう一度檻の中に入れれるかな」
 ポロリと出てしまった本音に沢村さんが顔をゆがめ、青山さんは真面目な顔をして接近禁止令を出して貰えばいいのでは?と答えてくれた。
「綾人さんは保証人になるつもりは?」
「ありません。向こうの家族に連絡は?」
「綾人さんの希望なら連絡を出しますが」
「出してください。あの親子にはあの男はもう不必要なはずですので」
「判りました。で、後は任して貰っていいのですか?」
「たしか保証拒否された人たちを受け入れる施設ありましたよね?そちらに放り込んでください。時間を稼いで冬を迎えるつもりです。あいつ冬の深山を嫌ってたから」
 春になる頃には先生がこっちに来る。案外頼りにしている事に苦笑してしまうけど
「いや、一度あいつとはちゃんと話をしないといけないから。
 会いに行くつもりはないけどこっち来る気配があったら教えていただければ十分です」
 洋ナシのタルトを口に運びながらその時はあいつらも呼ぼうといろいろ吐き気を覚える計画を立ててみる。
 そこまで構えてしまう自分に嫌気を覚えるも
「綾人君、無理に会う必要はないからね」
 心配げな青山さんの顔。
 だけど俺はゆっくりと首を横に振って
「こう見えても成長しました。
 その時はあの時みたいに一人で対応せずに皆さんに甘えさせてもらう事にします」
 例えば内田さん、例えば長沢さん、例えば宮下さん、考えれば吉野の家の入り口は沢山の人達に守られた土地だった事を改めて思い出し、それを紹介してくれたバアちゃんの一番の遺産だった事を、築いた人とのつながりを今ありがたく受け取る事がやっとできたと気づくのだった。

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