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山を歩くも柵はどこだ 8

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 のんびりお風呂から出てきた頃には飯田さんはすでに起きていてすっきりとした顔で昼食の準備を始めていた。
「お帰りなさい。庭に道具があったから帰って来てると思ったのでお昼の準備始めてました」
「すみません。汗をかいたので風邪をひく前にお風呂でさっぱりさせてもらいました」
 案の定シャツどころかパンツまで汗だくになって全部着替える羽目になった俺は腰にタオルを巻いただけの勇者スタイルで土間から突入する羽目になっていた。
 まぁ、これはいつもの事なので俺も飯田さんも見慣れた物だが、さすがに明るい時間となると少し恥ずかしさがこみ上がる。
 いそいそと土間を抜けて自室に向かう。
 女の人が居なくてよかった……
 何度この呪文を唱えた事か。飯田さんなら良いのかと思うもすでに年末年始の一発芸で散々バカな所を見ていただいた後。今更だと言うのが俺の本音だ。だと言うのに宮下は慎みを持ちなさいとか、それはお前だろと言いあいになるのがお約束。
 部屋に戻って今日はもう仕事をしないと言う様にしっかりといつものスタイルに着替えて台所にお手伝いできないかすぐに向かう。
 消したはずの囲炉裏に火がともり、そこにお膳が並べてあって
「さあ、食べましょうか」
 出された料理はきりたんぽ鍋だった。
「朝作ったご飯の残りで作ったんですよ」
「お手製のきりたんぽですか」
「はい」
 いい笑顔に何か理由があるのだろうと、鍋の中の鴨肉を見て原因はこれか?と首をかしげる。
「予約したお客様が体調不良で急きょキャンセルになってしまいまして。
 他のお客様に使いまわす事は出来ないので頂いてきちゃいました」
 きちゃいましたと言うわけにはいかないだろう。その辺で捕まえた鴨じゃないんだからと、青山さんの店のシェフの高遠さんのおめがねにかなった鴨なんだからきっとビックリするような値段の鴨肉なのだろうと顔が引きつってしまう。
「あああ、後で材料費だけでもお支払するので青山さんにお渡ししてください」
「綾人さんならそう言ってもらえると思いました。
 残りのお肉は既に仕込んでいるので夜を楽しみにしてください」
 ちゃっかりしてると言いたいが、それでも驚くような値段の鴨肉で目を疑うようなお値段のお料理を作る飯田さんプレゼンツの晩御飯となるのだ。お値段だけならいくらでもふっかける事が出来るだろうが、その腕から作られる料理は納得以上の幸せを与えてくれるのだから寧ろ材料費だけでありがとうございますと頭を下げるべきだ。
「どんな料理になるのかな?」
 既にウキウキワクワクと言うように言えば取り分けてもらったきりたんぽ鍋の鴨肉を早速と言う様にかみしめていれば
「鴨肉のコンフィなんて美味しいよね。寝る前にオーブンを温めておいたのでいい感じに温度も落ちてきたからオリーブオイルでニンニクとタイムとローリエと一緒に煮込んでいきます。じっくり寝かせると旨みも出てくるのですが、そこは休日なので目を瞑ってください」
「いえいえ、そんな手間の込んだお料理を」
 前に高遠さんが作ってくれた鴨肉のコンフィを食べた事があるのだが、そのお味と言ったら鴨肉への苦手意識が一瞬で忘れ去られる物で
「鴨肉は料理人の腕で味が左右される難しい食材ですからね。
 手は抜いてますが、高遠に追いつくお味は約束できます」
 俺が高遠さんの料理を絶賛したのを知っている飯田さんは負けじと挑んで来る時が時折あって、今回もその機会だと思ったのだろう。どんどん挑んでくださいと今晩も楽しみだと美味しいおだしのおつゆをたっぷりと含んだきりたんぽを食べながら
「ものすごく楽しみにしています」
「ハーブも早速下の畑から頂いて来ました。
 一応店からハーブも頂いて来ましたが、ローリエは仕方がないけどタイムは取り放題なのは嬉しいですね」
「よ、喜んでいただけて何より……」
 ついさっき潰してしまおうかと思った物のこれでは潰せないと背筋に冷や汗が流れてしまう。
「そうだ。今日は料理に使えるタイムの種をいろいろ仕入れてきたのですよ。
 よろしければ育ててみませんか?」
 いそいそと取り出したのは袋に入ったハーブの種。
「レモンカード、レモンタイム、キャラウェイタイム、オレンジバルサムタイム、イングリッシュワイルドタイム……
 色んなタイムがあるのですね」
「高遠と話をしていたらこの種をくれたのですよ」
 それはつまり……
「飯田さん経由でこれを育ててほしい、という事でいいのかな?」
 つと流れた汗は鍋で温まった汗だと思いたいがそっと視線を反らせてかつかつと肉を口に放り込む。肉ばっかりやめてと俺も肉に手を伸ばせばダミーの鶏肉を拾い上げるのだった。こんな罠があるなんて聞いてないと一度とったらリリースなしの我が家の鍋ルールに速攻で口へと放り込み。
「雪が融けたら植えれるかなあって楽しそうにしてたので断れなくて……」
 だからこの賄賂が来たのかと鴨肉を鍋からとって口へと運ぶ。
「土地はあるから構わないですよ。ただ気候に合わなかった時はごめんなさいだから」
「はい。それは俺からも先に高遠には言っています」
 なんせフランスの友人から種を輸送してもらう位の人だから気候のトラブルは十分に知っている。
「あと育て方は調べたら苗箱に蒔いておきますので」
「直接は蒔かないのですね?」
「育て方わからないし気候も判らないので芽が出るまでは畑の中でビニールハウス作って育ててみます。気温も湿度の具合も判らないので。ですが、畑の方の株からは新芽が出ているので蒔いても大丈夫でしょう」
「本格的な農家さんみたいですね?」
「趣味の園芸の知識程度ですよ」
 言いながら合間合間に鍋の具を奪い合う様に食べる。主に肉を。



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