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行動力ある引きこもり程面倒でしょうがない 11

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 アンティーク。
 それは何て魅惑な世界なのだろうか。
 いや、知ってたけど実際それを見て、触って、使う。骨董に囲まれている俺が言うのもなんだがこれはこれで趣が変わって好奇心が尽きない。
 マホガニー材の書斎机は装飾も美しく重厚で、この荘園の主の机としてふさわしい貫録があった。
 まさにこの書斎の主。
 机に肘をついて俺の到着を待っていたロードはニコニコとしながら席を立って、部屋の一角にあるコーヒーテーブルへと案内してくれるのだった。ソファか何かだと思っただけに意外と思えば
「年を取ると柔らかい椅子は腰に来るからな。知り合いに頼んで適当なのを見繕ってもらったんだよ」
 中々に趣味が良いと誉めるロードに確かにと美しい木目にそっと指を触れてしまいそうになった所で簡単に触れるなと言う様に手を引っ込めばまるで子供みたいだとロードは笑い
「この部屋の物は私が来てからそろえた物だから触れても問題ない」
「あー、では失礼して」
 そっと触れる。
 表面のニスはもう艶はなく、触れれば木目の微かな境が指に引っかかる。
 美しい木目を引き出すように弧を描く背もたれは個性豊かに植物の彫刻が施されて本当に背を預けてもいいのだろうかと思うもこう言う椅子の背にはもたれないのだったかと、姿勢正しく椅子に座る。
「あ、座りやすい」
 思わず漏らしてしまった言葉にロードは「そこに感動するのか」とさっきから酔っているかのように笑いっぱなしだ。
 なんだか恥ずかしくなってきたものの
「忘れる前にどうぞ。アビーと一緒に教えてもらいながら作ったレモンドリズルケーキです」
「これだよ!イギリス人はみんなこのレモンドリズルケーキが大好きなんだ!」
 言いながらもロード自らこのコーヒーテーブルと同じ彫刻が施されたサイドボードに俺が来た時に案内の人が用意して行ったティーセットから紅茶を自ら注いでくれるのだった。
「あの、手伝います」
「なに、これは君のケーキを貰うお礼だよ」
「あー、いえ。ありがとうございます」
「なに、アヤトが家具にそんなにも興味あるとは思わなくてな」
 それでご機嫌なのだろう。
「家具の良し悪しは実はよく判りませんが。俺の家は代々林業をして生業をしてきました。そして同じようにその木で家を作る大工とも懇意になった一族もいます」
 それはそれはと言う様に耳を傾けるロードにスマホから写真を見せる。
「俺の祖父が結婚する時に祖母に送った婚礼家具です。俺の国の古い習わしでは家具は花嫁が婚礼家具を持ち込むのが一般的な風習でした」
「それは、大変だな」
 きっとこの家具を集めるのにも相当な金額をつぎ込んだろうロードの驚きぶりに今は作りつけ家具が一般的だからそう言ったのはすたれて来たけどと付け加え
「ですが、うちには樵と大工が居ます。その大工もまた長い年月をかけての腕の確かな職人で、この様なタンスを作りました」
 ロードの部屋の家具のように一切の彫刻はない物の。一般的な常識を打ち破った暴挙ともいえるデザイン。そして今も木目が割れる事のないまるで生きているかのような美しいタンス。
 真っ直ぐ空に向かって伸びる幾重の木目は輝いていて、バアちゃんが何時も乾拭きをしていたのは子供の頃から見てきた光景だった。
 写真を見てロードは目を見開き、長い間呼吸を忘れたかのように食い入るように見つめてただ一言。
「美しい……」
 他に言いようのない木の生きざまをそのままに見せつけた芸術。
 切られて加工された事にも気づかなく命そのものを晒し留めた刹那の永遠。理解できる人の他に表しようのない言葉に俺は十分満たされる。
「はい。祖父が他界した後も変わりなく磨き続けた宝でした」
 そして今も二人の部屋に置かれたタンスは荷物こそ何もないが変わりなく置かれている。
「こう言った家具と言うより木々に囲まれているので、どうしてもまずは木の素材を見てしまいます」
 なるほど。
 納得したと言う様に十分に蒸らした紅茶を俺に差し出してくれて、ケーキを半分に切った。そしてその半分を自分のプレートに引き寄せて真っ白なレモンが微かに香る固まった厚みあるアイシングにフォークを差せばざくっとわれて……
 美味しそうに、そしてとろける顔で至福の瞬間を文字通り噛みしめていた。
 俺は品良い厚さに切り分けて自分の分を食べるも、きっとアビーのふくよかな体はこのレモンドリズルケーキで出来ていると言う様な甘さを紅茶で流し込むのだった。
「アヤトは判ってないなぁ」
 俺の食べ方にそれでは立派なジェントルマンになれないぞと言うが
「繊細な舌を持つ日本人には砂糖が多すぎです」
「何を言う。
 日本には豆を砂糖で煮た菓子があるではないか。
 あれを丁寧に越して寒天で固めた羊羹だったか?私は栗が入った奴が好きだ」
「栗羊羹ですねー。おいしいですよねー。
 だけど栗を砂糖で煮た『栗鹿の子』が俺は好きです。栗を茹でて、裏ごしして、砂糖を混ぜたペーストに更に栗を合わせると言う単純なお菓子だけどしっかり栗を楽しめるぜいたくなお菓子ですね」
 飯田さんが作ってくれた時、同じ県内の有名菓子屋にも負けないお味に歓喜したのは当然で、さらに飯田さんのお父さんが作ってくれた栗鹿の子にはあまりの優しいお味に泣けてきて……飯田さんが拗ねてしまったのはどうでもいい話し。
 あの包み込むようなねっとりとした甘さを思い出して浸っている間に目の前のロードは何やらメモ帳に栗のペーストに……などと一心不乱にメモを取っていたのは見ないふりをして
「部屋に戻った時に遅ればせながらレモンドリズルケーキを調べてみたのですが、本当に身近なお菓子なのですね」
 言えば当然と言うように視線を上げながらメモ帳を片付けて
「イギリスのティータイムにお菓子は欠かせないからな」
「そう言えば前にバターケーキにジャムを挟んだケーキを食べました。ビクトリアケーキだったかな?」
「ああ、あれも勿論定番だ。ジャムを入れたり、クリームを入れたり。毎回何が挟んであるか楽しみなんだ」
 子供のように笑うロードは本当に甘いもの好きと言う様に沢山のお菓子の話しが始まればその後はロードのケーキ談義に花を咲かせてしまうもやがて秘書と言う名の白髪の髪を後ろに撫でつけた執事さんが現れた。
 そして容赦なくロードさんを睨んだ後、俺に向かって極上の笑顔を向ける。
 爺さんの笑顔何て嬉しくないもんと言いたいが、視線はロードさんを逃がさないようにと向けられている。なんか怖いよ……と言うかこの荘園の受付に居た人がこの人だったかと思い出していれば
「さあ、そろそろお客様を拘束するには時間が遅くなっております。
 客室までご案内しましょう」
「あ、いえ。大丈夫ですから。
 この後この荘園のパブの方に足を運びたいので」
「それはありがとうございます。
 どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」
「はい。では失礼します」
 そう言ってゆっくりと部屋を辞して、途中から逃げる様に寧ろ駆けこむようにパブへと足を運ぶのだった。
 だって笑顔で目が笑ってない人って実際見た事ある?少なくとも俺はない。
 絶対近寄っちゃいけない人だとパブに飛び込めば観光客や宿泊客ですでに賑やかに盛り上がっている空間に入ってほっとするのだった。



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