人生負け組のスローライフ

震える足が止まらぬように 8

　久しぶりに止水栓のバブルを開けば赤茶けた水があふれ出た。
　まぁ、これは誰もが予測していた事なのでバケツを用意して透明な水になるまで何度も排水溝に捨てる。
　せっかくの檜風呂の香りを錆びの匂いで汚したくない。
　俺と浩太さんでせっせとバケツリレーしながら水を流し続ける事数分。
「色もなし！匂いもなし！
　早速お湯を張りたいと思います！」
　お湯を溜めたバケツを渡しただけの俺とは違い、隣の台所まで水を流しに行っていた浩太さんはぜーぜーと息を荒げていた。お父さん頑張って。
　そんな応援を心の中でしながら薄っすらと溜まっていくお湯をオリヴィエは覗き込みながら眺めていた。
　そんな微笑ましい光景を眺めながら
「所で吉野の、これは特注だから随分水道代とガス代が高くなるぞ？」
「まぁ、そこはもう一つの方の風呂と交代交代で使えば良いと思ってるよ。ただこうなると冬場の凍結が怖いな」
「そこは入浴回数を増やせばいいだろう。
　先生なら毎日入ってくれるだろうしの」
　嫌な事を思い出させてくれた。
　そう言えばここ来年の春には先生が住み着くのだ。
　先生担当の圭斗に押し付けるつもりだったが……　ついでに圭斗と陸斗が入ればまだ元は取れるか？俺も毎日入りに来る？そんなのガソリン代の方が高くつくわ！
　水道とガス代は先生に支払わせようと当然の事を考えながらお湯が冷えないように蓋をかぶせて目視で１㎝溜まった時間からおおよその計算して
「じゃあ、折角だから草刈りでもしてるよ。
　『オリヴィエも一時間ぐらいしたらお風呂入れるから、それまで作りかけの家の見学をさせてもらうと良いよ』
　ではとりあえず解散！」
　言いながら既にでき上がってるウッドデッキに出れば風呂場から外に出れるのが驚きなのかオリヴィエもウッドデッキに出て設置されてるベンチに座りながら何やらスマホを弄っていたかと思えば色々な物を撮影を始めるのだった。
　まぁ、放っておいて大丈夫だろうと、年齢が近いから浩太さんとチョリさんは家の構造に付いて話し始める中俺は先生の家の二階へと上がり込み、窓枠に座りながらまだまだ眩しい陽が射す街を見下ろしていた。
　ぼんやりと、初夏の熱気を含む風を浴びながらゆったりとした時間を過ごす。
　もう先日のように何も考えたくなかった時にこの目に映る世界は今は輝いていて、オリヴィエがバイオリン以外の世界を楽しむ姿は心から彼らを招いてよかったと思えた。俺とよく似た瞳をした子供がちゃんと心から笑える姿も見たし、視線を外に向ける事が出来るようになったのだ。好奇心から自分以外の世話も出来るようになったし、少しだが勉強もしたいと言ったので簡単な数学から教えている。フランス語は多分俺ではなくフランスの人に学んだほうが絶対いいのでそこは師匠のジョルジュさんに話をすると良いと言っておいた。
　出来れば学校にも通って同世代との交流もした方が良いと進めるも、時に嫉妬からよくない出来事がまっているかもしれないから、離脱も前提に試してみる覚悟で一度は挑戦しても良いかもとぼやけば
『それだったらスキップして音大に行けば良いよ。この国とは違って実力がすべてだから、年齢なんて関係なく行ってみればいい』
　そんなアドバイスにやはり一度は学校に行ってみたかったのだろう。バイオリン以外の好奇心を言う事を許されなかった時代はもう終わったのだ。一つ一つやりたい事を見つけて自分で挑戦して行く歳に差し掛かっているからと背中を押すも、一瞬で顔をまた暗くさせるのだった。
『当分はお金溜めなくちゃいけないからね。大学はそれからだ』
　今までの出演料、演奏量総てを母親が持ち逃げしてしまったのだ。チョリさん曰く弁護士を通して何やら動いてくれているらしいが、全額回収できないのはどの国でも同じだし、母親をマネージャーとしていたのだ。仕事はどうあれ正当な報酬を受け取る権利のある立場だった以上、内容はどうあれオリヴィエに支払い義務がある。出演料とかが幾らかは知らないけど大学に行ける程度には取り戻せればいいと思うも

「オリヴィエのおふくろさん、ホテルのスイートルームに長期滞在してたから絶対残ってないな」

　チョリさんがそんな事を言ってたような気がした。
　事務所もやめたから仕事を自分でとりに行かないといけないのかと思えばオリヴィエの帰国後の困難に自然に溜息が零れ落ちた。