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木漏れ日が差し込む白い部屋で 4

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 五人で羊羹を食べながらこの上品な和菓子に舌包みを打つ。
 エドガーとブライアンは初めて食べる異国のお菓子を不思議そうに、でもおいしいと食べてくれる。二口で。
 ちょっと、これ一竿結構なお値段なのよ?
 化粧が崩れないように品よく手を添えて食べる奥様を見て!男なら一口大に切って口をみっともない位に開けないようにして食べる飯田さんを見本にして!
 だけどいただけない事にお飲み物がコーヒー……
 イギリス人が紅茶を飲むからフランス人はコーヒーを飲むと言うのは本当だろうか、昔読んだ本に書いてあったが実際に出てきたコーヒーに今度羊羹を贈答する時はお茶も一緒に沿えようとしようと脳内メモを張っておく。
「それでお話し合いは付きそうなの?」
 奥様はさらっとそんな事を言う。
「そうですね。エドガーと話してもらった通りで満足いただけるのなら、ですが」
 まだ三分の一ほど残る羊羹をもごもごと食べながら合わないコーヒーを啜る。台無しだぁ……
「奥様はご納得済みで?」
「そりゃあ沢山もらえたらそれに越した事はないわ。
 半分は税金で持って行かれるからね」
 ちゃんとそう言う所も納得済みらしい。
「だけど我が家にはストラディバリウス以外のバイオリンもあるの。
 この人は何て言うか判らないけど息子達に譲るバイオリンは他にもあるから、こだわる事はないのにね」
 そう言う奥様は昔はマリンバの奏者だと言う。今はさすがに演奏する事はないと言う。
「下手に家名を付けたのが失敗だったか」
「いえ、単にお宅のお子さんの財布の状態が危ういのが問題なだけで、そんなのんきな事を言ってるとケツの毛までむしりとられますよ。冗談抜きに」
 言いながらエドガーとブライアンに調べてもらった二人の財産の状態を見せる様にお願いした。
「一応財産管理人としての事務所の力で調べてもらえる範囲で調べてもらったけど、ずいぶん借金溜めたね。二人に譲っても税金払えないし、売り払って終わりだね」
 さすがに二人は知らなかったと見えてその書類を見て顔を真っ青にしていた。
「こんな、あの子たちまだ子供にお金がかかるって言うのに」
 顔を真っ青にする奥様とジョルジュに
「二人がバイオリンにこだわる理由です。
 こう言ってはいけないのでしょうが、親の七光りでデビューした後これと言ってぱっとした経歴もなく楽団の方は続けてるようですが、意外と安いですね。生徒さんに教えたりしているようですが、この年収でよく銀行からこれだけのお金を借りられましたねって理由考えなくても判りますね?」
 ゆっくりと俺を疫病神でも見る様な視線を向けるも
「俺としてはこの家の名義を奥様に変更してジョルジュ亡き後もこの邸宅に住めるように準備する事が今できる事かと思います」
 厳しい視線に
「オリヴィエには言っていません。
 聞いた話しでは年が越せないと?」
 顔を真っ青にした二人は
「娘と息子にも言ってないの。お願い、それは言わないで!」
 奥様が縋る様にこの現実を否定するかのように俺の手を握って来た。
「もちろん。それは貴方たち二人の仕事です」
 優しくも厳しく突き放す。所詮俺は赤の他人だ。
 ジョルジュはまさか知る人がいるなんてと言う様に頭を抱えるも
「それを知ったうえで君は交渉に来たのか?」
 かすれた声のジョルジュに
「生きている間にちゃんと受け渡しをしたいのが本音ですね」
 後腐れなく、そして納得しない二人よりも周囲に認知されるように早め早めに手を打ちたいと言う様に焦る心を誤魔化すように笑みを浮かべながら
「もちろんこの後かかる医療費は決して安くはならないでしょう。
 バイオリン代以外に医療費を俺が支払うのも提案します」
 バイオリニストらしくお金が溜まれば名器と言われるバイオリンを買い漁るジョルジュに蓄えはあまりない。まぁ、バイオリンをお金に変えれば相当な資産となるが、それなら売る相手を俺にしてほしいだけ。
「ジョルジュ亡き後、ここまで美しい庭を作り上げた奥様が花を眺めながら心癒せるようにこの家を維持する為の現金化はどのみち避けられないでしょう」
「この下衆め」
「なんとでも」
 肩を竦める俺はそれでも熱心に語りかける。
「俺はオリヴィエにたくさんの優しさを頂きました。
 それはお金では買えない物です。ですが、あの子に必要なのは僅かな荷物よりも大切にずっと手にしていたバイオリンです。
 俺はそれを切り離したくなく、恩を返せるのならとこうやってこの場に来ました。
 答えはすぐには必要としません。貴方にとっても家名を付けたバイオリンの行方はとても気になる所でしょう。
 八月いっぱいまでこのヨーロッパに居る予定です。心が決まればエドガーへと連絡を取っていただければ十分です」
 そう言って立ち上がり。
「今日は帰ります。ですが、他の誰かに譲るぐらいだったら俺に連絡をしてください。
 さっきの話ではありませんが、俺にとっては『ロード』と並ぶ宝ですので」
 そう言って辞させてもらうのだった。
 結構な時間が立っていた物の車に乗り込もうとした所でアレクシスとセシリアがやって来て俺を睨み
「バイオリンは譲らないわよ」
 なんて今にも襲い掛かって来そうな二人にエドガーと飯田さんが間に入るも、俺はその二人の間からアレクシスとセシリアに語りかける。
「一度手放せば二度と手に戻る事のない物だと言う事は理解できます。そして何も『エヴラール』を売らなくても別のバイオリンを売ればそれなりに貴方たちの借金の返済にも十分に充てられるでしょう」
「ちょ!何でそんなこと知ってるの?!」
 なんて喚くセシリアに肩をすくませながら
「親が倒れたタイミングでマンションの契約なんかするからです。
 いくら著名人の子息息女とは言えご主人の収入にも見合わない物件を購入しようとされれば幾らでも想像つきます」
 顔を真っ赤にして怒りをあらわにするも
「俺でも知っています。今の時代ストラディバリウスは時代に合っていない事を。既に常識だと聞いてます」
 年々大きくなるホールに対してストラディバリウスでは音を響き渡せるだけの力はない。ストラドが生まれた時代の建物でこそ美しい音が響きわたり、名器と言われたが……
「本当にバイオリンの事を思うのなら手元に残さないといけない物を見誤らないでください」
 それこそ先ほど通された部屋の戸棚の中に飾られていたバイオリンこそ今の時代の真の価値のある物だろう。幾らオリヴィエの持つストラドの価値が暴落しないとしてもだ。
 俺に言われるまでもなく現実を知る二人は車に乗り込む俺を苦々しくも黙って見送ってくれたのだが……
 
 草ぼうぼうの中にそびえ建つ、かつては貴族の城だった廃墟を見上げ何だか無性に消化できないストレスを抱えた俺はそのまま一度足を運んだだけの納屋へと向かい、見慣れた類似する機械といつからあるのかわからないまま放置されている燃料を見て

「ふっふっふっ……」
 
 不思議そうに俺を見るエドガーはともかく飯田さんは頭が痛いと言う様に手で目を覆う横で機械を身に付ける。
「イイダ、アヤトは何をするつもりだい?」
「まぁ、彼の家ではよくある事ですよ」
「?」
「ほら、人間ストレスがたまると物に当ったりするじゃないですか?」
「まぁ、ありますね。感心しませんが」
 たとえば物言わぬ相手であったり、大切だった誰かであったり、抵抗しない弱き物だったり。エドガーの立場ではそう言う人間をよく知るだけに眉をひそめるが
「綾人さんの場合、家の周りに無限に広がる侵略者なのです。
 つまり草刈。これが始まると長いんだな……」
 そして今俺達が居るのはそう言った機材が一式片づけられている倉庫。そこには綾人の家にも負けないくらいの充実下草刈りセットが幾つも並べてあった。
「やっぱりこの面積、機械に頼らないとですね」
「まぁ、なんて言うか、平和で良いですね?」
「一緒にやります?」
「大変うれしいお誘いですが午後から別件があるので」
 なんてエドガーは笑みを浮かべながらも久しぶりに開けられた扉から出てきた虫に「ひっ?!」なんて都会っ子的な悲鳴を零して逃げる様に後ずさりをしながら
「では、アヤトに進展があったら連絡するとお伝えください」
 文字通り逃げる様に車に乗り込んで去っていくのを綾人も手を振って見送っていた。
「さて、大変な事になった」
 見渡す限りの大草原を目の前に綾人がどこまでやれば満足するかなんて想像の付かない飯田はとりあえず
「綾人さん!食料調達に行ってきます!
 何か食べたい物はありますか?!」
「ポテトグラタン!!!」
「了解です!」
 とりあえず平常運転だと既に冷静になって次の戦いの為に意識は向いている事が分ればとりあえずご機嫌を取ればいつもの綾人に戻ると、アヤトのチョロイ部分を知る飯田は鼻歌交じりにこの大草原から脱出するのだった。



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