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眠れぬ夜に戦う為に 3

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 レストランを廃業する事を決めた後は色々と早かった。
 ホテルに帰って寝て朝食を食べれば飯田さんの呼び出しがあったけど人に会う予定だからと断るもそれなら明日一緒にお昼を食べましょうと提案された。絶対頭が痛い昼食になるだろうなと思うもあの最後に食べたビーフシチュー…… 仔牛の赤ワイン煮込みを思い出してじゅるりと涎が垂れた。
 話を聞く所あれからすぐに弁護士さんがやってきて、既に廃業を見据えて交渉の話しが来ていた中から店を一番いい値段で買ってくれる人との話し合いになったそうだ。
 もちろん家具や台所の食器、調理器具も合わせてその場でお買い上げ。別の大手のレストラン、もう少し庶民向けの店が入るらしい。
 ただし、店の中にはまだ個人の物や店の名前の入った物があるのでその処分の為に二日の猶予を貰ったらしい。
 もちろん一日目は荷物をまとめて、そして引っ越し作業。二日目も同じく撤退作業。本当なら肉体的にも三日で引っ越し完了としたかったらしいのだが、撤退作業と同時進行で新しい店の方が改装の為の工事に入ると言う。
 そう。
 既にあの店は別の人の手に渡っているのだ。
 新しい店のオーナーの意向でオリオールさんへの敬意からの猶予を頂いている。いろいろ葛藤があった物のいろいろスムーズに進んだのは次のオーナーがオリオールさんを尊敬し、後地となる店も高級感を損なわずにこの通りに相応しくありたいと言う言葉に沢山の物を譲ったと言う。まぁ、買い取ってもらったのだが……
 どのみちそんな胡散臭い話は俺は信じないし、家具は転売してそれを資本に新しいチェーン店と同じ家具を入れるのは目に見えている。
 まぁ、きっと一度は見に行くのだろうが、その時には懐かしさの欠片はなくても繁盛している様子が見れれば納得できるだろうと言う事を考えながら俺は一件の店の前に立っていた。
 オリオールさんとは違う高級店。
 ホテルに入ってるテナントだが、その個室に案内された先で待っていたのはくすんだ金髪と青い瞳のフランス人形、ではなくおっさん。
 鼻高いなー、インテリ眼鏡似合うなー、背がクソ高いなーなんて見上げながらの握手。これからのビジネスパートナーになる予定だ。
「初めまして、サワムラから紹介を受けたエドガー・ベクレルだ。エドガーと呼んでくれ」
「よろしくお願いします。吉野綾人です。アヤトでもヨシノでも呼びやすい方でどうぞ」
「ならアヤトで呼ばせてもらおう」
 なんか妙にフランクな人だなと引いてしまったのは俺のコミュ力のなさからくる経験値不足。ドンマイ俺。
 席についてお互い軽く自己紹介。まずは沢村さんとの知り合ったきっかけからこちらに遊学の話しに変り、イギリスでの滞在の話しからのオリオールさんの店の話し。
 その頃にはメインを食べ終えていて
「先日ジョルジュ・エヴラール氏とお会いしましてバイオリンの話しをさせていただきました」
「反対されたでしょう」
 至極当然の結果にエドガーももちろんですと言う様に頷くも
「だけど、ジョルジュはバイオリンを手放さなくてはなりません」
「確信を込めて言うのですね?」
「まあね。
 彼の死期と家族が抱えた借金。とてもじゃないけど今持つ現金では支払不可能な金額です」
「保険があるだろう?」
「既になんどかの手術を受けて利用してます。高額な保険には入る事が出来ないので手術代と入院費用の分の保険しか入る事は出来ないでしょう。そしてその後の治療費や介護を考えるとあの家族では支払いはとてもできないでしょう」
「なるほど。
 どっちにしてもバイオリンを手放さないといけないのか」
「華やかな世界の人達ですので、見栄は最後まで張ってしまう物でしょう。暮らしの質を上げるのは容易くても下げるのが難しい様に。
 でなければこのタイミングでアパートの引っ越し何てしないはずですから、バイオリンの現金化は必須です。それもオリヴィエが引き継ぎ、オリヴィエが家にお金を入れると言う事を前提の計画でしょうね。
 今オリヴィエはジョルジュの子供だし、オリヴィエの収入を無心する母親はいないので生活費として数年は搾り取る算段でしょう。恋人もいなければ結婚もしてないので搾り取りやすいでしょうね」
 呆れながらカプチーノを頂く。うん。食後に口の中に残る濃厚なコーヒーにだんだん緑茶が恋しくなってきた。ホテルに戻ったらティーバッグのお茶を飲もう。
 そんな事を考えている間にあくびが出そうになって失礼して横に顔を向けて口元を隠しながらあくびを一つ。
 エドガーは目を細めて何か納得と言う様に
「時差ボケですか?」
「それもありますが……」
 と言って
「こっちに来てからホテル暮らしなのですが、なかなかに賑やかで。
 こう見えても周囲三キロに家のない古民家で暮しているので夜中の生活音はどうも気に障って」
 高校生達が遊びに来るのは問題ない。数日限定のイベントだしお互い家の隅と炭と言う距離。初日はともかくそれ以降はみっちりと頭がしびれるくらいの押し込み勉強に食欲さえ抑え込む…… のは無理だけど、それでも夜はそれなりに黙らすのは十分な成果を出している。
 エドガーも沢村さんから俺の紹介代わりに動画を見せていたようで、街中のホテル暮らしの喧騒を理解してかうんうんと頷きながら
「でしたら今からうちの事務所に寄りませんか?
 家では抵当に抑えた不動産もありますし、事務所の一階のテナントではアパートの紹介もしています」
 そんな面白そうな話に
「そう言えばフランスってお城も売っているんでしたっけ?」
 寝不足で思わずと言った言葉にエドガーさんが何か承知したと言う様に笑みを浮かべた事に気付かずにいた俺はよほど疲れていたのだろう。


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