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前向きに突っ走るぐらいがちょうどいい 4
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それからのカオルはまるで息子のように俺の後について歩いて回っていた。
娘しかいないオリオールにとっては息子そのもののように扱っていた。
例えば森に連れてって狩りを教えたり、山に連れてってキャンプをしたり、川で魚を釣りに行ったりと。オリオールは息子がいたらしてあげたかった事をカオルと共に過ごすのだった。家族も最初の頃、自分の子供より他所の子供になんてと憤慨していたが、それでも交流するうちにカオルがそう言った事を一切した事のない、それどころか海もプールも、家族旅行すら記憶になかった事を知り、さすがに可哀想と思うようになった。
オリオールも仕事人間だったが、そこは父や祖父が子供との思い出を大切にする人間であった為に、オリオールの家族はそれなりに楽しい思い出は残っていた。カオルの家では年中休みはなく、政治の場でもあったので板長が抜ける事はまずありえなかった。オリオールの店では格式は高くあれど政治の場にはならなかった。いつどんな事が起きるか判らないから店から離れる事が出来ない、そんな事は少なくともなかった、その為の完全予約制だった。
自分達が恵まれていた事、愛されていた事を理解してオリオール一家はカオルを家族のように扱う事にすれば娘は少し距離を取りつつも逆にカオルに巻きこまれる形でオリオールが今まで教えてこなかった狩りを学び、野山で野草を摘んだりしてキャンプをしたりと言う体験をするのだった。
最も年頃の娘は私は遠慮するわと嫉妬していたのが嘘のように二人の行動に興味を失うのだった。
それどころかよくそんな事続けられるわねと呆れ果てる母と娘。むしろ巻きこむなと言う様にオリオールの世話をカオルに任せるようになるのだった。
もちろんそれは職場でもあるレストランでも広がった。
何年も修行してやっとこのレストランで働けると言うのに知人の甥かなんか知らないが伝手だけでここは働ける場所ではないと言う様に、東洋の端の島国から来た男に若手の者達は随分と意地の悪い事をしたが、それは数か月の出来事。
若手に分類される中であっという間に仕事が出来る人間となった。慌てる若手とそれを黙っていた中堅の者達はさすがにまずいと思った。俺達の立場が悪くなる、若手を止めなかった俺達はどう対応すればいいと思う合間にカオルはオリオール達の古参の者達の技術を自分の物にして一年もせずにシェフ・ド・パルティを任され、四年後にはスー・シェフとなる事になったのだ。
その頃には面白くないと言ってた者達は辞めて行ったし、残った物は素直にカオルの実力を認めて友好関係を築くのだった。
カオルはフランス料理を学ぶ傍ら賄などで育った家の味を披露し、その頃には繊細な味付けをオリオールの店の人間に楽しんでもらえるようになった。
ある年のカオルの誕生日、カオルは今日の賄は俺にやらせてくれと頭を下げた。
せっかくの誕生日だからとオリオールは腕を振るうつもりだったが、その頃にはカオルの内に秘めた意図を理解できるようになり
「費用をプレゼントしよう。好きなようにやりなさい」
「楽しみにしててくださいね」
そう言ってにっこりと笑う顔はカオルの叔父のカエデを思い出し、この笑顔に何度翻弄されたかと逆に感心するのだった。
オリオールはカオルにプレッシャーを与える為に従業員のみんなに
「今日はカオルが何か企んでいるぞ!楽しみにしろ!」
と、言いふらしながら期待度を上げて行く。
カオルも苦笑しながらもいつから作ってたのか半分以上下ごしらえをした料理を持ち込んできて仕上げて行くのだった。
ランチの時間が終わり、ディナーの準備の合間に休憩と食事をとる。
そこで披露された料理はフレンチとは違う華々しさはない物の、一つ一つが宝石のような輝きを放っていた。
一つ一つはボリュームはない。むしろ一口で食べれてしまうのではと言うような料理が皿の真ん中に美しい背景を描くソースに引き立たされていた。
料理が崩れる事はない。
ソースが皿を必要以上に汚さない。
そこまで計算された料理と気づけば驚かずにはいられない。
カオルはオリオールの驚きを他所ににこやかに次々に料理を出してくる。
素材の味を引き立てる料理はそれでも一つ一つ丁寧な処理がされていて噛めば噛むほど旨みが増してくる。前の料理の余韻とも喧嘩をしない。ナイフとフォークを操る手が止まらない。一体いくつ出てくるのだろうか、それよりも次は何が出てくるのだろうか。一つ一つの丁寧な拘りぶりに舌を巻きつつ、だんだん増えて行くボリュームにも気づかず次第に満たされていく腹だが、塩加減の薄さに舌は疲れずどこまでも食べてしまう。恐ろしいと思った。カオルはこの味で育ち、見て、学んで。しかも年齢や経歴を考えれば直接教えられるわけではなく言葉通り視覚と嗅覚、日常で沁み込んだ味覚と厨房で交わされる些細な情報で学んだのだろう事にカエデが兄を越えられない、そう言った意味を思い知らされた。
料理に夢中になり気が付けば大した量ではないと思っていた料理に重くなった腹をさする頃にやっと最後のデザートへとたどり着いた。これ以上出たらどうしようかと思った所なのでほっとしつつ総て食べ終えた所でカオルはいつものにこやかの顔で言うのだった。
「この場で言うのは卑怯かもしれませんが、親から帰って来いと言われました。
目標はここで十年齧りつきたかったのですが、先日お客様の依頼により渡仏しこちらに同行した父が俺の料理を食べたらしく、かつて食べたオリオールの料理を見事再現している。これ以上ここで何を学ぶと言い、本気で料理を学びたいのなら次の場に移るべきだと言いまして……」
祖父から続くこの店を軽く見られた、憤慨する所だったがカオルの家の店の料理を本気で作った物を食べて夢中になってしまったのだ。
カオルはまだ伸びしろがある、若い芽を摘むわけにはいかない。
少しだけカオルとの日々を思い出しながら
「そうか、それなら当然だ」
カオルの事を本気で考えるのなら次のステップに進ませるべきだと判断しざるを得なかった。
「弟子の可愛さに手元に置きたかったが、この料理を食べてしまった以上認めるしかない。カオルを一番知る師の言葉なら確かなのだろう」
ありがとうございます、声にならなかった言葉と丁寧に頭を下げたそのはずみで零れ落ちた涙に俺達は一人一人カオルを抱きしめて、何かあればこの店で待っていると送り出したのだった。
そんな出会いと別れをしたカオルが今度はカオルと初めて会った頃の年頃の子供を連れてきた。
どこか当時のカオルより幼い顔立ちだったが視線がが凶悪で性格もすこぶる悪かった。
制御不能な野生の動物のような口の悪い子供だったが、それでも立派な大人だった事には驚かずにはいられなかった。
紆余曲折があり、その野生動物のような子供、改めアヤトに借金の代わりに雇われる事になったが、まぁ、悪くはない職場だった。
本格運転はまだ先の話しだが、一人の偏食家を矯正させ、訪れる客人の対応。まぁ、一人ぐらい訳ないと思っていたが、次々に人を集めてくるアヤトのせいでめまぐるしくも充実した日々を過ごすも、やはり野生の動物のようなアヤトはとてもじゃないが俺には理解できない独自の世界の住民だった。
だけどそれにしても人と上手く繋がってるなと感心していれば……
「ほーら綾人さん、ポテトグラタン大好きでしょ?
こちらの品種のジャガイモで作ったポテトグラタン、興味ないとはいえませんよね?あー、俺との約束を守れない子は食べる資格あるのかな?」
「飯田様、そんないじわるを言わないで!
無駄遣いはしません!倹約します!なのでその日本じゃ売られてないブランドのチーズをふんだんに振りかけたポテトグラタンを食べさせてください!」
アヤトはカオルの足にしがみついての懇願する様子にこうやって手懐けているのかと飽きれる物の、この子供と仲良くする様子に国に帰る事で職場はもちろん良い友人に出会えたことに親のような役割をした俺の役目が終わった事に寂しさを覚える物のあの時父親の助言通りに手放した事が間違ってなかった事を誇りに思うのだった。
娘しかいないオリオールにとっては息子そのもののように扱っていた。
例えば森に連れてって狩りを教えたり、山に連れてってキャンプをしたり、川で魚を釣りに行ったりと。オリオールは息子がいたらしてあげたかった事をカオルと共に過ごすのだった。家族も最初の頃、自分の子供より他所の子供になんてと憤慨していたが、それでも交流するうちにカオルがそう言った事を一切した事のない、それどころか海もプールも、家族旅行すら記憶になかった事を知り、さすがに可哀想と思うようになった。
オリオールも仕事人間だったが、そこは父や祖父が子供との思い出を大切にする人間であった為に、オリオールの家族はそれなりに楽しい思い出は残っていた。カオルの家では年中休みはなく、政治の場でもあったので板長が抜ける事はまずありえなかった。オリオールの店では格式は高くあれど政治の場にはならなかった。いつどんな事が起きるか判らないから店から離れる事が出来ない、そんな事は少なくともなかった、その為の完全予約制だった。
自分達が恵まれていた事、愛されていた事を理解してオリオール一家はカオルを家族のように扱う事にすれば娘は少し距離を取りつつも逆にカオルに巻きこまれる形でオリオールが今まで教えてこなかった狩りを学び、野山で野草を摘んだりしてキャンプをしたりと言う体験をするのだった。
最も年頃の娘は私は遠慮するわと嫉妬していたのが嘘のように二人の行動に興味を失うのだった。
それどころかよくそんな事続けられるわねと呆れ果てる母と娘。むしろ巻きこむなと言う様にオリオールの世話をカオルに任せるようになるのだった。
もちろんそれは職場でもあるレストランでも広がった。
何年も修行してやっとこのレストランで働けると言うのに知人の甥かなんか知らないが伝手だけでここは働ける場所ではないと言う様に、東洋の端の島国から来た男に若手の者達は随分と意地の悪い事をしたが、それは数か月の出来事。
若手に分類される中であっという間に仕事が出来る人間となった。慌てる若手とそれを黙っていた中堅の者達はさすがにまずいと思った。俺達の立場が悪くなる、若手を止めなかった俺達はどう対応すればいいと思う合間にカオルはオリオール達の古参の者達の技術を自分の物にして一年もせずにシェフ・ド・パルティを任され、四年後にはスー・シェフとなる事になったのだ。
その頃には面白くないと言ってた者達は辞めて行ったし、残った物は素直にカオルの実力を認めて友好関係を築くのだった。
カオルはフランス料理を学ぶ傍ら賄などで育った家の味を披露し、その頃には繊細な味付けをオリオールの店の人間に楽しんでもらえるようになった。
ある年のカオルの誕生日、カオルは今日の賄は俺にやらせてくれと頭を下げた。
せっかくの誕生日だからとオリオールは腕を振るうつもりだったが、その頃にはカオルの内に秘めた意図を理解できるようになり
「費用をプレゼントしよう。好きなようにやりなさい」
「楽しみにしててくださいね」
そう言ってにっこりと笑う顔はカオルの叔父のカエデを思い出し、この笑顔に何度翻弄されたかと逆に感心するのだった。
オリオールはカオルにプレッシャーを与える為に従業員のみんなに
「今日はカオルが何か企んでいるぞ!楽しみにしろ!」
と、言いふらしながら期待度を上げて行く。
カオルも苦笑しながらもいつから作ってたのか半分以上下ごしらえをした料理を持ち込んできて仕上げて行くのだった。
ランチの時間が終わり、ディナーの準備の合間に休憩と食事をとる。
そこで披露された料理はフレンチとは違う華々しさはない物の、一つ一つが宝石のような輝きを放っていた。
一つ一つはボリュームはない。むしろ一口で食べれてしまうのではと言うような料理が皿の真ん中に美しい背景を描くソースに引き立たされていた。
料理が崩れる事はない。
ソースが皿を必要以上に汚さない。
そこまで計算された料理と気づけば驚かずにはいられない。
カオルはオリオールの驚きを他所ににこやかに次々に料理を出してくる。
素材の味を引き立てる料理はそれでも一つ一つ丁寧な処理がされていて噛めば噛むほど旨みが増してくる。前の料理の余韻とも喧嘩をしない。ナイフとフォークを操る手が止まらない。一体いくつ出てくるのだろうか、それよりも次は何が出てくるのだろうか。一つ一つの丁寧な拘りぶりに舌を巻きつつ、だんだん増えて行くボリュームにも気づかず次第に満たされていく腹だが、塩加減の薄さに舌は疲れずどこまでも食べてしまう。恐ろしいと思った。カオルはこの味で育ち、見て、学んで。しかも年齢や経歴を考えれば直接教えられるわけではなく言葉通り視覚と嗅覚、日常で沁み込んだ味覚と厨房で交わされる些細な情報で学んだのだろう事にカエデが兄を越えられない、そう言った意味を思い知らされた。
料理に夢中になり気が付けば大した量ではないと思っていた料理に重くなった腹をさする頃にやっと最後のデザートへとたどり着いた。これ以上出たらどうしようかと思った所なのでほっとしつつ総て食べ終えた所でカオルはいつものにこやかの顔で言うのだった。
「この場で言うのは卑怯かもしれませんが、親から帰って来いと言われました。
目標はここで十年齧りつきたかったのですが、先日お客様の依頼により渡仏しこちらに同行した父が俺の料理を食べたらしく、かつて食べたオリオールの料理を見事再現している。これ以上ここで何を学ぶと言い、本気で料理を学びたいのなら次の場に移るべきだと言いまして……」
祖父から続くこの店を軽く見られた、憤慨する所だったがカオルの家の店の料理を本気で作った物を食べて夢中になってしまったのだ。
カオルはまだ伸びしろがある、若い芽を摘むわけにはいかない。
少しだけカオルとの日々を思い出しながら
「そうか、それなら当然だ」
カオルの事を本気で考えるのなら次のステップに進ませるべきだと判断しざるを得なかった。
「弟子の可愛さに手元に置きたかったが、この料理を食べてしまった以上認めるしかない。カオルを一番知る師の言葉なら確かなのだろう」
ありがとうございます、声にならなかった言葉と丁寧に頭を下げたそのはずみで零れ落ちた涙に俺達は一人一人カオルを抱きしめて、何かあればこの店で待っていると送り出したのだった。
そんな出会いと別れをしたカオルが今度はカオルと初めて会った頃の年頃の子供を連れてきた。
どこか当時のカオルより幼い顔立ちだったが視線がが凶悪で性格もすこぶる悪かった。
制御不能な野生の動物のような口の悪い子供だったが、それでも立派な大人だった事には驚かずにはいられなかった。
紆余曲折があり、その野生動物のような子供、改めアヤトに借金の代わりに雇われる事になったが、まぁ、悪くはない職場だった。
本格運転はまだ先の話しだが、一人の偏食家を矯正させ、訪れる客人の対応。まぁ、一人ぐらい訳ないと思っていたが、次々に人を集めてくるアヤトのせいでめまぐるしくも充実した日々を過ごすも、やはり野生の動物のようなアヤトはとてもじゃないが俺には理解できない独自の世界の住民だった。
だけどそれにしても人と上手く繋がってるなと感心していれば……
「ほーら綾人さん、ポテトグラタン大好きでしょ?
こちらの品種のジャガイモで作ったポテトグラタン、興味ないとはいえませんよね?あー、俺との約束を守れない子は食べる資格あるのかな?」
「飯田様、そんないじわるを言わないで!
無駄遣いはしません!倹約します!なのでその日本じゃ売られてないブランドのチーズをふんだんに振りかけたポテトグラタンを食べさせてください!」
アヤトはカオルの足にしがみついての懇願する様子にこうやって手懐けているのかと飽きれる物の、この子供と仲良くする様子に国に帰る事で職場はもちろん良い友人に出会えたことに親のような役割をした俺の役目が終わった事に寂しさを覚える物のあの時父親の助言通りに手放した事が間違ってなかった事を誇りに思うのだった。
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