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震える足が止まらぬように 16

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 このチャリティー演奏会では俺はゲストとして呼ばれている。
 十数年前より何名かの有志により始まった演奏会はここ数年夏季休暇の始まりに開催される事が定番となり、クラッシック好きな人は必ず聴きに来てくれると言うくらいの有名な演奏会となった。ヨーロッパでもこう言った演奏会はよくあり、ジョルジュの勧めで色んな演奏家とも知り合いになれるチャンスだと言って出演を進めてくれた物の母さんがお金にならないからと断って来た場でもあった。
 ようやくこう言った場にも出演できると言う期待からの緊張もあるが、今俺は非常に悪目立ちをしていた。
 判ってたとは言え、主催者達の困惑した声を聞き取るのは俺みたいな人間にはお手の物。参加を促してくれたマサタカがずっと俺の面倒を見てくれていたが、挨拶とかそう言った事もあって俺にかかりっきりじゃいられない。今日の日の為にハルが付いてくれてたけど、この国の有名女優が側に居ると言うのはそれはそれで悪目立ちしていた。
 だけど楽屋に綾人達からの抱えきれないような花籠や飯田の務める店からの山ほどのお菓子や軽食の差し入れ。こちらは綾人が依頼をしてくれたとメッセージが添えてあって、俺が寂しくないように、この国でもこんな状況でも俺を支えてくれる人がいると周囲にアピールするようなサービスぶりは過保護すぎるだろうと苦笑さえしてしまう余裕を生み出す始末。おかげで出演者やスタッフの方とも仲良くなれて、それはそれで主催者様達を困惑させる事になる。綾人のごり押しの援護半端ないと感謝しているもその代償としてハルの友達のタキとか言う人がカメラを構えて俺の撮影をしていた。ほぼ密着状態で。
『ほらー、折角綾人君がこんなにも応援してくれたんだから。頑張った証拠を綾人君に見せつけないとね』
 花とお菓子の差し入れのお礼は俺が舞台に立った演奏姿だと言うので俺も顎を上げて
『かっこいい所撮ってくださいね!』
 そんなリクエスト。
 多紀と言う人は任せてくれと言って楽屋の姿から撮影を始めるのにはさすがに苦笑は隠せなかったが。
 ゲネプロに沿ってマサタカが用意してくれた舞台衣装に身を包み、舞台のそでに立って出演の順番を待つ。
 こんなにも緊張するのは久しぶりで、震える足を落ち着かせるために深呼吸をする。
 目を瞑り、手に握るバイオリンはジョルジュの手を思い出せばやがて緊張がほぐれていく。
 だけどこの国の標準的な頭髪と瞳を持たないカメラマンを見つけてこんな所にまでと神経を逆なでするような苛立ちが俺を包むもマサタカが気軽な声で
『飯田君の差し入れ食べた?ほんと美味しいよね。
 今日は大事なお客様が見えてて演奏会来れないって言ったけど、そんな大事なお客様が来る日にこんなにも朝から準備してくれて彼も律儀だよね』
 言いながら一口大のサンドイッチを食べていた。
 俺と一緒に舞台の裾から出ないといけないのにサーモンとクリームチーズのサンドイッチをパクパクと食べながら側に居たマネージャーに麦茶のペットボトルを持たせている。
『よく食べれるね?』
 思わず聞いてしまえば
『チャリティーコンサートの気楽な所でバイオリン弾きで良かったと思う所だよ。
 それに初めて舞台に立つわけじゃないんだからもっと気楽にしていいんだよ』
 とはいう物のその言葉通りに慣れるかと思うも
『そう言えば言ったっけ?
 このコンサート時々アドリブが入るんだ』
 アドリブって何なんだと首を傾げれば
『恒例なんだけど即行で弾かされたり、無茶ぶりをさせられたり、お客様にクラッシックを身近に感じて貰う為に俺達が笑いものになる企画が入るんだ』
『笑いものって?』
 馬鹿にされるとか言うわけじゃなさそうだが
『たとえば二倍速で弾けとか、目隠しで弾けとか、楽器交換とか?』
『嘘だろ?!』
『これが案外定着している人気お楽しみコーナーだ。
 こう言った事なんてオリヴィエは初めてだろうから楽しむと良いよ』
 マジか?なんてあっけにとられた瞬間名前を呼ばれた。
 一足先に舞台に足を向けたマサタカについて行く形だが、そこにはすでにさっきまでの緊張はどこにもなく頭もやや真っ白になっている中で司会者に紹介を受けて無難な皆が知る曲をマサタカと二人で弾いて行く。
 まあ、このコンサートのメインはマサタカだから俺達の演奏が終わった所で他の出演者も出てきて一緒に演奏を楽しんだあと、お楽しみコーナーがやって来た。
 と言っても誰もがよく知る楽譜が配られて演奏をし、演奏が終わった後楽譜なしでもう一度弾くと言う、うろ覚えの所は誰もが手を止めると言う酷い演奏に会場は大いに笑いに包まれると言うクラッシックの演奏会あるあるの空気の中に俺が居る事に失敗しても笑いながら演奏に戻る様子をほかの演奏者たちも失敗しながらも笑って戻りやすいようにサポートをしてくれた。
 音楽で繋がるってこう言う事なんだと今更ながら感慨に耽っているうちに無事演奏は終わった所で司会者がまた紙の束を持ってやって来た。
「それでは次は、プロなら初見の楽譜でも演奏が出来る説を試してもらいたいと思います!」
 会場の爆笑より出演者の同様になんだとマサタカを見上げれば、司会者の言葉を訳してくれる合間に楽譜が回って来た。
「今回の楽譜はこのチャリティコンサートに合わせて編曲されたあの世界的有名な指揮者でもあるマイヤー・ランドルート氏編曲の未完成曲『雲の中の子守歌』をどうぞ」
 下がった司会と目の前に広がった楽譜に俺とマサタカだけが別の意味で驚き全員が戸惑いながらもどこかぎこちない音で子守唄を奏でて行く。
 とは言えスローで伸びやかな曲に客席のお客は誰も笑わなく、それどころか目を瞑って聞き入ってくれていた。
 難しい技巧は入れてない。それだけに失敗がすぐに判る物の子守歌と言うには何所か目を覚めそうな曲調に楽譜をにらめっこする演奏家達の戸惑う様子は少し微笑ましい。
 そこはジョルジュに目が覚めそうだと指摘された場所。
 ああ、これはジョルジュの仕業かと俺は開き直って俺が綾人の為に作った拙い曲がこんなにも沢山の人に聞いてくれる事を誇らしく思うのだった。



『ジョルジュ、さすがに驚いたけど一言位言ってくれてもいいんじゃない?』
 演奏会が終わり浮かれた空気が漂う中で飯田が差し入れをしてくれたお菓子やサンドイッチを食べながらスマホのモニター越しで文句を言えば、どこか見覚えのある背景を背に
『それを言ったらオリヴィエは驚いてくれないだろう?』
 いたずらっ子の悪戯が成功したようなチャーミングなウインクの笑顔の横からこれもよく知った顔が混ざって来た。
『マイヤー!』
 思わずその顔を見て叫んでしまえば彼も皺の深い顔に満面の笑みを浮かべて
『その様子ではびっくりしてくれたみたいだね』
 言いながらスマホに手を伸ばしたのか画面がぐるりとかわり、これもまた見知った顔達が笑顔で手を振っていた。
『え?え?え?』
 思わぬ協力者はあんな母親のマネージングでも俺のバイオリニストとしての未来を信じてくれる人達が並んでいた。
『これは内緒だけど』
 まわりこむように皆を背景にジョルジュがスマホの片隅に顔を半分だけ映して
『向こうで仲の良い友人が出来たそうだな。アヤトと言ったな。あの生意気なクソガキ』
 その言い方に一瞬誰かと思うも生意気なクソガキと言う所で理解が出来た。俺も大概だけど、ジョルジュが笑って言うあたり何か面白い事をしたのだろうと思う事にすれば
『あのクソガキお前の作った曲だからと楽譜と映像を送って来たぞ。
 今度の演奏会にびっくりさせるためにクラッシック仕様に仕立てろとオリヴィエを押し付けた代償だって私達を無償で働かせたぞ』
 そりゃチャリティーだからなんて言う事は言わない。と言うか、驚きで何も言えなかったのが正解だけど俺のあっけにとられた顔を見て満足したのかジョルジュからスマホを取り上げたマイヤーが歌う様に言葉を紡ぐ。
『マサタカから聞いてるよ。何か作曲作りに目覚めたって?』
 言われても思ったような曲が作れずにそっと視線を反らせながら
『マサタカのまねです』
 言えばマイヤーは笑い
『こっちに帰って来たら私の所に来なさい。曲作りを教えてあげよう。勿論他にもいろいろ教えよう』
 音楽学校にすら行った事のない俺の欠点。マイヤーの背後に並ぶ人たちが知ってて当然の事を知らない俺。それをマイヤーが教えてくれると言う。羨ましいと背後の友人達はマイヤーにブーイングをするもそれを心地よく受け止めて
『既にオリヴィエの部屋も用意してある。安心してあの『雲の中の子守歌』を洗い直そう。あれでは寝た子も起きてしまう!』
 その主張にみんなも大爆笑。言わないでよ、俺も思ったんだからと思うも、綾人の家でのあの教え子たちが集まったあの日。眠たかったのにもかかわらず寝るのがもったいなくって時間ばかりかかるスマホ越しの会話と言う作戦会議こそ今俺が経験しないといけない出来事で。
『マイヤーは判ってないなぁ。今時の子守歌は寂しい事も悲しい事も吹っ切れるくらい夜を楽しんで朝日を浴びて安心して眠るんだぜ?』
 胸を張って言うもマイヤーもジョルジュも理解できないと言う顔に俺は笑い
『雲の中に隠れてそう言う事にも目を瞑ってもらえる人に贈る曲だ。
 笑って疲れてやっと眠れるくらいがちょうどいいんだよ』
 寂しい、悲しい、それを乗り越えるくらいの楽しい、幸せで塗りつぶせればいいと願うそんな曲。間違っても子守歌にならないけど綾人に願うのは不幸を代償に得る幸せではなく

 心から沢山の人に愛されている事を気づき続けてほしいと願う俺のメッセージだ。


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