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旅立つ君に 6

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 三月に入ると色々な事が加速したかのように進んでいく。
 上島家では子供二人がいきなり家からいなくなるのでその準備にてんてこ舞いな状態になっている。
 弟の達弥は三年間寮に入る為に着替えと身の回りの物を持っていくだけで良いので制服など準備するだけでいい。それだって指定の日に購入して後日寮の方に届けられるのだ。合理的で簡単なのは一年生全員が寮生活になるからだろう。家畜のお世話をする為に義務付けられていてどっちにしても寮生活は希望があれば三年の約束をされているのだ。ただ大学に進む兄の颯太の方は寮は基本地方出身者に、奨学金の申請している家庭が優先となっている。大学の敷地内に在って交通費もかからない便利さが売りだ。そんな寮に入れなかった颯太は学校から自転車で通える距離の古めの格安なアパートを借りた。綾人の家と比べれば断然新しいので問題はない。ちゃんと学生用のアパートなのでアパート代の安さにホッとしながら家電付きのアパートに感謝するのだった。冷蔵庫と電子レンジ、テレビとエアコンが装備されていてトイレバスは別々。文句もない。六畳一間の大きさのフローリングはよくあるアパートの作り。一階を借りる予定なので洗濯物は家の中で干す方が良いだろう。前の住人が置いて行ってくれたパイプベットに三つ折りのマットレスを購入して布団を設置。やたらと年季の入った炬燵は代々残された物らしくこたつ布団のカバーだけを買い替えただけで十分対応できる。
 洗濯洗剤なんかは未開封の物も置いて行ってくれたりしてあって、大家曰く
「何だかここのアパートに住む子達は後輩の為にいろいろ残して行ってくれるのよ」
 空き部屋にして引き払えと言いたい所だが、こだわりさえ持たなければお金が浮いて有り難いと言う物。
 何とかして綾人のバイトでかき集めたお金を使わないようにしたかった颯太にとってはこれらが宝の山のように見えた。少々年季は入っているがそこは問題ない。
 下見に行った時に両親も颯太も直ぐに決めたほどの謎の充実ぶり。いくつか部屋を見せてもらってこたつ付と言うのが決め手になった。少々部屋の電気のスイッチがいかれているが、そこは電気工事士二種を獲得した颯太。電気を通してからじゃめんどくさくなるといって断線しかけたコードを直したりしていれば大家さんが今時の子はそんな事が出来るのかとバイト代を支払ってスイッチの交換工事の依頼を請け負うのだった。
 酷い安上がりな工事だが颯太と同じスイッチの購入代も当然持ってくれて、腕一本でバイト代を得た感動は忘れられなく、既に住んでいる先輩の部屋にもお邪魔して顔見知りになったり、他の不具合も直したりと感謝される事になる。挙句に料理もそれなりに出来るのでいつの間にか溜り場となるのだが、その代わり人脈が広がり食費だけは困らない大学生生活を送る事が出来た為にバイト代はほぼお小遣いとして使えたのでそれなりに楽しい大学生生活を送る事が出来るとは今はまだ知らない未来の話し。
 植田、水野は奇跡的にも同じアパートを借りる事が出来た。田舎と違って常に綺麗さを保たれてるアパートはそれなりに値段が取られた物の都会だからこれぐらいよねと納得するしかない相場だった。学生アパートとは言え学校の数が全く違うので同じ出身地と同じ学校と言うのはとにかく心強かった。
 上島達と同じようにレンジ、冷蔵庫、テレビ、エアコンが揃うアパートだったが
「植田、ロフトがあるぞ」
「梯子上るのめんどくさくって絶対荷物置き場になる予感www」
「言われるとそんな気がしてきた」
 謎コンビは植田の言葉通り簀子マットを購入してそこに綾人の家で使っていたような三つ折りマットレスに布団と言う万年床を作り上げて、さらに春先の売れ残り価格の炬燵をセットし三年間お世話になる巣を完成させたのだ。わざわざ完成図を写メって送って来た室内の様子に楽しそうだななんて感想。ただ大学と違い、高校のようなみっちりとした授業のスケジュールと資格を取って何ぼの世界。資格試験の多さと夏休み返上しての講習は入学してから知る驚愕の事実に夏休みはお盆の間しか休みがないと嘆くのだったとは言え電車一本で帰って来れる場所がら。毎度意地でも帰って来る植田、水野の根性は褒め称えるしかない。幸いな事にこの辺りとは違い夜遅くまで開いている店があるのでバイトには困らないと駅付近のバイト代の高額さにご満悦に働く二人は既にブラックな職場を体験しているので何の苦にならずに働くのだった。うん。本当にごめん。
 そんな四人が旅立つ前に与えられた仕事は竹山の伐採と整理から先生の家のお片付けへと変更となった。筍が顔を出さない限り何も生み出さない竹山のバイトとは違い先生の家の掃除は何かと達成感があるだろうと思うも
「あやっち、もういろいろ諦めるけどさ……
 危険手当って付くの?」
「学生バイトだから日給プラス千円で十分だ」
 因みに基本給は離れの手伝いをした時の同じ五千円。一日の報酬にすればこの田舎では十分だ。
「あやっちって案外せこいな」
「若いうちは苦労するがいい。俺だって苦労したんだから」
「とても二十二歳の言葉とは思えんが、実体験に基づくだけあって涙が出るな」
 定位置なのかキッチンにポツンと置いてある椅子に座りながら冷蔵庫からビールを取り出してみんなが片づける様子を眺める教師に誰もが殺意を沸かせたのは当然だ。だけど
「先生頼むからそこから動くなよ。あんたが手伝うとかえってややこしい事になるから大人しくじっとしてろよ」
「そうだよせんせー、あんたポンコツなんだから下手に手伝おうなんて事考えないでくれよー」
「圭斗と綾人が酷い宮ちゃん!」
 宮下に泣きつく先生だが、
「うん。ビール飲んでていいからとりあえず座ってようか?
 陸、悪いけど焼き鳥かなんかおつまみ買ってきてあげて」
 宮下は慣れていると言わんばかりに綾人からお金を出させて陸斗と葉山と下田についでに全員の分の飲み物も買いに行かせた。植田達は見慣れていたが当たり前のように綾人にお金を出させる宮下に飯田は少し顔を引き攣らせていた。何この子、何で綾人さんの財布の主導権握ってるの?なんて当たり前のような光景のような誰も疑問を持たない光景を呆然と見ていれば
「シェフー、こいつら全員金持ってない奴らだから綾人が出すしかない状況なんだよ」
「こう言う時は先生が出すのが定番なのでは?」
「教師と生徒の間柄学校行事でない以上癒着はしない事にしているの」
「飯田さん気にしないで。先生がクソなのは今に始まった事じゃないから」
「それは知ってます」
 綾人のフォローにならないフォローに頷く様子に先生のこめかみに青筋が浮かび上がるがこれも事実なので誰も見向きもしない。
「何この俺の家なのにアウェー感」
「折角の卒業パーティを台無しにした罰だ」
 泣きたいのは卒業生のはずなのにしくしくと泣きだしてビールを呷る先生のめんどくささに黙々とゴミをビニールに詰めるのだった。  



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