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空と風と 3

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 タクシーに旅館のロータリーで降ろして貰ってぼーっと建物を見る二人を横目に旅館に入る。
 すぐにフロントにいた男性が顔を上げていらっしゃいませと丁寧なあいさつ。
「予約した吉野です」
「吉野さまお待ちしておりました。
 よろしければ宿泊カードにご記入お願いします」
 なんて俺が書きこんでいる間に宮下と圭斗はおっかなびっくりに俺の後をついて来て、住所と氏名を書いている間にきょろきょろと周囲を伺っていた。
「ご予約三名様の離れにご予約の吉野さま、当館のご利用は初めてという事でご案内させていただきます」
「離れ?!」
「そりゃ、ネットで見た時庭を一度見て見たかったから決めたぐらいだから。良く見える場所にするに決まってるだろ」
 その間にも浴衣やバスタオルの利用方法、内風呂もあるが大浴場の位置などの丁寧な説明を聞きながら宮下と圭斗に館内マップを貰うのだった。
「お食事は夜はお部屋で六時、朝もお部屋で八時という事ですがよろしかったでしょうか」
「はい、よろしくお願いします。
 後明日十時にタクシーの迎えが来る予定です。」
 タクシーの人の名刺に書かれた会社と名前、時間を備考欄に書き入れていれば
「早くない?」
「修学旅行のスケジュール通りだからな」
 そうだっけと言う顔をする宮下を無視して
「それっぽい時間通りに行動するぞ」
「ぽいなんだ」
 宮下の質問に
「嬉しい事に二十歳をこえたんだ。美味しい地酒を頂かずにどうするって事だ」
 フロントの人も笑わないけど頬の筋肉を総動員している忍耐力にさすがと感心してしまいながら
「それにタクシーの運転手さんに頼んで土産もしっかり買ってある」
「お前、いつの間に……」
「えー?タクシー待たせている間に運転手さんのおすすめ一度は飲んで欲しい地酒って奴を選んでもらったし。ちゃんとお駄賃も支払っているし」
「相変わらず人使い荒いな」
「ただ待たせるだけも悪いからね」
 言いながら基本宿泊費は前払いなので先にキャッシュで支払ってしまう。
 それを見て聞いてないぞというように宮下と圭斗も一応自分で支払うつもりのように立ち上がるのだったが、領収書を書いてもらう金額を見て固まるのだった。ちなみに追加料金はチェックアウトの時のお支払いだ。
「ふっふっふ……
 今回は俺の趣味に付き合ってもらうんだからな。海の幸満載でいくぞ」
「趣味とは料理と旅館どっちだ」
 圭斗がこんな金額払えないだろう勝手にしろと言う様に頭を抱えるも
「そんなの決まってるじゃないか。内風呂が決定打だ」
「五右衛門風呂暮らしの風呂好きめ」
「先生には敵わないよ」
 寧ろ勝ちたくないけどと言いながらフロントの案内のお兄さんに案内されて広い館内をてくてくと歩く。
 若いフロントのお兄さんに館内の楽しみ方を教えて貰ったり、庭の説明を受けたりしながら離れの一室へとやって来た。
 あまりの見事な室内と、その広さと間取り、何よりも
「すげえ……」
「この展望の部屋を一度見て見たかった」
 海は少し遠くに在れど、見下ろす庭園とすぐ近くに隣があるのにこの解放感。
「圭ちゃんヤバいって!この離れ二階があるよ!二階にお風呂があるよ!」
「マジか?!」
「それにここの建具ぜったい職人さんが手を入れてる!はやくみにいこう!」
「ちょっと待て!!!」
 そう言って足取り軽く二階に駆け上がる音を聞きながら
「すみません。あの二人古民家作ったり建具職人の所に修行に行ってまして」
 しれっと謝っておく。
 苦笑するフロントの人がじっくりご覧くださいと案内を終えて入れ替わるように仲居さんがやって来た。
 お茶とお菓子を出してる間にもきゃきゃと騒ぐ二階の二人を楽しそうですねと顔をほころばせる合間に心付け。
「申し訳ありません、今回急な予約でしたのに随分無理頂いてありがとうございます」
 料理もいくつか注文をさせてもらった上に未だに騒がしい二人。
 苦笑する仲居さんは
「同じ職場のお友達ですか?」
 仲が良いですねと微笑んでくれるので
「高校時代からの親友なんです。今回同窓会と言うか、修学旅行一緒に行けなかったので改めての広島旅行なのです」
「まあ、そうだったの?」
 修学旅行に行けなかったなんて残念ねと改めてのこの広島になんて優しいお友達なのでしょうと言いたげだけど、実際は俺ではない。あの時俺も行かないと言う選択もあったが、そうするとバアちゃんが悲しむ。人並みの高校生時代を過ごして欲しいと言うバアちゃんの要望に応えるためにこれと言って友達もなく誰ともしゃべらないグループ行動に尽した程度の行程だったが、それが楽しいかとかそう言うのは別問題だ。
 宮下も二年の時はいじめとまでは言わないけどからかわれていた鬱な時代。良い思い出何て通学時の行き帰りのバスのほんのわずかな幼馴染との会話の時間位。俺はスマホを見ると酔うのでポチポチと放置ゲーで時間を潰す程度。結局三年間この光景だけは変わらなかった。いや、三年目にして俺がバスの中でも勉強を教える徹底ぶり。一日二十四時間では到底足りないくらいの勉強が遅れた二人に一緒に乗車する事になった人達はさぞ迷惑だっただろうと思うも過去の話。これもこれで良い思い出だと懐かしむ事にしている。
 仲居さんも去って俺は二階に呼びかける。
「少し庭見て来るわ」
 庭から降りられるようになっていて、専用庭から外に出ようとした所で
「俺達も付いて行くー!」
「待て!おいていくな!!」
 宮下と圭斗が今度は庭の作りを見に走って追いかけてくるのだった。





 
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