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旅立つ君に 8

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 上島兄と綾人によく呼ばれるが颯太と呼んでくれと思いつつも最後まで上島兄と呼び方が変わらなかった綾人を何とかぎゃふんと言わせるためにもいろいろ頑張った。
「それ誰得?」
 植田に聞き直されて
「兄のプライド」
 と答えた物の
「他に人がいる時とかちゃんと呼んでただろ?」
 水野の言う事ももっともだけど
「常日頃から呼ばせたい」
「大学行くのに?」
 弟の達弥は元々弟呼ばわりされていたので今更気にしないと言う。
「戻って来てからの付き合いもあるだろうからな」
「悪いが俺は向こうに行ったっきりになるぜ」
 今日も大量の衣類を袋に詰め込みながら植田はもうこんな田舎には休みの時にしか帰らない宣言をする。まあ、一応夢を見て、そのための努力をして自分自身を養える身分になるために頑張るというのだから植田の考えも否定はしない。
「俺も帰ってくるつもりはないから」
 お袋曰く、農業一族の悪しき習慣、長男教程じゃないが後継以下も親のために奴隷になりなさい根性が発動している水野家は修羅場真っ只中という。
「水野さんちの婆さんが風邪をこじらせてからこの年末施設に入られてね、何でもすごい暴れるとかで追い出されたらしいのよ。お兄さんの家では面倒見きれないからって、でも一応水野さんのとこも受験生?でしょ」
 受験生?でしょって何だよ。はずれてないけどしっかり言えばいいじゃんと思いながらも話を黙って聞けば
「それを理由に進路が決まるまで待っててくれってお願いしたら息子に捨てられたってお婆さん電話で見境なく泣きながら言いふらしたようでね」
 うちが知ってるわけだと納得。
「うちも農家だから何があるかわからないけど、万が一を考えて一人でもちゃんとやっていけるようにするのよ?」
 不意に蘇った親の言葉に
「まあ、ここじゃ普通に就職先なさそうだしな。出て行くしかないよなー」
 気の抜けた声はゴミ袋十袋以上になっても減った気がしないゴミのせいだと思いたい。それでもまた袋を広げて
「とりあえず、目標は飯田さんみたいに対等になりたい」
「また無駄に高い目標を」
 呆れる水野だがお前こそこっちに帰ってくるなよと水野の将来の成功を願ってしまう。
「無駄に高くていいんだよ。飯田さんみたいに尊敬されなくてもいい。宮下先輩みたいに痒いとこに届くような距離になれなくてもいい。圭斗さんみたいに遠慮のない間柄じゃなくてもいい」
 だったら何なんだと言う植田に向かって
「だって颯太って呼ばれたら何だか友達っぽいだろ?」
 キョトンとする水野と植田がいつまでも何も言わないから失敗した。やっぱり言うんじゃなかったと思うも
「なーにーそーれー!ずーるーいー!」
 ゴミの上で植田が悶えだした。
 埃が立つから止めてくれと思うもいきなり水野に後ろから羽交締めにされたと思ったらそのまま裏投げ。それからごろりと転がって突っ伏した所で止まった。
 臭いけど下が衣類だらけで良かったと思うが
「お前なあ、一人だけ何ずるいこと考えてるんだ?」
 水野に背中を踏まれて
「ぐえっ……、おふっ!!!」
 挙句に植田が背中に乗った。
「綾っちと友達なんて俺もなーりーたーいー!
 いつまでも烏骨鶏以下のパシリなんてやーだー!!!」
 うんうんと頷く水野も俺の目の前にしゃがみ込んで
「一人だけ抜け駆けとはいい度胸だ」
 そう言って口を閉めた衣類の袋を開けようとするのを見て
「待て水野。それはやっちゃいけないやつだーっっっ!!!」
 想像だけで涙が出てきたけど容赦なく
「くらえ」
 ガバッと口を開けて俺の頭に被せてすぐに二人は逃げ去った。



 よろよろと四つん這いで開けっ放しのドアから脱出をして鼻の奥にこびりついたような悪臭に涙と鼻水が止まらない。オエッとえづきながらも二軒の間に作られた山水を引いた昔からよくある水場の冷たい水で顔を洗い、うがいもする。
 悪魔の所業を施した水野と植田は背後で腹を抱えているが
「水野お前最低だ……」
 戦意喪失な俺の文句に
「ふっ、それは先生に言え。
 先生の発酵させた靴下ばかり集めた俺の努力に笑い咽び泣くが良いっ!!!」
「どうやって泣けばいいんだよ!!!」
 ついでにうがいもしながらこの水場で冷やしていたペットボトルを取り上げてぐびっと飲む。
 臭い先生の匂いを洗い流すかのようにジン●ャーエールを一気に飲むも全く爽やかにならない口の中にもう今日は萎えたテンションに立ち上がる気にもならなかった。
「それにしても凄い凶器だな」
 なんて言いながらチャレンジャーなことに植田も臭いを嗅いでオエッとやって倒れていた。
 失礼だな。
 先生ならサラッと言ってまだ大丈夫だなとか言いそうだけど
「お前これ臭い嗅いでみたか?」
「回収してる時点で意識が飛びそうだったからな」
 死んだ目で語る様子にあの臭いを克服したとでも言うつもりだろうか。
 水野、恐ろしいやつ。
「っつーかお前ら何やってる……」
 圭斗さんがペットボトルが詰まった袋を持ってやってきた。
「ほい、綾人からの差し入れ。他のやつら呼んでこい」
 もう一つの袋には焼き芋が詰まっていた。綾人さんありがとうございますと山に向かって拝みながら悪臭を消すように胸いっぱい焼き芋の香ばしくも甘い香りを吸い込んで外から下に降りてこいと声をかけて先にいただくのだった。
 少し冷めてしまったものの芯の部分は十分熱々で悪臭を忘れて幸せいっぱい胸いっぱいと採りたての頃はホクホクな食感の紅あずまが収穫から数ヶ月置くことでデンプンが甘味にかわりねっとりとした食感はスプーンで食べていいほどのスイーツへと変化していた。
「圭斗さんだ」
「圭ちゃんいらっしゃい」
「ちーっす」
 ものすごいラフな挨拶にも「よう!」と誰にも変わらない気安さに
「「「兄さんって呼びたい!」」」
「何だ?つーか断る」
 秒殺されてしまったが悔いはない。
 ではないが、俺達は雪もなく乾いている地べたに座り
「今水野がすごい兵器を作ったから臭いを嗅いでみたら殺人級でイチコロだったんです」
 ハフハフと焼き芋を頬張りながらの植田の説明と指さしたゴミ袋を見て一瞬圭斗さんが固まった。顔は盛大に引き攣ってるし、冷や汗も流していたところを見ると全く知らないわけじゃ無さそうだ。
「テロでもやるつもりか?」
「テロられました」
 うわあと言う目で距離を取られてしまえば陸斗にまで距離を取られた。
 何だか泣きそう。
「俺も去年の夏にここで何日か世話になったけど、暑い日だったからな。一室何とか片付けた時意識が飛んだからな」
 俺たちより過酷な境遇に身を置いた勇者がいた!!!
「「「兄貴スゲエエエエエ!!!」」」
「兄貴もやめろ」
 謎のテンションに二年達も靴下だけが詰まったゴミ袋に怖いもの見たさで近付くも陸斗がそっとその口を封印するのだった。
「陸、それ捨ててこい」
「うん。ちょっとゴミステーション行ってきます」
 もう片方の手にも別のゴミ袋を持てば葉山も下田も同じようにゴミを持ってゴミステーションへと向かうの背中を眺めて
「りっくんもなかなかの猛者だな」
 植田の褒め言葉は素直にそうだなと言えないものの
「それ食ったら一度クリーンセンターに行くから大きなゴミをおろしておけよ」
 言いながらも焼き芋を頬張る圭斗さんがきた理由がただの差し入れではないことを理解するのだった。
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