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震える足が止まらぬように 15

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 東京はびっくりするほど暑かった。 
 この一月ほど人すらあまりいない所に居たので人の多さにも驚かされた。
 これから演奏会までお世話になるマサタカの家はマンションで、玄関を潜れば早速と言う様に
『オリヴィエ~会いたかった~!!!我が家であえるなんて感激!!!』
『ハルも久しぶり……』
 玄関で待ち構えてたのかドアを開けた瞬間マサタカを押しのけて俺をハグとするその腕の力に窒息寸前にマサタカも笑っていた。
『ほら、長旅だったんだから少し休ませてくれよ』
『うーん。もうちょっと久しぶりのオリヴィエを堪能させてぇ?』
 子供の居ないこの二人の間で俺は我が子の如く抱きしめられてぐちゃぐちゃになるのは出会った頃からの洗礼で、周囲の誰も止めてくれないと言うか止められないハルの歓迎ぶりはもう恒例となっていたので色々諦める事にしていた。
『そんなこと言ってないで、飯田君がお菓子を作ってくれたからお茶にしてくれる?』
 休憩させてと言えばムフンと笑い
『それを早く言ってよ~』
 やっと俺は解放されてやれやれとマサタカは笑っていた後ろからマサタカのマネージャーがやってきて、今回目的の演奏会で弾く曲の楽譜を持って来てくれた。
 彼も俺をとてもよくしてくれて、足りない服とかそう言う滞在するに当たり色々な物をそろえてくれていた。だけど俺は
『マサタカ、今すぐ練習したいんだけど』
 言えば目を細めて笑いながら
『じゃあうちのスタジオに案内するよ。うちはスタジオが二つあるから。
 奥さんの仕事の集中する場所と俺の練習場があるから。奥さん今舞台やってるから日中家に居ないから好きに使っていいよ』
『ハルありがとう!』
 言いながらコーヒーと飯田が用意してくれたケーキが並べられた。
 卵とバターと砂糖と小麦粉を同量で作る俺の舌にもなじみのある、みんなには甘すぎると不評の甘さと重さのある素朴なケーキに足が止まってテーブルに着く。
 ずっしりとした生地のケーキにこってりとした濃厚なバターと甘酸っぱいイチゴのジャムのコントラストが舌を楽しませてくれる。
 とは言え綾人達同様ハルもマサタカのマネージャーもあまりの甘さにコーヒーにすぐに手が伸びたようだけど、この素朴さを是非とも楽しんでもらいたいと思っていればマサタカがもう一つケーキを持って来てくれた。
『こっちは奥様にって飯田君からのプレゼントだ』
 そう言ってもう一つ何故かマサタカの鞄から取り出された長方形の箱からはチョコレート色のケーキが出てきて、どうやらこれはハルへのサプライズらしい。
『うわぁ!こっちも濃厚で美味しそう……』
 このバターケーキの甘さに辟易したのか顔を引きつらせるもののマサタカはケーキを切り分けてこのバターケーキの隣にチョコレートケーキも並べて早速と言う様に口へと運ぶのを見て俺もチョコレートケーキを自分で取り分けて食べれば
『うわっ!濃厚!』
 見た目よりも濃いチョコレートの味に驚いてしまえばハルもマサタカのチョコレートケーキを一口分取り分けて
『あら?これ美味しいじゃない。良いチョコ使ってるんじゃなーい?』
 こっちの方が食べやすいと言ってマサタカのチョコレートケーキを引き寄せた代わりにバターケーキを押し付けて幸せそうに口へと運ぶ。ビターと言うか、甘さの少ないチョコレートケーキに俺は物足りなさを覚える物のハル達にはちょうどいいようで、俺はハルの食べかけのバターケーキを貰って口の中いっぱいに広がるバターと砂糖の甘さを堪能してから練習へと集中するのだった。
 ケーキの美味しさとお礼をメッセージを山ほど送れば飯田は金曜日の早朝にいくつかのケーキを持って来てくれるようになった。時々店で残ったケーキも差入れしてくれたり、綾人からと言って沢山の野菜も貰ったりしてマサタカと一緒にお昼を作ったりして料理の練習をしながらあっという間に今回の出演者達との練習も重ねて公園の日を迎えた。驚くほどの集中した日々と綾人に送った未完成の曲の完成を目指して試行錯誤の時間を過ごす。ジョルジュにも助言をもらいながら曲作りは何時しか綾人の曲以外も作り始めていた。
 与えられた楽譜以外の音を繋げて曲にする、こんなにも自由でこんなにも難しいパズルのような、それでいて心が供わないと響かない音があるのかと言う様に模索する時間は初めての出来事ばかりで、それは同時に今まで通り過ぎていた音楽を振り返る時間にもなった。こんなにも奥深い物だとは知らなくて、ジョルジュも言ってた音楽は生涯の友と言うのも今なら理解でき、それだけ俺は音楽に対して作業的だった事をプロになって十年近くたって初めて気付かされた。
 いや、本当は自分でも知ってたのかもしれないけど、こうやって面と向えて考える事になったのは初めてだ。
 一日中練習場で楽譜とにらめっこしたり、気分転換にタブレットのアプリを起動して音楽を作ったり。
 中々にして充実な時間を過ごしていると思うのは向こうでは演奏の移動ばかりに時間を割いてこうやって音楽に向き合う時間が少なかったのだと思うもそれはただの言い訳だと自分を戒める。
 俺だけが特別じゃない。
 誰もが通過する過程を何思いあがってるんだと自分に言い含めながらバイオリンを構え没頭しているうちに演奏会の日になった。



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