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冬を乗り切れ 3

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 一人ぼっちの暮らしにクリスマスは関係ない。ただ、圭斗の家に飯田さんからクリスマスのシュトーレンとかクッキーとか、そんなおやつのクリスマスプレゼントが届き、それが仏間の部屋を飾ると言う何ともちぐはぐな景色を作るのだった。運がよければクリスマス前に顔を出したりしてくれるが基本毎年とは言え笑えるなと宮下の家にも少し配ってもらってから届いた量に圭斗は良いのかと言うがこの分配については既に飯田さんにお願いして用意してもらった物。大人のクリスマスなんて所詮はそんな物だと下田と葉山、そしてお隣さんのクラスメイトとご友人の皆さんとクリスマスパーティをした時にお出ししたと言う。そう言う事ならもっと作ってもらえばよかったと思うも、それでも綺麗なラッピングやあの小さな町では見る事の出来ない都会の匂いのするお菓子に大盛り上がりしたそうだ。
 それとは別に寂しい真冬の山の中でも賑やかな季節になる時がある。
 正月だ。
「綾人、熊に食べられなかった?!」
「一度遭遇したけど、烏骨鶏達が熊を食べてたぞー」
 久しぶりの帰郷にイエーイとハイタッチ。
 お土産に八つ橋を買って来てくれたから早速お茶と一緒に頂くのだった。
「翔ちゃんだ!お帰り!」
 圭斗も陸斗を連れて早速お泊りに来てくれた。昨日の夜帰って来た宮下は一日自宅でいろいろ話をして、今朝、長沢さんに挨拶に行って、元バイト先でしこたま魚介類を購入してからうちに遊びに来てくれたのだ。
 いろいろ義理が増えた宮下に楽しそうで何よりと八つ橋を食べながら仕事の話を聞く。ビデオで見せてもらってても生で聞く話はまた別の温度があるのでうんうんと耳を傾けるのだった。
 そして忘れてはいけないこの人。
「あーやーとー、五右衛門風呂少しぬるいぞー」
「だから家風呂に入れって言っただろ」
「雪を見ながら何ておつな事を体験しないとは勿体ないだろう」
「タオル凍ってるし髪も凍ってる。温まった意味あるのかよ」
「だーいじょうぶ。お酒もしっかり堪能して体の芯からじっくり温まってるから。●祭美味いなあ!
 圭斗も宮下も入って来い。陸斗は未成年だからじゃなくって風邪ひくから家風呂にしておけ」
 にへらと笑いながら囲炉裏に当る理由はこの雪の多さに暫く来てなかったのが理由。雪を何度かいても直ぐに元通りになってしまう積雪量にスノーモービルに乗ってまで来ない先生は冬の間は自宅で大人しくしているものの年末は冬休みに入ってすぐに来て実家に帰るギリギリまでここで我が物顔でくつろいでいるのが恒例のお約束だ。勿論それなりに仕事ももって来るけど、のんべんだらり、時折薪割やったり除雪したりとそれなりにここに居る理由を自分で見つけているので好きにさせている。
 宮下も材木置き場から何かの材料を持ち出して土間で何やら作り出していた。どうやら囲炉裏で使う為の小さな机。いつまでかなんてわからないけど陸斗がこうやって一緒に囲炉裏を囲んでくれるようになったから陸斗専用の机を作ってくれるのだろう。今は飯田さんの机を借りているからね。弟のようにかわいがっている陸斗用に何やら彫刻を施すあたりそれなりのこだわりの一品にするつもりらしい。
 近くで陸斗も興味津々というように見ていれば余った木で彫刻の練習をさせていた。自分が教えてもらったように陸斗に教えている光景は誰が陸斗の兄貴だと言う所だろうか。まぁ、微笑ましいからそれも合わせて眺めるのだが
「所でシェフは今年も三十一日になるのか?」
「例年通りに。一日は家の掃除と青山さんの奥さんに挨拶にだって」
「それで実家には帰らないと」
「一日餅つきに駆り出されると聞かされれば帰ろとは言えません」
「比喩でもないのが恐ろしいよな。しかも臼は一つじゃないとか。どれだけぜんざいを作るんだか」
「敷居の高い店でも正月だけは気軽に入れるのなら是非とも入ってみたいのが心理でしょ」
 そう。飯田さんのぜんざいは美味しいのだ。餅つきなんて知らないけど、宮下も良くやらされたと飯田さんの相棒役をこなしてできた餅はぜんざいに投下する前に黄粉で食してしまう恐ろしい一品だった。お餅がこんなにもなめらかで舌触りの優しい物だと初めて餅好きの人の気持ちを理解して当時先生も合わせて四人で一升を食べると言う暴挙はその夜宮下のおばさんの年越しそばだけで十分という恐ろしい結果を生み出したが、悔いはない。
 以来毎年恒例としていて、先生も飯田さんのお餅を食べてから帰るようにする辺りもうちょっと仲良くすればと思うのだが宮下は苦笑して無理だよと笑うけど。
「今年も餅を食べたら実家に帰るわ」
「だったらその前に家にも寄ってよ。母さんがお蕎麦用意するって言ってるから」
「いつも悪いな」
 感謝は直接言う大人だけど、宮下にも簡単に感謝の言葉。
 囲炉裏にあたって早速と言うように熱燗を所望する先生に漬物だけ先に渡してお酒は自分のお好みにと一升瓶を横に置いてそこからセルフサービスだ。
 そうやって年の瀬を過ごすのが毎年の出来事となり、短い冬休みの前半行事だ。
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