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新人三人組が昼飯を食べるのを見ながら用意したプリントを園田の分も配る。
解き方の見本と後は繰り返して基礎を体に刻みつける。応用は帰って来てからでも十分だ。
「とりあえずわからない所は陸斗に聞け。
陸斗もこれなら応えれるはずだからちゃんと覚えたか確認の為に説明するように。
今まではひたすら自分で覚え込むためのインプットばっかりだったけど人に教える事で再確認するアウトプットも出来る様になろう。先生もフォローしてくれる。
お前らも陸斗の勉強法が次のステージに上がったから協力してやれ。そして次はおまえ達の番だと言う事も覚えて置け」
「うぃっす」
園田の即答と戸惑う三人組。
「ええと、もう一度聞きますが陸斗は高二ですよね?」
「そうだぞ。大体一年前から俺が教え込んできたんだ。どの大学にでも潜り込ませる準備はしてあるぞ」
潜り込ませるって言うよりも高二で自分達と同じレベルなら入れるだろうが
「お前達が遅れていると言うのなら、目標から離れていると言う意味では合っている。標準的な高校三年生の学力としては申し分ないが、そこまでだ。
相当頑張らないと第一志望は無理だろうし、今のままじゃ間に合わないのは確実だ」
それぐらいは判ってるだろうと話を進める綾人は園田もだぞと付け加えておく。
「カテキョでも塾でも間に合わないからせんせーがここに連れてきたんだから何とかするけど、お前らもそこの所の自覚は一つ持っておけ。他人の学力を気にしてる場合じゃないって。大学に進んだその先も競争はあるんだから、こんな高校生レベルで躓いている場合じゃない。大学入試レベルの問題に慣れておかないと計算に時間が取られて実力はあるのに何もできないまま何浪するつもりだ?」
言いながらもプリンターから吐き出す紙は止まらない。
綾人の言葉なんて右から左と言う様に吐きだされるプリントだけを三人は凝視していた。園田も陸斗も、植田や水野さえあたりまえの光景だから動揺しない。むしろ俺達に合わせて作ってくれてるんだな。綾っち実は暇なんだろうと綾人の目の前で口に出した事はないが導き出した答えは先生も含めて一致した意見だった。
ただ藪蛇は突かない。
下手な事を言って倍返しどころじゃない事は想像しなくても判る。
もう、経験からくる本能で察するレベル。
綾人の本気を垣間見る瞬間だが、綾人の本気はこんなもんじゃないと言う宮下の言い分に誰もが顔を青くする。
ただ宮下が怯える内容を知る高山はそっと涙をぬぐう。
高校三年になって掛け算を覚えなおさない所からいけないからそんな事になるんだろと、陸斗の手前黙っている事にしているがあの時の綾人の鬼神ぶりは教育者としても学ぶ所があったなと振り返るも何で高校教師が高校生に小学生の勉強を教えないといけないんだと頭を抱えたのは当然だ。
ともあれ今回の三人組は高校レベルで基本も出来ている。ただ本番に弱いだけのポンコツで、その自信につながる数を重ねるだけ。レベルはどんどん上がっているがそこは気にしない。褒めたらだれるのがこいつらの欠点だ。
予定を伝え終えて準備を済ませた綾人と宮下は一通り何が必要か二人で確認しながら車で街へと降りて行った。
車が見えなくなった所でやっと石岡が息を吐きだし
「高山先生、綾人さんって一体どういう人なんですか?」
「綾人か?ここの地元の高校の教え子の一人だ」
「どこの大学出身ですか?」
好奇心に駆られて柚木も聞くが
「高卒だぞ」
つまらなさそうに幸治の理科を見ながら抑揚もなく言う。
「え?マジっすか?」
そんな人に俺達勉強を教えてもらってるのかと呟く羽田の声に園田と陸斗の手がピタリと止まる。
柚木はその周囲の反応に顔を引き攣らせて石岡に黙らせろと目配せするも、同じように目くばせする石岡と見合って硬直。
「まぁ、ちょうど受験の時にいろいろあってな。
今は無くなったセンター試験の直前にここで一緒に暮らしてた婆さんがなくなって、四十九日の頃集まった親戚に殺されそうになって、そのまま高熱で寝込んだタイミングが大学の一般受験と重なってな。それ以来ここで引きこもっている」
さもどうでも良さそうに言うが、説明の内容に幸治さえ手を止めて高山を見ていたがトントンと机を叩いて集中しろと促す。
沈黙が落ちた室内に
「まぁ、あいつはここに来た時点で学歴なんて興味失ったし、ネットでどっかの通信大学を受講したりして知識増やしているし……
お前ら何で受験を頑張る?」
突如そんな質問。
「俺は獣医になりたいから。綾っちが野犬捕まえて育てるの見てたのもあるけど、うちの爺さんが元々牛飼ってて、いつか俺もやるんだって思ってたのもあったけど、いつだったか廃業してさ。その時の理由が地元の獣医が高齢で廃業になって近隣の村から獣医が居なくなったのが理由。トラックに乗せられて売られていくのを見てあの時獣医が居ればって思ったのが根本かな」
そんな根深い理由があったのかと言う園田の答えにさすがの先生も頭抱えてそう言う事は先に言えと呻くも、陸斗は迷わずに
「圭ちゃん、兄が建築をやっていて、いつか一緒に仕事がしたくて建築家をめざしてます」
うんうんと頷く高山。
「こう言うのが夢って言うんだよ」
そう言って台所に行って野沢菜を取り出してポリポリ食べだしながら石岡を指名する。
「俺は仕事は家の仕事を手伝いたいから。技術屋だけど、経理とかで前にちょっとあって。他人に任すぐらいなら俺が守るって決めたから」
「意外にこれもヘビーな過去ねぇ」
「どさくさに紛れてかなりの借金抱えることになったので」
だから公立の進学校に居るのだろう。是非とも経済を学んでほしいと思いながら
「あとは医者と警察官か。とりあえず夢を叶えて良い生活が出来れば万々歳って所か」
うんうんと頷きながら話を戻すぞと言って
「綾人だが、こいつがまためんどくさいんだ」
ポリポリと野沢菜を摘みながら
「とりあえず高熱から復活した綾人は、まぁ、鬱になった。意地でも病院には通わなかったが、死んだように生きるための生活をして、ただその頃には学校に行くことはなくなって。それ以降は死んだばかりの婆さんが生きていた時にしていた事をなぞる様に暮していた。まぁ、何しでかすか判らないから週末通って監視してたが……
あの馬鹿はメンサの試験に受かって登録を無視したぐらいのIQでもって毎週のように生涯年収を稼ぐようなわけわからん事を始めたんだよ。
『これぐらい稼いでおけば当面生活に困らないだろう』
なんて真顔で言いやがった!あのクソ今思い出しても殴り飛ばしたくなる!俺がどれだけ苦労して労働に励んでいるか一晩中言い聞かせたいのに即効で寝やがった!」
そんなに稼いでるの?とかメンサ登録無視?とかそんなツッコミを言わせてもらえない空気だが、高山はゆっくりと深呼吸して
「学歴だけを見ればお前達の親はまず綾人を見下すだろう。負け組だっていうだろうな。
だけどな、あいつがほんの少し本気出すだけでお前達がここまで苦労して来た事もこれから苦労する事も全部飛び越えてこんな山奥で満員電車に巻きこまれる事も始業時間に焦る事も残業に追われる事もなく農家を堪能している。
二十三を迎えて既に一線を退いた社長のような生活を手に入れた」
「熊と猪には追いかけられてますけどね」
園田がどっちが良いかなあと言うもそこは高山も選ばなかった。
解き方の見本と後は繰り返して基礎を体に刻みつける。応用は帰って来てからでも十分だ。
「とりあえずわからない所は陸斗に聞け。
陸斗もこれなら応えれるはずだからちゃんと覚えたか確認の為に説明するように。
今まではひたすら自分で覚え込むためのインプットばっかりだったけど人に教える事で再確認するアウトプットも出来る様になろう。先生もフォローしてくれる。
お前らも陸斗の勉強法が次のステージに上がったから協力してやれ。そして次はおまえ達の番だと言う事も覚えて置け」
「うぃっす」
園田の即答と戸惑う三人組。
「ええと、もう一度聞きますが陸斗は高二ですよね?」
「そうだぞ。大体一年前から俺が教え込んできたんだ。どの大学にでも潜り込ませる準備はしてあるぞ」
潜り込ませるって言うよりも高二で自分達と同じレベルなら入れるだろうが
「お前達が遅れていると言うのなら、目標から離れていると言う意味では合っている。標準的な高校三年生の学力としては申し分ないが、そこまでだ。
相当頑張らないと第一志望は無理だろうし、今のままじゃ間に合わないのは確実だ」
それぐらいは判ってるだろうと話を進める綾人は園田もだぞと付け加えておく。
「カテキョでも塾でも間に合わないからせんせーがここに連れてきたんだから何とかするけど、お前らもそこの所の自覚は一つ持っておけ。他人の学力を気にしてる場合じゃないって。大学に進んだその先も競争はあるんだから、こんな高校生レベルで躓いている場合じゃない。大学入試レベルの問題に慣れておかないと計算に時間が取られて実力はあるのに何もできないまま何浪するつもりだ?」
言いながらもプリンターから吐き出す紙は止まらない。
綾人の言葉なんて右から左と言う様に吐きだされるプリントだけを三人は凝視していた。園田も陸斗も、植田や水野さえあたりまえの光景だから動揺しない。むしろ俺達に合わせて作ってくれてるんだな。綾っち実は暇なんだろうと綾人の目の前で口に出した事はないが導き出した答えは先生も含めて一致した意見だった。
ただ藪蛇は突かない。
下手な事を言って倍返しどころじゃない事は想像しなくても判る。
もう、経験からくる本能で察するレベル。
綾人の本気を垣間見る瞬間だが、綾人の本気はこんなもんじゃないと言う宮下の言い分に誰もが顔を青くする。
ただ宮下が怯える内容を知る高山はそっと涙をぬぐう。
高校三年になって掛け算を覚えなおさない所からいけないからそんな事になるんだろと、陸斗の手前黙っている事にしているがあの時の綾人の鬼神ぶりは教育者としても学ぶ所があったなと振り返るも何で高校教師が高校生に小学生の勉強を教えないといけないんだと頭を抱えたのは当然だ。
ともあれ今回の三人組は高校レベルで基本も出来ている。ただ本番に弱いだけのポンコツで、その自信につながる数を重ねるだけ。レベルはどんどん上がっているがそこは気にしない。褒めたらだれるのがこいつらの欠点だ。
予定を伝え終えて準備を済ませた綾人と宮下は一通り何が必要か二人で確認しながら車で街へと降りて行った。
車が見えなくなった所でやっと石岡が息を吐きだし
「高山先生、綾人さんって一体どういう人なんですか?」
「綾人か?ここの地元の高校の教え子の一人だ」
「どこの大学出身ですか?」
好奇心に駆られて柚木も聞くが
「高卒だぞ」
つまらなさそうに幸治の理科を見ながら抑揚もなく言う。
「え?マジっすか?」
そんな人に俺達勉強を教えてもらってるのかと呟く羽田の声に園田と陸斗の手がピタリと止まる。
柚木はその周囲の反応に顔を引き攣らせて石岡に黙らせろと目配せするも、同じように目くばせする石岡と見合って硬直。
「まぁ、ちょうど受験の時にいろいろあってな。
今は無くなったセンター試験の直前にここで一緒に暮らしてた婆さんがなくなって、四十九日の頃集まった親戚に殺されそうになって、そのまま高熱で寝込んだタイミングが大学の一般受験と重なってな。それ以来ここで引きこもっている」
さもどうでも良さそうに言うが、説明の内容に幸治さえ手を止めて高山を見ていたがトントンと机を叩いて集中しろと促す。
沈黙が落ちた室内に
「まぁ、あいつはここに来た時点で学歴なんて興味失ったし、ネットでどっかの通信大学を受講したりして知識増やしているし……
お前ら何で受験を頑張る?」
突如そんな質問。
「俺は獣医になりたいから。綾っちが野犬捕まえて育てるの見てたのもあるけど、うちの爺さんが元々牛飼ってて、いつか俺もやるんだって思ってたのもあったけど、いつだったか廃業してさ。その時の理由が地元の獣医が高齢で廃業になって近隣の村から獣医が居なくなったのが理由。トラックに乗せられて売られていくのを見てあの時獣医が居ればって思ったのが根本かな」
そんな根深い理由があったのかと言う園田の答えにさすがの先生も頭抱えてそう言う事は先に言えと呻くも、陸斗は迷わずに
「圭ちゃん、兄が建築をやっていて、いつか一緒に仕事がしたくて建築家をめざしてます」
うんうんと頷く高山。
「こう言うのが夢って言うんだよ」
そう言って台所に行って野沢菜を取り出してポリポリ食べだしながら石岡を指名する。
「俺は仕事は家の仕事を手伝いたいから。技術屋だけど、経理とかで前にちょっとあって。他人に任すぐらいなら俺が守るって決めたから」
「意外にこれもヘビーな過去ねぇ」
「どさくさに紛れてかなりの借金抱えることになったので」
だから公立の進学校に居るのだろう。是非とも経済を学んでほしいと思いながら
「あとは医者と警察官か。とりあえず夢を叶えて良い生活が出来れば万々歳って所か」
うんうんと頷きながら話を戻すぞと言って
「綾人だが、こいつがまためんどくさいんだ」
ポリポリと野沢菜を摘みながら
「とりあえず高熱から復活した綾人は、まぁ、鬱になった。意地でも病院には通わなかったが、死んだように生きるための生活をして、ただその頃には学校に行くことはなくなって。それ以降は死んだばかりの婆さんが生きていた時にしていた事をなぞる様に暮していた。まぁ、何しでかすか判らないから週末通って監視してたが……
あの馬鹿はメンサの試験に受かって登録を無視したぐらいのIQでもって毎週のように生涯年収を稼ぐようなわけわからん事を始めたんだよ。
『これぐらい稼いでおけば当面生活に困らないだろう』
なんて真顔で言いやがった!あのクソ今思い出しても殴り飛ばしたくなる!俺がどれだけ苦労して労働に励んでいるか一晩中言い聞かせたいのに即効で寝やがった!」
そんなに稼いでるの?とかメンサ登録無視?とかそんなツッコミを言わせてもらえない空気だが、高山はゆっくりと深呼吸して
「学歴だけを見ればお前達の親はまず綾人を見下すだろう。負け組だっていうだろうな。
だけどな、あいつがほんの少し本気出すだけでお前達がここまで苦労して来た事もこれから苦労する事も全部飛び越えてこんな山奥で満員電車に巻きこまれる事も始業時間に焦る事も残業に追われる事もなく農家を堪能している。
二十三を迎えて既に一線を退いた社長のような生活を手に入れた」
「熊と猪には追いかけられてますけどね」
園田がどっちが良いかなあと言うもそこは高山も選ばなかった。
応援ありがとうございます!
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