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山の音楽家が奏でる山の景色 9

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 綾人に家に泊まっている二人も一緒に聞いていた。
 チョリさんだったかは
「こんな時に厄介になって申し訳ない」
 なんて謝るがオリヴィエは日本語が通じないのでキョトンとするも心配そうに綾人のいる部屋を眺めるだけ。彼には言葉が通じないからと後でチョリさんから聞いてくれと言うことにした。

 知らない言葉で難しそうな顔をしながら話し込む面々から逃げるように鶏小屋の二階へと逃げ込んだ。
 昼間にちょうど温かなものをもらいにと鶏小屋から降りてきたら綾人が抱えられるようにして家の中に連れられていくのを見てしまっていた。
 顔を真っ青に、絶望。涙を零してないのに死にそうなまでの悲しみを浮かべて呼吸をしていた。息は乱れて、とにかくこっちが泣きたくなるほどの辛さだけが伝わってきて、後でマサタカから聞いた話しに綾人と似た何かを感じたのはそこかと理解した。
 夜になっても綾人は部屋から出て来ず、そのまま部屋から出てこないのではと思っていたら綾人を心配する人達が集まってきた。
 飯田は帰ってしまったものの綾人と一緒に寄り添っていた圭斗と弟の陸斗。そして先生。さらに夜遅くに宮下と言う人までやってきた。
 眠り続ける綾人の顔を覗きに行ったり手持ちぶたさに掃除を始めたり、宮下なんかは圭斗と陸斗の髪を切り出し、なぜか俺まで切られることになった。
 意外と上手い。
 前は事務所の契約で髪も勝手に切れなかったけど、そう言った自由が手に入ったものの全て自己責任。自由と言う束縛ほど扱いにくいものはないと実感しつつもみんな綾人の為に何かしたいと足掻いていた。
 大して俺の事を知らないはずなのに困ってるのならおいでと言ってくれたと言う綾人。
 事務所の契約更新で母さんが欲をかき、折り合いがつかずに事務所を退社することになってフリーになった瞬間から仕事のキャンセルが相次ぎ、俺を切り捨てて有り金の全てを持って男のところに行ってしまった。
 最近は演奏会ばかりでホテル住まいだったけど、まさか住んでたアパートメントを処分したからのホテル住まいだったって事に帰る家がなく困り果てて残り少ないお金で師匠のジョルジュのところに行って初めて知らされた事だった。
 ジョルジュはすぐにいろんな演奏仲間を呼び寄せてどうするかと言う話をしてくれたが
『一度この国を出て隠れよう』
 母さんみたいにお金にだらしのない人も少なくないこの業界では有名な弁護士を交えての導き出した答えに母さんがすぐに接触出来ない場所がいいと言う事で全員の視線がマサタカに集まったところで行き先は決まった。
『できればマスコミからも隠れれる場所が良いんだが?』
『心当たりが一件。ものすごい田舎でも?』
『むしろ希望通り』
 と言ったのはジョルジュ。
『オリヴィエ、お前は街中に生まれて街中で育った。そのせいか雄大な自然を描く演奏をお前はイメージしきれてない。
 マサタカが連れて行ってくれるところがどんな所かわからないが、一度体験しておいで』
 そう言って俺はマサタカに手を引かれるままこの国にやってきて、案内されるがままこの家にやってきて、生家を思い出す白い土壁の静かな部屋を好きに使っていいと与えられた。

 静かで心安らぐ心地良い場所だった。

 絶対音感を持つ俺達には街の喧騒と言う音の洪水にはただイライラとさせられていた。世界は不協和音に不協和音をぶつけた何のメロディーにもならない音で満ち溢れた苦痛でしかなく、ヘッドフォンで遮断して心地よい音だけに耳を傾けて俗世を切り離すのが俺の日常だった。
 無視しやがって、いい気になってと言われ続けてきたがあいにく俺と同じようにこの音に満ち溢れた世界を苦痛に思う仲間は沢山いた。
 とはいえここの静けさは風と木々の枝葉の揺れる音。そして時折り混ざるわずかな生活音と動物達の声。
 ここにきて初めて知る安らぎにジョルジュが行けといった意味をやっと理解した。
 さらに飯田が作る美味しいご飯は世の中がひっくり返るような感覚だった。
 今ならジョルジュが野菜はうまいぞという言葉を理解できそうで、出された料理は気付けば全部食べていた。
 正直自分でも驚きで、ここを紹介してくれたマサタカ、そして好きなようにバイオリンを弾いていい場所を提供してくれた綾人に感謝をするのだった。
 見知らぬ国、見知らぬ土地、見知らぬ人。
 出会いほど素晴らしい経験はないというが、俺にたくさんの感動を教えてくれた人が今にも死にそうなくらい衰弱していた。
 俺と母さんの関係は元々ドライだったが、綾人とその母親は複雑だという。
 くわしくは教えてもらえなかったが、病院に入院していると言う話を聞けば推測で理解するべきだろう。
 ジョルジュに連絡をして何ができるだろうかと相談するも
「私達はバイオリニストだ。
 やれることはただ一つだろ?」
 病院で入院しているはずなのに何故かネクタイをして美味そうにステーキを食べているジョルジュに病気じゃなかったのかよと思うも
『病院の食事は全くもって旨くない。あんな食事を食べるために私は頑張ったわけじゃないんだ!』
 少しはダイエットしたらと思うも
『ありがとう。俺がやるべきことを見つけたよ』
 そう言ってスマホの電源を切ってタブレットを取り出す。
 最近は全く使ってなかったので電源も入らなかったけど、充電をして起動をする事ができるようになってアプリをインストールする。
 楽譜を作るためのアプリ。
 この国に来るまでマサタカがずっと使っているのを見て使い方は覚えた。
 作曲はまだしたことなかったが、この静けさに彩りを与えたい、そんな思いはすでに燻っている。
 この部屋を教えてもらってからずっと真っ白な壁を見ていたのだ。温かみのない白い壁に温度を与えたい、そんなささやかな野望。
 初めて使うアプリの練習と言って四苦八苦しながら初めて作った曲はスコアを見た時点で消去してしまった程の酷い作品。
 この山はそんな軽い物じゃないだろうと、今更ながらマサタカの産みの苦しみを理解するのだった。
                 
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