人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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優雅な城主には程遠い 4

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 そんな万全とは言えないような状況でもリハビリとしてしっかりと眠ってから久しぶりの市場に参戦した。
 早めに処分したい物を処分して広く浅く手を広げるより今持つ確かなものを買い足して行く。勿論それがベストではない物もあり、それは一時的にいくつかあるそう言った物の中に振り分けて行く。上がる事もなければ下がる事のない安定した商品。面白みがないがまだ半月ほどはこちらに居る。最低限のロスがないように振り分け作業をしていく。勿論その中で面白い物を見つけては買い足して行き、途中飯田さんの夜食を食べては英気を養って後半戦に挑む。
 そっとしてあっという間に戦いは終わり、本日の目的を無事終えた頃
「見事にリビングデットが出来あったな」
 圭斗が顔を引き攣らせて飯田さんからの差し入れと言ってベリーソースのかかったプリンと紅茶、そしておにぎりとみそ汁のセットを差し出してくれた。
「お、美味しい……
 出来たてプリンの優しさが胃袋に広がる……」
 卵の風味にベリーソースの酸味。まだ湯気がのぼる出来たての熱にかけられた冷たいソース。口の中で色々な情報が溢れてそれを一つ一つ舌の上で確かめる様に、要らない情報を切り離すように目を閉じてゆっくりと味わう。
 シンプルながらの卵と牛乳、そしてバニラビーンズの甘い香り。余分な物のない材料を丁寧に作り上げ、蒸しあげる熱加減の微妙さも完璧と言うような滑らかさ。見た通り同じように作ってもぼそぼそなプリンしか作れない俺にとってこのプリンは基本の基本になるほど慣れ親しんだものとなり、一度目いっぱい食べてみたいとリクエストして丼ぶりで作ってもらった時は始めて飯田料理で後悔をしてしまった……
「適量って言葉知ってます?
 腹八分目と言う言葉がある様に少し物足りない位がちょうどいいのですよ」
 にこやかにお馬鹿さんだなぁと笑う視線に俺の味覚も俺の食べる量も既に把握しきってる飯田さんに食に関しては下手なリクエストをする事はなくなった。
 因みに飯田さんが提示した量はお茶碗だった。
 そう、この後悔は食べている途中で飽きた、それだけだった。
「よく金魚鉢でパフェとか食べてる女の子達居るけど尊敬するよ」
「ああ言った物の三分の一はコーンフレークだったりケーキだったりしますから飽きずに食べれるのでしょうね。しかもシェアしながらだしね」
「憧れる言葉は独り占めなのに世の中ままならない」
 なんてぼやいてた事までが思い出すプリンの逸話。
「これが牛乳じゃなくってだし汁になると茶碗蒸しになるんだから料理って不思議だよな」
 プリンを半分ほど残しておにぎりとみそ汁を食べる。
 フランスでも今はちゃんとお米もお味噌も手に入るので和食を恋しがるまではならないし、普通に回転ずしの店も見つけてあるので食べたいと思えば食べに行けば良い。ただ普段慣れ親しんだ嗜好品が手に入らないのがストレスなだけで、でも先生が大量に持って来た食材がそれを解消してくれた。先生は母親が用意してくれたからとかなんとかぼやいていたが、山で俺と同じものを食べていたけど実家に帰ってからも山で食べていた物を食べ続けていたらよっぽど好きなのねと先生の家でも取り入れられたと言うわけわかんない展開だけど正直ありがたいと思いながらまったりと食後の緑茶を頂く。
 何の変哲もないテトラポット型のティーバッグの緑茶を。
 まったりと一人だけ遅い朝食を頂きながらもまだ強張った体は動かせずにそのままふらふらとベットに移動。
 ベットのマットは交換したもののベット自体はこの城に代々使われてきた古い物で、カールも唸るような一品。ただし使用感は半端ない。天蓋付きのベットだったが独身で彼女もいない俺はフルオープンで問題ない。俺のキュートな寝顔を見ればいいと言えば圭斗が
「綾人はうつぶせ寝だから涎垂れまくりで笑えるけどな」
 余計なひと言を披露された。
「とりあえず寝させて。今日俺もう動けないから飯田さんによろしく」
 ぱたりとスイッチを切ったように目を閉ざした物の最後の力を使って目を開けて圭斗を掴んで
「明日出かけるから準備しておけ。あと飯田さんとオリヴィエも一緒だから二人にも連絡して置いて」
 今度こそぱたりと気絶する様に眠りにつくのだった。

 それからはうんともすんともせずひたすら眠って気が付けば夕日が美しい景色が広がっていた。
 寝過ぎたかと思いながらもゆっくりと体を起こしてないとテーブルに置かれたペットボトルをありがたく頂く。その後はとりあえずシャワーと言う様に部屋に設置されたシャワーを浴びて目を覚まし、軽い脱水症状からせり上がる吐き気に素直に従った後風呂上りの一杯ではないが残りの水を一気に飲み干した。
 久々だと言うのに無理をしたせいか体の節々が痛い。かなり鈍ってると反省しつつボーっとしながら旅行の間に買っておいたお菓子をぼりぼりと食べて目が覚めるのを待つ。うん、なかなか覚めないのは判っている。頭を使い過ぎたのが原因の披露と言うか眼精疲労が相変わらず半端ない。ドライアイって言うのもあるだろう。こんな時ホットアイマスクが恋しいと俺の旅行の経験値不足に悔んでしまう。
 なんとなくどうでもいい事に思考が向くようになった所で服を着て一階の食堂へと向かう。
 飯田さんが居るだろうし、凛ちゃんのお世話をする陸斗もいるはずだ。癒されに行こうとドアを開ければ
「あ、綾人目が覚めた?寝起きだけどご飯食べれる?」
「綾人君大丈夫?顔色悪いけど、とりあえずお疲れ様?」
 癒しが居ねえ……
 ではなく宮下と浩太さんの心配に俺はとりあえず大丈夫と言いながらきょろきょろと周囲を見回しながら
「みんな今シャワー浴びてるから。圭斗と陸斗なら岡野さん達がしっかりシャワー浴びる時間を確保する為に凛ちゃんを連れて庭を散歩してるよ」
 涼しくなったからちょうどいいよねと言う宮下の頭もまだしっとりと濡れていた。汗ではありませんようにと思うもほんのりと石鹸の香りがしていて
「ああ、綾人さんおはようございます。ご飯食べれそうですか?」
 飯田さんがサラダボールを抱えてテーブルに並べる。
 その色彩豊かなサラダに胃袋は空腹を訴えてきたのを誰ともなく失笑し
「お昼食べ損ねたのでガッツリと頂きます」
「綾人さんの胃袋は正直で可愛いですね」
 笑いながらキッチンへと戻れば浩太さん達まで笑っていた。
 思わずむすっとしながら
「飯田さんとオリオールの料理、食べ損ねる方が大問題だ」
 真面目な顔で訴えてしまう事に誰にも文句は言わせない。

 
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