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心は広く持ちたいと言う事を願っております 4 

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 漆喰に塗られた壁を剥がして気が付く。
「この漆喰、厚いですね」
 バールを突き刺してもなかなか貫通しないので思わずつぶやいてしまえば
「それが西洋漆喰の特徴だ。
 レンガとか石積みで出来た建物を漆喰で補強するからどうしても厚塗りになってしまうんだ」
「さすが資格持ち、詳しいっすね」
 浩太さんもへーと感心しているも
「代わりにそれだけテクニックもいるし、乾かす時間もいる。
 出来上がりの風合いも和風漆喰と比べると迫力も違うけど、小さな失敗は大きくあらわれる。難しいよ」
 烏骨鶏小屋の二階ではさらりと作ってくれた人の笑いながらの忠告に信憑性が判らない物の、あれだけ塗らされて少し上達したと思う俺では確実に難しいと思うのは当然だろう。
 その合間にも他の職人さんとガリガリと漆喰を剥がしている間に床を張り替えるのか俺達の遠い所から床を剥がして行く光景も見れた。
「こりゃ急いで剥がさないといけないな」
 俺達以外もその様子に動かす手が忙しくなるのを何だかおかしくなって笑ってしまえば判らない言葉で陽気に話しかけられる。
 気合を入れて漆喰を剥がす。
 ゴーグルとマスク、そしてヘルメットをかぶって安全第一はどの国も同じようだ。
 言葉が分らないが、この状況でおしゃべりできる人物はちゃんと離れた所で指示を出す偉い人と決まっている。
 急きょ参戦したお手伝いの俺達にはあまり関係がないなと言葉が無くても判る仕事を引き受ける。年齢通り一番下っ端のめんどくさい仕事をどんどん引き受けて行けばあっという間に昼になった。
 汗をボタボタと垂らしながらも到着して休みもなく仕事に混ざり、旅の疲れもあってしんどいけど漆喰を剥がせば大きな石積みの姿が見えた。そこまで来れば漆喰も剥がしやすく容赦なく剥がしては剥がされた漆喰をこちら番のネコで運び出す。
 ちゃんと産廃扱いをする辺りなんでも谷間に放り込む綾人の家の事情とは全く別物だった。
 いや、これが普通なんだけど……
 とりあえずある程度剥がす事が出来れば後は石を傷つけないようにするだけなので、人では余るから俺はどんどん漆喰を運び出すだけ。
 シャツの色も変わり、あまりの暑さに脱いで首にタオルをかける格好になってしまえば
「圭斗君、手を休めてこっちおいで」
 山川さんが手招きしたのでネコを置いて見に行けばいつの間にか姿が見えなかったかと思えば漆喰を水と混ぜて練り合わせている所った。
「フランスは硬水だからどうかなって思ったけど普通に粘り具合を見て作ってたからあまり参照にならなかったな。でも、綾人君の家で教えた感触と変わらないのは判るだろ?」
 板とコテを使って感触を確かめさせてもらえばフランスの職人さん達は興味深そうに俺達を見ている。その中の一人が一枚の、古い漆喰を綺麗に剥がして水洗いした壁を指さしてどうぞと言うように身振り手振りでやって見せろと言う。
 水洗いして大丈夫かよと思うも触れればしっかりと渇いていて、思い出せば一番最初に剥がした壁だったようだった。いつの間にそんなにも時間が過ぎていたのかと小さくなった影に時間を確かめる様に時計を見ればとっくにお昼の時間は過ぎていた。だけど山川さんはそんなの気にせずに借りていた板とコテで手慣れた様に漆喰を掬い上げて

 ザァッ、ザァッ……

 少し重々しい音が耳に響く。
 厚塗りをしているせいか烏骨鶏の小屋で見せたような伸びやかさはないが、ものの数分だった。
 均等に美しく、重ね塗りの斑のない、まだ水分を含んでいるので鏡のような輝きのある漆喰の壁が出来上がっていた。
「こんなもんだな」
 山川さんはまるでいつもの仕事をしたと言う様に、漆喰が固くなってしまう前に次の壁に取り掛かろうとすればどこからともなく拍手が響いていた。
 俺も内田さんも思わずと言うように振り返れば一人のいかつい人がやってきて、山川さんが取りかかろうとした壁に漆喰を塗り始めた。
 ザッ、ザッ、ザッ……
 重々しい音はかわらず、でも何かが違うと言う様に見ていれば仕上がりを見れば一目瞭然だった。
 塗り合わせた所に同じ感覚で模様を浮かべていた。
「ありゃ、コテ跡を残したかったのか?」
 なんて山川さんが言って直さないとなぁ、なんて言いながらも乾いてない漆喰にコテを当てて隣の壁と同じようにコテ跡を作る。
 作れるんだ……
 それも見よう見まねで。
 そんな驚きの数分で隣の壁と別の人が作った壁と同じ仕様に作り変えてしまい、何だか魔法を見ているように唖然と二枚の壁を見比べていた。
 もちろん隣の壁を塗った人もその仲間も素直に驚いてくれて声を上げていれば何事だとこの現場監督のクレイグがやって来た。
 三人で何か話しているが俺にはさっぱりなのでとりあえず漆喰をこねまわしている人に交代と言う様に手を差しだせば、汗をかいて顔を真っ赤にしてた人はありがたいと言う様にシャベルを渡してくれた。
 クレイグは山川さんと壁を塗った人と何やら話だしていたが、驚いた事に山川さんは何やら英語で会話をしていた。会話と言っても単語と身振り手振りと言うような感じだったがそれでも会話が成り立っているようで、俺はズボンのポケットからスマホを取り出して綾人と連絡を取る。
 ありがたい事にすぐに通話が繋がれば、浩太さんが俺と変ると言う様にシャベルを手にしてくれた。ありがとうございますと一言断り、山川さんの隣に立って、まったくわからない会話に耳を傾ける。綾人の仕事と言う様にスマホを音声を拾いやすいようにむけていれば
『クレイグ』
 そんな綾人の掛け声に呼ばれた人物は会話を止めて声の元、スマホに顔を向ける。
「アヤト!」
 声だけで誰か判るのかと思えば二、三言葉を交わした後スマホの通話は終了。そしてすぐにクレイグが取り出したばかりのスマホが騒ぎ出し、小さな画面に綾人の顔が見えた。
 何やら俺の知らない未知の言葉(英語)で山川さんは単語を拾いながら聞いているようだけどクレイグと左官屋はふむふむと言う様に相槌を打てば直ぐに苦笑とOKと言う返事。これは俺でも判った。どうやら一つの方針が決まったようで、山川さんは一掬いだけ漆喰を取るとすぐに今度は薄く刷くように漆喰を塗り、最初見た鏡のような壁を作りだしたのだ。
 山川さんは瞬く間に二枚の壁を仕上げ、山川さんと張り合う様に漆喰を塗っていた人は塗り終えた山川さんとコテの角度について身振りだけで何やら会話をし、その後山川さんが見守る側で一枚の壁を塗り始めた。
 やっぱりと言うかどうしても薄っすらと残る筋に山川さんは苦笑しながらその人の腕を掴んで一掬いした漆喰で綺麗に筋所か塗った痕も残らない鏡のような壁を仕上げるのだった。
 うん。あれは俺もしてもらった奴だ。
 俺の腕なのに強く握られたわけでもないのに俺の意志なんて全くないと言う様に山川さんに操られた体験は今も忘れられない鳥肌の立つ思い出だった。
 同じ思いをしたのだろう男は感嘆詞だろう言葉を叫びながら山川さんを抱きしめていた。さすがにそれは真似できないが気持ちはわかると頷いてしまえば聞き覚えのある声が笑っていた。
「何だ、圭斗君も山川さんにやられた口か」
 隣に立つ浩太さんが俺と同じく様子を見守りながら固まらないように漆喰を混ぜていれば
「浩太さんも?」
「若い頃やられたよ。
 後継者がいないからってどうだ?って言う所までが当時の山川さんの口癖だったけど、後継者を育てるより誰もが使えるように広める方を選んだようだね……」
 暫くの間、会話無き手首と腕の動作だけのコミュニケーションを見守りながら浩太さんはポツリと一言。

「おっさんスケールでかすぎるだろ」

 子供の頃からの知り合いなのはわかるが普段はおっさん呼ばわりなのか…… なんて、俺からしたら浩太さんもおっさんなのにと言うツッコミは絶対に口にしない。


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